↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刀を持たない朝 ―武士とはなにか、七百年の物語―  作者: ソリトん
第六章 四国の鬼——長宗我部元親

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
117/143

第5話:十万の海

 ――天正十三年(一五八五年)夏、四国。

 海が、埋まった。

 秀吉の、四国攻めである。

 その軍勢は、十万余とも、号された。元親が、二十五年かけて、土佐の貧しさの中から、かき集めてきた兵の、何倍もの数が、一夏のうちに、四国の沿岸へ押し寄せた。

 桁が、違った。

 元親の戦は、土佐の理屈だった。一領具足を法螺で集め、山を駆け、少ない兵で大軍を破る。その理屈で、元親は、四国を呑んだ。でも、秀吉の戦は、中央の理屈だった。畿内の富を背に、十万の兵を、何の苦もなく集め、三つの方面から、同時に、上陸してくる。

 讃岐へ、阿波へ、伊予へ。

 三方から、秀吉の大軍が、なだれ込んだ。

 元親の兵は、各地で、戦った。でも、戦えば戦うほど、数の差が、残酷に、現れた。一つの城を守り抜いても、隣の城が、十倍の兵に、呑まれていく。土佐の動員力をもってしても、十万を、受け止めることは、できなかった。

 その伊予方面の、秀吉軍を率いていたのは――毛利だった。

 小早川隆景。

 毛利元就の、三男。「天下を望むな」と遺した元就の、その教えを最もよく継いだ、知恵の将である。家を保つために、天下を争わぬと決めた毛利の家が、今や、天下人・秀吉の、忠実な道具として、四国の夢を、砕く側に回っていた。

 元親は、その報せを聞いて、苦い思いを、噛んだ。

 天下を争わぬと決めた家は、生き延びた。そして、その生き延びた家が、天下を争おうとした自分を、踏み潰しに来る。毛利の自制と、長宗我部の野心。その明暗が、今、伊予の海で、向かい合っていた。

 家中は、割れた。

 最後まで戦うべきだ、と説く者がいた。土佐の山に籠もれば、十万といえど、容易には攻めきれぬ、と。

 降るべきだ、と説く者もいた。これ以上戦えば、四国の民が、焼け野原になる。秀吉の力は、信長の比ではない。勝てぬ戦を続けて、家を、滅ぼすのか、と。

 元親は、決断した。

 降る。

 四国の鬼は、膝を、屈した。

 秀吉に、降伏を申し入れ、その軍門に、下った。秀吉は、元親の降伏を、受け入れた。そして、裁定を、下した。

 長宗我部に、許す領地は――土佐一国。

 阿波も、讃岐も、伊予も、すべて、取り上げられた。元親が、二十五年かけて、血で呑んだ四国は、わずか数か月の戦の後、たった一国に、削られた。元親の手元に残ったのは、最初の、土佐だけ。すべてが、振り出しに、戻った。

 夢の、第一の喪失だった。

 元親は、土佐へ、帰った。

 四国の覇者は、ふたたび、土佐一国の主に、戻っていた。

 それでも、と、元親は、自分に言い聞かせた。

 まだ、信親がいる。

 四国は、失った。でも、土佐は、残った。そして、あの出来すぎた嫡男が、いる。あの子の代に、また、やり直せばよい。長宗我部の家が続く限り、夢は、潰えてはいない。

 元親は、そう信じて、土佐の山を、見ていた。

 その信親を、わずか一年の後に、失うことになるとは――このとき、元親は、知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。