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刀を持たない朝 ―武士とはなにか、七百年の物語―  作者: ソリトん
第四章 九州の覇——島津貴久・義久

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第6話:沖田畷

 ――天正十二年(一五八四年)、肥前・島原。

 耳川のあと、島津は、北へ、伸びた。

 でも、伸びる手は、刃だけでは、なかった。

 刃の前に、はかりごとが、働いた。歳久である。

 九州の、北半分には、無数の、国人がいた。豊後の大友に従っていた者、肥前の龍造寺に従っていた者、どちらにも、つかぬ者。歳久は、その国人たちの、間を、縫った。銭を贈り、縁を結び、利を説いて、一人、また一人と、島津へ引き寄せた。あるいは、敵方の結束に、ひびを入れた。

 戦う前に、勝ちの下地を、作る。

 歳久の働きによって、島津が、肥後を抜け、肥前へ手を伸ばす道は、戦わずして、半ばひらかれていった。日新斎が、始めから終わりまでの損得を察する知恵、と評した、その才が、九州の北で、静かに、糸を張りめぐらせていた。

 その肥前に、もう一人の、巨大な男がいた。

 龍造寺隆信。

 肥前の熊、と呼ばれた男である。一代で、肥前を統一し、九州の北西に、大きな領地を築いた、成り上がりの猛将だった。五州二島の太守――五つの国と、二つの島の、主、と、自ら、称した。耳川で大友が崩れたあと、九州の北で、島津と並ぶ大勢力は、この龍造寺だけ、だった。

 隆信は、肥え太った、男だった。

 体が、巨きく、太り、もはや、馬にも満足に乗れぬほどだった、と伝わる。戦場へは、輿に、乗って、出た。そして、その猛々しさで、周りの小領主を、次々に、呑み込んでいた。隆信に逆らう者は、容赦なく、滅ぼされた。肥前の熊の、力は、すさまじかった。

 その隆信に、追い詰められた、小さな勢力が、あった。

 島原の、有馬である。

 有馬は、龍造寺の圧迫に、耐えかね、島津に、救いを、求めた。義久は、これを、受けた。有馬を助けることは、肥前の龍造寺と、正面から、ぶつかることを、意味した。

 龍造寺隆信は、大軍を、起こした。

 数万。有馬など、ひと呑みに、できる大軍だった。隆信は、その大軍を率いて――いや、輿に乗って、島原へ、攻め込んだ。

 迎え撃つ島津・有馬の兵は、はるかに、少なかった。

 島津から、送られたのは、家久である。

 四兄弟の、末弟。軍法の、天才。

 家久は、島原の、地形を、見た。

 そこに、沖田畷(おきたなわて)という、地があった。畷とは、湿地の中を通る、細い、あぜ道のことである。沖田畷は、左右を、深い泥田と、海に挟まれた、狭い、一本道だった。大軍が、横に広がることのできぬ、狭い道。

 家久は、そこに、龍造寺の大軍を、誘い込むことに、決めた。

 数万の大軍も、この畷では、一度に、数人しか、進めない。横に広がれば、泥田に、足を取られる。大軍の利は、この地形では、消える。むしろ、長く伸びた隊列が、断ち切られれば、一つずつ、討たれる。

 家久は、その畷に、軍法を、組んだ。

 兄・義弘が、木崎原の野で、囮と伏兵だけで大軍を呑んだのとは、また違った。野なら、敵は逃げも広がりもできる。でも、この畷では、地形が、あらかじめ敵の自由を奪っている。家久の戦は、地形そのものを、罠の半分にする戦だった。刃を交える前に、もう、土地が、龍造寺の大軍を、半ば殺している。四兄弟の末弟の軍法は、戦う前の地取りで、勝ちの大半を、決めていた。

 わずかな囮で、龍造寺の先鋒を、畷へ、誘い込む。隆信は、有馬の小勢など、ひと押しと、侮っていた。大軍を、畷へ、押し込んできた。先鋒が、畷の奥へ、伸びきる。

 その瞬間、家久は、伏兵を、放った。

 左右の泥田の陰、海辺の物陰に、伏せていた島津・有馬の兵と、鉄砲が、一斉に、火を噴いた。あの、種子島に伝わった、火を噴く筒。それが、今、九州の湿地で、龍造寺の大軍へ、撃ちかけられた。畷の狭い道で、先頭を、撃ち倒されれば、後ろの大軍は、進めない。進めぬまま、横腹を、突かれる。

 龍造寺の大軍は、畷で、団子になった。

 数万の兵が、狭い一本道で、前にも後ろにも動けず、押し合い、泥田に落ち、撃たれ、斬られた。地形が、大軍を、圧し殺していった。

 そして、その混乱の中で。

 輿に乗った、龍造寺隆信が、いた。

 肥え太って、自ら動けぬ太守は、輿の上で、味方の崩壊を、見ていた。やがて、その輿に、島津方の兵が、迫った。逃げることも、戦うことも、できぬまま――五州二島の太守は、輿の上で、討たれた。

 肥前の熊の、首が、落ちた。

 当主を、討たれた龍造寺の大軍は、総崩れに、なった。一代で築いた、五州二島の領地は、当主一人の死で、たちまち、崩れ始めた。

 道三が、そうだった。義元も、そうだった。一代の実力で築いた国も、一枚の家格に頼った国も、当主の、ただ一度の死で、崩れた。龍造寺もまた、隆信という、一人の猛将の上に、すべてが、乗っていた。その一人が、畷の泥に、倒れたとき、すべてが、崩れた。

 島津は、違った。

 義久が動かずとも、義弘が、歳久が、家久が、それぞれの才で、戦い、謀り、勝った。一人に、頼らぬ家。四つの刃を持つ家。だからこそ、島津は、崩れなかった。

 九州の、三つ巴のうち、二つが、倒れた。

 大友は、耳川で。龍造寺は、沖田畷で。

 残るは、坂を転げ落ちる大友の、残り火だけ。

 島津の、九州制覇は、もう、目の前に、あった。


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