第6話:戸次川
――天正十四年(一五八六年)十二月、豊後・戸次川。
秀吉は、次に、九州へ、矛先を向けた。
九州では、島津が、ほぼ全土を、呑もうとしていた。耳川で大友を砕き、沖田畷で龍造寺を倒した、あの島津である。その島津を抑えるべく、秀吉は、九州へ、大軍を送ることにした。
長宗我部父子は、その先鋒として、豊後へ、渡ることを命じられた。
降伏した大名は、天下人の戦に、駆り出される。土佐一国に削られた元親は、嫡男・信親とともに、海を越え、豊後の地に、立った。同じく先鋒には、かつての阿波・讃岐の敵・十河存保もいた。旧敵が、今は、同じ秀吉の軍として、肩を並べていた。
そして、その軍の、監督役として、中央から、一人の男が来ていた。
仙石秀久。
秀吉子飼いの武将である。軍監――すなわち、この先鋒軍の、指揮を執る、上方からの目付だった。
戸次川を挟んで、島津の軍と、向かい合った。
島津の将は、家久。
四兄弟の末弟。軍法の天才。沖田畷で、龍造寺隆信を、湿地に誘い込んで討った、あの男である。
戦の評定で、元親は、仙石に、進言した。
「渡河は、なりませぬ」
元親の眼は、島津の陣の、奇妙な静けさを、見抜いていた。
「島津は、釣り野伏せを使う家。下手に川を渡って攻めかかれば、誘い込まれ、伏兵に囲まれる。ここは、川を挟んで、後詰めの本隊を待つべきです。功を焦ってはなりませぬ」
元親の言葉には、二十五年、戦場を生き抜いてきた者の、重みがあった。
でも、仙石は、聞かなかった。
「臆されたか、長宗我部どの。みすみす敵を前に、川を挟んで待つなど、笑い者になる。攻める。それが、上様への、奉公だ」
仙石は、功を、焦っていた。
中央から来た監督役が、九州の戦で、華々しい手柄を立てる。そのために、攻めたかった。地方の戦を知り尽くした元親の進言は、中央の指揮の、面目の前に、握り潰された。
軍監の命である。逆らえば、秀吉への反逆になる。
元親は、唇を噛んで、従った。
戸次川を、渡った。
その瞬間、元親の、最も恐れた通りのことが、起きた。
島津の陣が、するすると、退いた。誘っているのだ。元親には、分かった。でも、もう、遅い。川を渡った先鋒軍は、深く、誘い込まれた。そして、左右の伏兵が、立ち上がった。
釣り野伏せ。
沖田畷で龍造寺を呑んだ、家久の軍法が、今度は、長宗我部の先鋒を、呑んだ。三方から、島津の兵が、襲いかかる。退き道の戸次川が、味方の亡骸で、埋まった。
先鋒軍は、崩れ去った。
軍監の仙石秀久は、いち早く、戦場を離れ、讃岐へ、逃げた。十河存保は、討死した。旧敵が、同じ戦場で、果てた。
そして――その入り乱れた戦いの中で。
信親が、いた。
元親の、誇り。出来すぎた嫡男。長宗我部の、輝かしい未来。
信親は、退かなかった。崩れる味方の中で、踏みとどまり、自ら槍を取り、島津の兵と、戦った。父・元親が、二十六年前、長浜の初陣で、そうしたように。誰よりも前に出て、戦った。
でも、囲みは、厚かった。
信親は、島津の兵に、討たれた。
二十二歳。
奇しくも、父・元親が、姫若子から鬼若子へ変わった、あの初陣と、同じ歳だった。父が鬼に生まれた歳に、子は、死んだ。
鍬助も、その戦場に、いた。
田植えと稲刈りの合間に、二十五年、元親の下で、槍を握ってきた、半分百姓・半分兵の男。鍬助は、崩れる戦の列で、若い信親君を守ろうと、前に出て――そして、島津の槍に、貫かれた。
倒れながら、鍬助は、ぼんやりと、思った。
おれは、百姓か。武士か。
田を耕してきた手で、最後まで、槍を握って、死ぬ。武士として、死ぬのか。それとも、ただ、殿の戦に駆り出された、百姓として、死ぬのか。答えは、最後まで、出なかった。出ないまま、鍬助は、豊後の、見も知らぬ土地の泥の上で、息を、引き取った。
武士とは、誰のことなのか。
その問いを、答えのないまま抱えて、土佐の地侍たちは、武士として、死んでいった。
戦のあと、元親のもとへ、信親の遺体が、運ばれてきた。
元親は、その亡骸の前に、座った。
長いあいだ、動かなかった。声も、上げなかった。涙も、すぐには、出なかった。ただ、変わり果てた息子の顔を、見つめていた。あの、穏やかで、人に好かれた、出来すぎた息子の顔を。
四国を、奪われた。それでも、信親がいれば、と思った。
その信親が、今、ここに、冷たくなって、横たわっている。
仙石の、功への焦りのために。
元親には、何かが、音を立てて、崩れる音が、聞こえた。
それは、城が落ちる音でも、軍が崩れる音でもなかった。
一人の男の、心の、いちばん深いところが、崩れ落ちる音だった。




