第7話:落日
――永禄九年(一五六六年)、出雲・月山富田城。
西を、固めた元就は、最後に、東へ向かった。
出雲の、尼子である。
かつて、元就が、はかりごとを学んだ鏡。謀聖・経久が、一介の守護代の家から、山陰十一カ国に号する大勢力へと、築き上げた尼子の家。その経久は、すでに、世を去り、孫の晴久も、病で死んでいた。尼子の家は、かつての勢いを、失いつつあった。
でも、それでも、尼子は、容易な敵ではなかった。
尼子の本城・月山富田城は、攻め落とせない、堅い城だった。山そのものを、城とした、巨大な要害である。経久が、この城を、本拠として、山陰に覇を唱えた。力攻めにすれば、毛利とて、ひどい、損害を被る。
元就は、力攻めを、避けた。
囲んだ。
城への、補給の道を、すべて、断ち、ゆっくりと干上がらせていく。そして、ここでも、元就は、人の心を使った。尼子の家中へ、調略の手を、伸ばし、内通を誘い、結束にひびを入れた。城は、外から囲まれ、内から崩れていった。
囲みは、年を越えて、続いた。
城内の兵糧は、尽きた。兵は、草の根を掘り、木の皮を剥ぎ、飢えて、痩せていった。城を抜け出してくる者を、元就は、初めのうち、あえて受け入れなかったと伝わる。城の、食う口を、減らさぬためである。そして、頃合いを見て、こんどは、降る者は許すと、触れを出した。堰が、切れた。城兵は、雪崩を打って、山を下りた。井上の一族を一日で消した、あの笑顔の底の冷たさが、ここでも、静かに、働いていた。
永禄九年、月山富田城は、開城した。
当主・尼子義久は、命を、助けられた。斬れば、尼子の残党は、怨みでまとまる。生かして手の内に置けば、残党は、担ぐ旗を失う。降した敵の当主ひとりの扱いにまで、元就の算盤は、働いていた。
でも、旗を失っても、なお、消えぬ火があった。尼子の遺臣の中に、山中鹿介という若い武士がいた。願わくは、我に七難八苦を与えたまえ――月に向かって、そう祈ったと伝わる男である。この男はこののち、亡き主家の再興を掲げて、幾度も、毛利に立ち向かってくる。滅びた家は、領地も城も失って、家臣の忠義だけを、残した。
尼子の家は、大名としては、ここに滅びた。
謀聖・経久が、はかりごとの限りを尽くして築いた、山陰の大勢力が、その経久を手本とした男の、さらに巧みなはかりごとによって滅ぼされた。中国十一カ国に号した尼子の絶頂は、今や、跡形もない。元就の栄光の、すぐ裏側で、一つの大きな家が、坂を、転げ落ち消えていった。
毛利が、中国地方の、覇者となった。
西の大内も、東の尼子も、消えた。かつて、その二つの大国の、はざまで、頭を下げて生きていた、三千貫の家が、今や、中国十カ国を呑む、大大名になっていた。
でも、その栄光の道のりは、元就に、深い悲しみももたらしていた。
長男の、隆元である。
元就が、当主の座を譲り、教えの書で、結束の要と頼んだ長男。その隆元が、尼子を滅ぼす、三年前に急死していた。
隆元は、生真面目な、男だった。
偉大すぎる父を持った、長男の、宿命だったろう。隆元は、自分を、低く見ていた。父のような、才は、自分にはない。自分が、毛利を、継いでよいのか。父への、畏れと、敬いと、わずかなねたみに似た想いを、抱えながら、隆元は、当主を務めていた。その隆元が、まだ、働き盛りの年で、突然世を去った。
元就の、嘆きは、深かった。
亡き妻・妙玖の遺した、三人の宝。その、一番上の宝が、自分より、先に逝った。結束せよ、と、あれほど、書いた、その結束の、要が欠けた。順番が、逆だった。親が、子を、送る。これほど、辛いことは、ない。
はかりごとで、西国を、呑んだ男が。
息子の死の前では、ただ、一人の、老いた父に過ぎなかった。
隆元の子・輝元が、まだ幼くして、毛利の家督を継いだ。元就は、老いた身で、再び、孫を後ろから支え、家を支えた。
そして、元亀二年。
毛利元就は、世を、去った。
七十五年の、長い生涯だった。
三千貫の文官の家に生まれ、針の筵の当主の座から始まり、人の心を束ね、はかりごとの限りを尽くして、中国地方を呑んだ。一度も、力では、勝たなかった。いつも、賢さで、勝った。大内を滅ぼし、尼子を滅ぼし、陶を沈め、西国の覇者となった。
その器をもって、なお、元就は、天下を望まなかった。
天下を、望むな、と、息子たちに、書き遺して死んだ。
その死をもって、元就は、自らの答えを裏づけた。最後まで、毛利は、天下へ手を伸ばさなかった。元就は、奪うことではなく、保つことを、生涯貫いた。文官の血を引く家の、知恵の生き方を、最後まで貫き通した。
大江広元が、刀ではなく、筆で、鎌倉の世を支えてから三百五十年。
その血は、戦国の世に、最高の謀将を生み、そして、その謀将は、天下を、あえて獲らずに、家を遺した。
でも――。
その、賢すぎる自制が、皮肉な形で、報われない日が来る。
元就の孫・輝元の代に、毛利は、天下分け目の戦に、巻き込まれ、その成り行きを、誤って、領国の大半を奪われることになる。天下を望まなかった家が、天下争いの渦の中で、削られる。
そして、その時、毛利の家に刻まれた怨みは――消えなかった。
三百年。
毛利の家は、その怨みを、抱えたまま、長州の地で生き延びる。家を保て、という元就の言い遺しを、ひたすらに守りながら。そして、三百年後。その家から、徳川の世を、倒す者たちが現れる。
天下を望まず、ただ家を保て、と命じた元就の言い遺しは、三百年の時を経て、誰も予想しなかった形で――一つの、時代を、終わらせる力に変わる。
今は、ただ、一人の、賢すぎた男が、家を遺して、静かに死んだ。
中国地方の、山と海に、毛利の旗がはためいていた。
第五章 毛利元就——謀略の中国地方 ――完。




