第3話:島を呑む(一)
――天正六年(一五七八年)、阿波。
土佐を固めた元親は、国を越える。
四国は、四つの国からなる。土佐、阿波、讃岐、伊予。元親は、その残る三国へ、兵を、向けた。
まず、東の、阿波。
阿波には、三好の勢力があった。かつて畿内に覇を唱えた、三好の一族の、末である。元親は、その三好を、押し込んでいった。
元親の軍は、強かった。
その強さの源は、数だった。
一領具足。田を耕す地侍たちが、法螺貝一つで、何千と、駆けつける。普通の大名なら、これだけの兵を動かせば、田が荒れ、国が傾く。でも、土佐の兵は、戦が終われば、田に帰り、また鍬を握る。養う費えが、いらない。貧しい土佐が、貧しいまま、大軍を動かせる、奇妙な仕組みだった。
鍬助も、阿波の戦場に、いた。
田植えを終えた足で、槍を担ぎ、山を越え、阿波へ。戦が一段落すれば、稲刈りのために、土佐へ帰る。槍と鍬を、季節のように、持ち替える暮らしだった。
阿波の城を、一つ、また一つと、長宗我部の旗が、染めていく。
鍬助は、ある城を落とした夜、焚き火のそばで、若い仲間に、ぽつりと言った。
「おれたちは、なんで、こんなに強いんかのう」
若い男は、誇らしげに、答えた。
「殿が、鬼じゃけえよ」
鍬助は、笑った。笑って、それから、槍の柄を、撫でた。
鬼の下で、田を耕す男たちが、四国を、呑んでいく。鍬助には、それが、誇らしくもあり、どこか、奇妙でも、あった。自分は、武士として、ここにいるのか。それとも、ただ、殿のために田を捨てて、槍を握っているだけの、百姓なのか。
その問いは、相変わらず、答えが、出なかった。
阿波が、傾いた。
次は、北の、讃岐。
讃岐には、十河存保がいた。
かつて阿波・讃岐に勢力を張った、三好の一族の、生き残りである。三好の家は、畿内に覇を唱え、将軍を追い、そして信長に呑まれて、崩れた。その崩れたあとの、四国の残り火を、存保は一人で守っていた。
鍬助は、その男を、一度だけ、遠くから、見た。
城を囲んだ夜のことである。存保は、囲まれた城の、櫓の上に立っていた。松明の下で、鎧の胴だけが赤く光っていた。城の兵は、もう千もいなかったはずだ。それでも、櫓の上の男は、背を丸めなかった。
夜が更けて、城の中から、太鼓の音が聞こえてきた。
寄せ手の陣が、ざわめいた。夜討ちの合図かと、皆が槍を取った。だが、太鼓は、鳴り続けるだけで、門は開かなかった。
朝になって、城から使いが出た。
降るための使いではなかった。ただ、こう告げただけだった。
「三好の家は、まだ、滅んでおらぬ。それを、知らせに参った」
使いは、それだけ言って、帰っていった。
鍬助は、その言葉の意味が、よく分からなかった。城を明け渡すでもなく、討って出るでもなく、ただ、まだ滅んでいないと言いに来る。それが何になるのか。
だが、若い仲間が、槍の柄を握り直したのを、鍬助は見た。
――あれは、こわい。
そう思った。追い詰められて、なお、そういうことを言える者は、こわい。数でも、鉄砲でもなく、そこだけが、こわかった。
存保は、押し込まれた。城を一つ失い、また一つ失い、それでも、四国から出て行かなかった。長宗我部の色に染まっていく讃岐の、その端の方で、この男だけが、色を変えずに残っていた。
四国の、東半分が、長宗我部の色に、染まっていった。
残るは、北の讃岐の仕上げと、西の、伊予。
四国統一は、もう、手の届くところに、見えていた。




