第1話:姫若子
――永禄三年(一五六〇年)、土佐・長浜。
土佐の岡豊城に、戦に出たことのない若君がいた。
長宗我部元親。歳は、二十二になっていた。
武家の子なら、とうに初陣を済ませている齢である。でも、元親は、まだ、一度も、戦場に立っていなかった。色が白く、背ばかり高く、人と目を合わせるのが苦手で、一日中、奥に籠もって、もの思いに耽っている。家臣たちは、陰で、こう呼んだ。
姫若子、と。
姫のような若君。武士の子としては、これ以上ない、侮りの名だった。土佐の名門・長宗我部の跡継ぎが、これでは、家の先が思いやられる。古い家臣たちは、ため息をついた。
その土佐は、貧しい国だった。
南海の果て、山ばかりの国。平地は少なく、田は痩せ、大名と呼ぶには、あまりに小さな国人が、ひしめいていた。長宗我部もまた、土佐七雄と呼ばれる、その小さな領主の一つに過ぎなかった。
貧しい土佐の武士は、変わっていた。
武士でありながら、田を、耕した。
戦のない時は、百姓と同じように、鍬を握り、田に出る。でも、田の畦には、いつも、一そろいの具足と、槍が、立てかけてあった。法螺貝が鳴れば、泥のついた足のまま、鍬を捨て、槍を取って、駆けつける。半分が百姓で、半分が武士。
一領具足、と呼ばれた。一そろいの具足を畦に置いて、田を耕す兵、という意味である。
貧しいから、武士だけを食わせておく余裕がない。だから、土佐の地侍は、自分で田を耕し、自分で戦った。その貧しさが生んだ、奇妙な軍が、長宗我部の力の、源だった。
鍬助も、その一人だった。
岡豊の近くの村に田を持つ、名もなき地侍である。父祖の代から、長宗我部に従い、田を耕し、戦があれば、槍を取った。鍬助は、自分が何者なのか、よく、分からなかった。
「のう。おれたちは、百姓か。武士か」
田の畦で、槍の柄を撫でながら、鍬助は、隣の男に、問うたことがある。男は、笑って、答えなかった。鍬助にも、答えは、なかった。鍬を持てば百姓で、槍を持てば武士。その境目が、土佐には、なかった。
その年、長浜で、戦が起きた。
隣の本山氏との、長年の争いである。そして、その戦が、姫若子の、初陣になった。
誰もが、危ぶんだ。あの姫若子に、戦ができるのか。
戦の前、元親は、傍らの家臣に、問うたという。
「槍は、どう使うものか」
家臣は、耳を疑った。初陣の大将が、槍の使い方を、知らない。でも、家臣は、真面目に、答えた。
「敵の、目を突くように、突き出されませ」
元親は、頷いた。
そして、戦が始まると――その姫若子は、家臣たちの止めるのも聞かず、まっすぐ、敵陣へ、馬を乗り入れた。教えられた通り、槍を、敵の目へ。怖がるどころか、誰よりも前へ出て、暴れ回った。
長宗我部は、勝った。
その日から、若君の呼び名が、変わった。
鬼若子、と。
姫が、鬼になった。籠もって、もの思いに耽っていた若君の中に、誰も気づかなかった、戦の鬼が、眠っていた。一度、火がつけば、止まらない。元親は、その初陣を境に、別人のように、戦いはじめた。
鍬助も、その長浜の戦に、田から駆けつけ、槍を取って、戦っていた。
泥足の、半分百姓・半分兵の男たちが、鬼若子の下に、集まっていく。
土佐の貧しさが生んだ最強の軍が、今、一人の鬼を、頭に戴いた。
四国の鬼の、二十五年が、ここから始まる。




