第7話:水鳥
――治承四年(一一八〇年)十月二十日、駿河国富士川。
坂東の軍は、東海道を西へ、膨らみながら進んだ。
二十万と号した。実際の数はその何分の一かにせよ、千葉、上総、三浦、畠山――坂東の主力のほぼすべてが、一本の道の上にいた。二月前、三百騎で雨の山に追われた、あの男の旗の下に。
富士川の東岸に着いたのは、十月の二十日だった。
川向こうに、平家の陣の火が見えた。
数は、多くなかった。
「降参した者が申すには――」
偵察の将が報告した。維盛の軍は、京を出たときから兵が集まらず、道々で駆り集めた兵は夜ごとに逃げ、富士川に着いたときには数千に痩せていたという。兵糧(ひょうろう=食料)も乏しい。駆り出された兵は腹を空かせ、侍大将は手討ちで兵を繋いでいる、と。
「二十年」
と、誰かが陣中で呟いた。
「二十年、わしらはあれに頭を下げてきたのか」
頼朝はその夜、眠らずに川の音を聞いていた。
夜が明けたら、川を押し渡る。軍議で、そう決まっている。十倍の兵で、痩せた敵を叩く。――石橋山の、ちょうど裏返しだ。あの夜、谷の向こうから三千の火に見下ろされていた男が、今夜は、幾万の火で川向こうを見下ろしている。
夜半だった。
川下の沼の方角で、世界が破れたような音がした。
水鳥だ。富士の沼に群れ集っていた幾万の鳥が、何かに驚いて、一斉に飛び立ったのだ。羽音は夜の空気を震わせ、地鳴りのように川面を渡った。あとで分かったことだけれど、甲斐から南下してきた武田信義の手勢が、夜のうちに沼を回り込もうとして、鳥を立てたのだという。頼朝と同じ源氏の血を引く、甲斐の頭領だ。旗を挙げたのは、頼朝より、ひと月ほど遅い。それだけの差だった。
坂東の陣も、ざわめいた。でも、それだけだった。
崩れたのは、川向こうのほうだった。
夜襲だ、という叫びが対岸で上がるのが聞こえた。火が乱れ、人と馬の声が入り乱れ、闇の中で陣がほどけていく音がした。誰も、矢の一本も射ていないのに。
夜が明けると、川向こうに敵はいなかった。
渡ってみると、陣の跡には武具と兵糧が散らばり、炊きかけの粥が鍋に残っていた。置き去りにされた兵が数人、藪の中から引き出されてきた。問いただすと、駿河の百姓だという。縄を解いてやると、転がるように故郷へ帰っていった。
あれが、平家の軍だ。
諸将は腹を抱えて笑った。水鳥に追われた都の貴族、と。でも頼朝は、笑わなかった。
水鳥の羽音で逃げる軍。それが、二十年ものあいだ坂東の武士たちの頭を押さえつけてきたものの、今の正体だった。笑い話ではない。これは、世の中が裏返る音だ。あの羽音ひとつで、坂東じゅうの武士の腹の底が、決まった。もう、誰も平家を恐れない。
「このまま、西へ」
と頼朝は軍議で言った。足利、新田を呼び集め、近江まで出て――言い終わらぬうちに、上総広常が野太い声を出した。
「なりませんな」
広常は悪びれもせず続けた。
「常陸の佐竹が、まだ佐殿に従っておりません。坂東に火種を残して西へ出れば、留守の土地はどうなりますか。……わしらは、坂東の地を固めてもらうために、佐殿を担いだのですぞ」
千葉常胤が、三浦義澄が、続いて頷いた。
京へ攻め上る前に、まず坂東を。まず、自分たちの土地を固めてくれ、と。
頼朝は、諸将の顔をゆっくりと見回した。これが、わしを担いだ者たちの本音だ。京の都も、平家の首も、この男たちにとっては、二の次なのだ。一番目は、いつだって土地だった。
分かっていたことだ。分かっていて、それでも一度は、西へと言ってみた。言ってみて、止められて、頼朝は静かに頷いた。
「……もっともである。軍を返す」
担がれた主は、担ぐ者の行きたい方へしか、進めない。それを忘れた主の下から、輿は落ちる。




