取り返す者たち
――同年、常陸・土浦。
城を失った殿様が、村の納屋でのんびりしている間。
城を、取り返そうとする者たちが、いた。
筆頭は、菅谷政貞。
小田家の、重臣の長である。土浦の城を預かる、代々の重臣だった。主君が、また城を失ったと聞いて、菅谷は、深いため息をついた。何度目だ、と思った。
菅谷は、有能な男だった。
主君が戦下手な分、この重臣が、家を、支えてきた。城を奪われれば、兵を集め、機を計り、取り返す。その尻拭いに、菅谷は、生涯の、大半を費やしていた。
菅谷は、しばしば、自分に問うた。
なぜ、自分は、こんな殿に、仕えているのか。
もっと強い大名は、いくらでもいる。佐竹に仕えれば、勝ち戦の手柄で、出世もできよう。北条に従えば、安泰だろう。それを、なぜ、負けてばかりの、この小田家に。
答えは、菅谷にも、うまく、言葉にできなかった。
ただ――あの殿は、家臣が一人討死すると、本気で、泣く。百姓が飢えると、本気で、心を痛める。城を失っても、家臣を責めず、「すまんのう、わしが弱いせいで」と、頭を掻く。そういう殿だった。
強くはない。でも、見捨てられない。
菅谷は、舌打ちしながら、また、城を取り返す支度を、始めた。
城を取り返すには、城の中の手引きが、いる。
ここでも、村人が、働いた。
小田城に居座った敵兵に、近隣の百姓が、こっそり通じていた。夜、城門の閂を、外から、そっと外しておく。敵の見張りの、油断する時刻を、知らせる。それだけで、菅谷の兵は、するりと、城へ、入り込める。
城門の閂――門を閉じる横木を外す役を、買って出た百姓夫婦が、いた。
甚六と、おしのという。
「なあ、おしの。なんで、おれたちが、こんな危ない橋を、渡らにゃならんのだ」
城の塀の陰で、甚六が、小声でぼやいた。おしのは、闇の中で、夫を、小突いた。
「決まってるだろ。小田の殿様のほうが、年貢が、軽いからさ。よその侍が居座ったら、取り立てが、きつくなる。殿様に、早う戻ってもらわにゃ、こっちの暮らしが、立ちゆかんよ」
義理でも、忠義でもなかった。
ただ、小田の殿様のほうが、暮らしやすい。それだけの、損得だけの理由で、百姓夫婦は、夜の城門に、手をかけていた。
閂が、外れた。
菅谷の兵が、なだれ込んだ。油断していた敵兵は、慌てて逃げ出し、小田城は、あっけなく、小田家の手に、戻った。
数日後。
村の納屋から、氏治が、しれっと、城へ、帰ってきた。
まるで、近所へ、ちょっと出かけていただけ、という顔で。家臣たちは、半ば呆れ、半ば安堵して、殿様を、迎えた。氏治は、菅谷の手を取り、心から、礼を言った。
「政貞。また、世話をかけたのう。お前がおらねば、小田の家は、とうに、消えておった」
菅谷は、何か言いかけて、やめた。
なぜ、こんな殿に、と、また思った。思いながら、その手の温かさに、結局、ほだされている自分が、いた。
城は、戻った。
村人は、また、年貢を軽くしてもらって、喜んだ。
めでたし、めでたし――とは、いかなかった。
なぜなら、この殿様は、また、負けるからだ。
そして、その報せを、北の隣国で、苦々しく聞いている男が、いた。
また、小田を討ち、城を奪った。なのに、ひと月もすれば、あの戦下手の殿様が、しれっと、城へ戻っているという。攻めれば、勝てる。勝てる相手を、何度倒しても、消えない。倒すたびに、地の下から、また生えてくる。雑草のように。その男は、勝ちながら、薄気味の悪いものを、感じ始めていた。この戦は、勝っても勝っても、終わらないのではないか――と。




