2-1 大帝賞①
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大帝賞。
それは、十二の重賞で優れた成績を修めた竜に許される、最大の栄誉ある競争だ。
その世代の重賞勝利竜がまず出翔権を得られ、次いで、戦績・血統など諸々を加味されつつ、御前で翔けるにふさわしい竜が、重賞勝利竜と併せて計十二頭まで選出される。
今年の大帝賞に出翔する’85年世代だと、成績的に確定しているのが、四冠竜のマーファハーブ号、二冠竜のアウカタイデサー号とエルダーフェス号、一冠竜のセーレーサガット号、キャサーナ号、ブルカモンガ号、マカアルトン号の七頭であるため、更に五頭、選ばれることになる。
成績次第では、三歳竜・二歳竜からも選ばれた先例はあり、たとえばヤチルシーム号も実は三歳の時に、成績的には申し分ないとされていたが、ベレー様がその時に騎乗されていた四歳竜が、既に重賞勝利により出翔権を得ていたため、無理にシームに別の騎手を立てることもないかということで出翔は見送られ、翌年に満を持して出翔し片楯を得た、というこぼれ話がある。今年も、ボンヴァルノン号が候補に挙がるとは囁かれてはいたが、四冠竜で翔けずして何とするかと、当然ベレー様はマーファハーブ号に騎乗される。
帝立第二競竜場。
雪原月はアクセルテグ記念を行ったのと同じ競竜場で、春の大帝賞は催される。
萌芽月に春の大帝賞、半年後の葡萄月に秋の大帝賞が執り行われるわけだが、条件は少しずつ異なる。
春は帝立第二競竜場・距離16フェレン。
秋は帝立第三競竜場・距離10フェレン。
特に春は、国内競争最長級となっており、もっとも持久力が試される競争となっている。一番距離の短い、サタナ記念やアクセルテグ記念は8フェレンであるため、なんと二倍の差がある。
アクセルテグ記念でのマーファハーブ号は素晴らしい飛翔だったが、同様の飛翔では、簡単には勝たせてくれないだろうというのが、春の大帝賞だ。十二の重賞で一番距離の長い重賞は、華洛月のロット記念(15フェレン)だが、この世代の勝利竜はブルカモンガ号で、マーファハーブ号は六着だった。このことから、マーファハーブ号は長距離向きではないと一般的にはいわれているが。
「12フェレンのバトラズ杯で二着だからな。まあタルギタオス記念は八着だったがあれはどちらかというと作戦負けだったし、ふつうに飛んでりゃ掲示板は固かっただろうよ、ベレーさんといえど。デサーの騎手はいい騎手だ、なんといってもダノワの血筋だからな。何にせよハーブは輝四冠の中でロット記念以外全連対だし、いわれてるほど長距離に適性がないわけでもないぜ。長距離の飛び方じたいは、ベレーさんはシームとかクヴドとかで心得てるだろうし、今乗ってるボンヴァルノンもロット記念勝ったからな。準備期間はあったし、巷でいわれるほど、不利な戦いでもないだろうさ」
グィーベの意見に、僕は嬉しくさせられる。
大帝賞では、大帝様が観にこられる天覧試合ということもあり、公的に賭博が行われることはなく、観客は純粋に、実力のある竜たちの、引退前最後の華々しい競争を観にきているわけだが、天邪鬼な彼は、なぜかそうして競争結果を予想して、賭ける振りをしている。普段の重賞も、別に賭けているわけではないのに。
「まあやっぱり買うならデサーだな! ハーブは秋に期待――」
僕は左隣に座っているグィーベを蹴り飛ばす。なぜ言わなくていいことまで言うのだ。僕も普段から競竜は賭けないが、当然ベレー様を応援している。そしてグィーベの前半で述べたのと似たような理由で、マーファハーブ号に勝ちの目はあると信じている。
「グィーベくん、そんなに語れるなら、竜券も買えばいいのに……」
僕の右隣に座る、シャーラが言う。彼は、僕たちとは競竜学校の元同級生という関係の同期の調教助手で、所属している牧場は異なるのだが、最近は主に競争の日の競竜場で顔を合わせている。長い前髪の奥から見えるくりっとした瞳は不安げにうろうろとあちこちに視線を遣っている。小柄な体躯は竜の負担が小さくなるという点で、騎乗には向いている。
「賭けると公平な視点が失われちまうからな。俺は冷静に、記録の集合として、競竜を楽しんでるんだよ」
「買うならデサーって言ってたくせに」
グィーベの言葉に僕は言う。
「グィーベくんの信条は分かったから、次からちょっと教えてくれない……?」
片や、シャーラはそんなことを言う。
調教助手として、竜券を買って賭博に関わることに制限は特にないが、やはり買うとなったら、自分が調教している竜。ということになりがちだろう。しかしシャーラはそれとは別に、本気で賭博における勝ちを狙っている。確か前に金がたくさん欲しいとか言っていて、そのためには手段を選ばないということらしい。
ただそれなら、そもそも調教助手より儲かりそうな仕事があったのではないかとは思う。調教助手は、自分が担当している竜が勝てば、その賞金の一部をもらえるが、それは当然、竜主様や騎手、厩舎に入る金と比べたら小さく、ふつうは、基本給と調教時の騎乗手当で生活することになる。その給料も、竜主様から竜を預かる立場ゆえ多少は高いとは思われるが、他の職業と比べて倍以上高いとか、そんな差は勿論ない。だから、僕やグィーベのような、競竜に対する熱意のようなものを持っていなければ、収入の問題を抜きにした自分の仕事として、調教助手なぞ選択しないと思うのだが。
と、そこまで考えを巡らせて。
「冷静に、記録の集合として楽しんでる、って――それならなんで調教助手になったんだよ」
僕はグィーベに尋ねる。
本当にそうなら、担当を一頭持ってしまうと、その竜中心に見てしまいそうだし、そもそも自分がその担当を育てる以上、その竜の記録は自分が関わったものとして、公平な視点は失われてしまうのではないのか。
「竜、育ててみたかったんだよなー」
グィーベは言う。
……端から、彼の言ったことをまともに考えるのは、時間の無駄ということが、改めてよく分かった。




