↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刀を持たない朝 ―武士とはなにか、七百年の物語―  作者: ソリトん
第六章 四国の鬼——長宗我部元親

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
113/143

第1話:姫若子

 ――永禄三年(一五六〇年)、土佐(とさ)・長浜。

 土佐の岡豊城に、戦に出たことのない若君がいた。

 長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)。歳は、二十二になっていた。

 武家の子なら、とうに初陣を済ませている齢である。でも、元親は、まだ、一度も、戦場に立っていなかった。色が白く、背ばかり高く、人と目を合わせるのが苦手で、一日中、奥に籠もって、もの思いに耽っている。家臣たちは、陰で、こう呼んだ。

 姫若子(ひめわこ)、と。

 姫のような若君。武士の子としては、これ以上ない、侮りの名だった。土佐の名門・長宗我部の跡継ぎが、これでは、家の先が思いやられる。古い家臣たちは、ため息をついた。

 その土佐は、貧しい国だった。

 南海の果て、山ばかりの国。平地は少なく、田は痩せ、大名と呼ぶには、あまりに小さな国人が、ひしめいていた。長宗我部もまた、土佐七雄と呼ばれる、その小さな領主の一つに過ぎなかった。

 貧しい土佐の武士は、変わっていた。

 武士でありながら、田を、耕した。

 戦のない時は、百姓と同じように、鍬を握り、田に出る。でも、田の畦には、いつも、一そろいの具足と、槍が、立てかけてあった。法螺貝が鳴れば、泥のついた足のまま、鍬を捨て、槍を取って、駆けつける。半分が百姓で、半分が武士。

 一領具足(いちりょうぐそく)、と呼ばれた。一そろいの具足を畦に置いて、田を耕す兵、という意味である。

 貧しいから、武士だけを食わせておく余裕がない。だから、土佐の地侍は、自分で田を耕し、自分で戦った。その貧しさが生んだ、奇妙な軍が、長宗我部の力の、源だった。

 鍬助も、その一人だった。

 岡豊の近くの村に田を持つ、名もなき地侍である。父祖の代から、長宗我部に従い、田を耕し、戦があれば、槍を取った。鍬助は、自分が何者なのか、よく、分からなかった。


「のう。おれたちは、百姓か。武士か」


 田の畦で、槍の柄を撫でながら、鍬助は、隣の男に、問うたことがある。男は、笑って、答えなかった。鍬助にも、答えは、なかった。鍬を持てば百姓で、槍を持てば武士。その境目が、土佐には、なかった。

 その年、長浜で、戦が起きた。

 隣の本山氏との、長年の争いである。そして、その戦が、姫若子の、初陣になった。

 誰もが、危ぶんだ。あの姫若子に、戦ができるのか。

 戦の前、元親は、傍らの家臣に、問うたという。


「槍は、どう使うものか」


 家臣は、耳を疑った。初陣の大将が、槍の使い方を、知らない。でも、家臣は、真面目に、答えた。


「敵の、目を突くように、突き出されませ」


 元親は、頷いた。

 そして、戦が始まると――その姫若子は、家臣たちの止めるのも聞かず、まっすぐ、敵陣へ、馬を乗り入れた。教えられた通り、槍を、敵の目へ。怖がるどころか、誰よりも前へ出て、暴れ回った。

 長宗我部は、勝った。

 その日から、若君の呼び名が、変わった。

 鬼若子(おにわこ)、と。

 姫が、鬼になった。籠もって、もの思いに耽っていた若君の中に、誰も気づかなかった、戦の鬼が、眠っていた。一度、火がつけば、止まらない。元親は、その初陣を境に、別人のように、戦いはじめた。

 鍬助も、その長浜の戦に、田から駆けつけ、槍を取って、戦っていた。

 泥足の、半分百姓・半分兵の男たちが、鬼若子の下に、集まっていく。

 土佐の貧しさが生んだ最強の軍が、今、一人の鬼を、頭に戴いた。

 四国の鬼の、二十五年が、ここから始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。