第2話:土佐の出来人
――元亀元年(一五七〇年)、土佐・岡豊。
鬼若子は、土佐を、呑んでいった。
長年の敵・本山氏を、追い詰め、降した。東の安芸国虎を、滅ぼした。そして、土佐の古い主筋――一条の家を、退けた。
一条は、もとは、京の、公家だった。
応仁の乱の頃、戦火を逃れて土佐へ下り、そのまま土佐に根を下ろした、高貴な家である。土佐の国人たちは、長く、この公家大名を、表向きの主と仰いできた。長宗我部もまた、かつては、一条に頭を下げる、家臣筋に過ぎなかった。
その一条を、元親は、超えた。
主筋を、実力で、追い越す。下剋上である。でも、元親のやり方は、道三のような、苛烈なものではなかった。
元親は、降した敵を、許した。
滅ぼすのではなく、家臣として、使う。本山の残った家臣も、安芸の残った家臣も、降ればそれを受け入れ、土地を与え、長宗我部の軍に組み込んだ。恨みを買えば、土佐のような小さな国は、すぐに割れる。元親は、寛さによって、土佐の国人たちを、一つに束ねていった。
その器を、土佐の人々は、こう呼んだ。
土佐の出来人、と。
よくできた人。器量の大きな人。鬼若子は、戦の鬼であると同時に、人を束ねる、たぐいまれな器量の持ち主だった。
元親の傍らには、弟の、吉良親貞がいた。
兄が描いた絵を、形にする、有能な右腕である。兄弟は、二人三脚で、土佐を、固めていった。
そして、元親には、妻がいた。
石谷の家から、嫁いだ女である。
聡明な女だった。夫が、土佐の山の中で、目の前の敵とばかり斬り結んでいるあいだ、この妻は、もっと遠くを、見ていた。
「殿。土佐の中で勝っても、いつか、京の大きな力が、この島まで伸びてまいります。その前に、中央と、誼を結んでおくべきです。……わたくしに、伝手がございます」
元親は、その言葉を、笑わなかった。山の中の当主の眼に、初めて、海の向こうの中央が、映った。
――天正三年(一五七五年)、岡豊。
妻の縁が、元親を、思わぬところへ、繋いだ。妻の縁者に、斎藤利三という男がいた。そして、その斎藤利三は、京の――明智光秀の、重臣だった。光秀は、今、まさに天下へ駆け上がろうとしている、織田信長の、最も信頼の厚い家臣の一人である。
土佐の田舎大名が、妻の縁を辿って、中央の、信長へと、糸を繋いだ。
元親は、利三を取次として、信長に、誼を通じた。信長は、元親に、四国は切り取り次第――お前が攻め取った分は、お前のものにしてよい、という朱印を、与えた。土佐の鬼に、中央の、お墨付きが、ついた。
その縁の証として、元親の嫡男は、信長から、名の一字を、受けた。
信親。
信長の「信」と、元親の「親」を、合わせた名である。
信親は、よくできた子だった。
聡明で、温厚で、体は大きく、武芸にも、学問にも、秀でていた。家臣たちは、口を揃えて言った。若君は、殿に、よう似ておられる。いや、殿よりも、穏やかで、人に好かれる。あの方が継がれれば、長宗我部は、安泰だ、と。
元親は、その信親を、目に入れても痛くないほど、可愛がった。
わしは、土佐を、一つにした。
この子の代には、四国を。いや、その先を。
妻が繋いだ中央の糸と、その妻が産んだ、出来すぎた嫡男。元親の夢は、土佐の山を越えて、海の向こうへ、広がっていく。
土佐の出来人は、その夢の入口に、立っていた。




