1-6 風雲月
来月はいよいよ新竜戦が始まる。
そんなわけでベレー様は、最近になってよくテルビナの調教に参加しにこられるようになったのだが、今日は偶然、もう一人の騎士様とご一緒だった。
もう一人というと当然プサーの騎手であり、
誰かといえば、ザラエグ・ロラン様である。
ザラエグ様は、ベレー様と並んで今最も人気のある騎手の一人だ。今年に入ってからの、アクセルテグ記念、オリヴィエ記念での素晴らしい騎乗は記憶に新しい。アクセルテグ記念で騎乗された四歳の二冠竜エルダーフェス号は、プサーの母竜の半弟であり、プサーに騎乗されるのも、これまでに同じ血統に連なる竜たちに乗ってきた繋がりだそうだ。
そんな今をときめく騎士様は、ベレー様共々、当然、今月の重賞でも騎乗される。
ダノワ記念。
三歳竜最後の重賞にして、風の騎士の名を冠する競争だ。
三歳竜ということで、ベレー様が騎乗されるのはボンヴァルノン号であり、ザラエグ様が騎乗されるのはファンディルサーガ号だ。成績は重賞七戦までに、二頭は二冠ずつ獲っている。来週末の本番に向けて調整をしているところだろうが、それでも時間を作って、未出翔の竜に乗って頂けるのは、その竜の調教担当として素直に嬉しい。
しかし気になるのは、ベレー様の表情で。
ザラエグ様の隣の彼女は、いつものように朗らかに笑っておらず、終始落ち着いた様子でいらっしゃった。相手が名門の騎士だからだろうか。
ロラン家は、重賞にその家名を残すほどの由緒正しき名家だが、一方のハイジン=ハスト家とは今まで聞いたことがない。語感的に外国に起源がありそうですらあるし、最近になって――もしかするとベレー様の代で――力をつけられた家系であるというのには違いない。そういったところで心理的な、あるいは実際的な上下関係が生まれていることは充分に考えられる。
だから、ベレー様が僕とテルビナに、ザラエグ様がグィーベとプサーに、と分かれて調教を始めてからこっちは、楽しそうな様子でいらっしゃったのにはひどく安心した。
「いい加速をするね。テルビナは」
左手で兜を脇に抱え、右手でテルビナの首の下を撫でながら、ベレー様は、しばしの休憩に入るために僕の元へ戻ってこられる。僕は手綱を受け取ると、「どうぞ」と汗を拭くための布と交換する。今度は勿論、テルビナ用ではなく、ベレー様のためにあらかじめ用意しておいたものだ。
「ありがとう」
ベレー様は言って、額に布を当てられる。
僕はテルビナの体調を精査する。運動後の目の充血は健康的で、翼や脚の動き
に不自然なところはない。ちなみに体高は半年前から更に伸び、4キュートルに達しているため、首から上は、下げてもらうか、自分で騎乗して確認しなければならない。
「今日はもう少しだけ乗っていくよ」ベレー様は僕に布を返し、飲み物を受け取りながら言われる。「それと、新竜戦は第三の距離8フェレンでいくそうだよ」
距離8フェレン。というと、二歳竜最初の重賞、サタナ記念などと同じ距離だ。重賞としては最短の距離だが、この距離を余裕を持ってこなせなければ、今後の競争は楽観できないという判断だろう。ちなみにテルビナが、そして一般論として竜が、どの競争に出場するかを決めるのは竜主様である。距離の前にベレー様が言及されていた第三というのは、帝立第三競竜場のことで、この点もまた、来月のサタナ記念と同じである。
第三で飛ばすということは、ベレー様の雇い主であるところの、テルビナの竜主様は、かなり大帝様に近い貴族の方でいらっしゃると推察できる。重賞は競争場ごとに割り振られて固定されているが、新竜戦は、ほぼどこでも開かれる。そしてそれならば、自らの領地の近くで観られたほうがいいのには違いない。中央に近いのは第一と第三の二ヵ所であり、詳しく聞いてはいないものの、やはりベレー様のお家は、ここ数世代で力をつけただけあって、かなり権力の中心人物に目をかけられておられるようだ。
プサーのほうが、いつ新竜戦に出るかは知らないが、ロラン家が代々仕える辺境伯の領地は、辺境伯というように、帝立競竜場のあるような内地からは遠いため、出る競争は異なるだろう。よって僕たちのうち、どちらかしか勝てないという事態にはなり得ない。どうせ重賞の初戦からは敵同士になるのだから、今はまだ、純粋に互いの勝利を祝うことにしておきたい。
「分かりました。テルビナに水飲ませますね」
僕は言って、持ってきた桶の水をテルビナに飲ませ始める。
「テルビナは。いくつ勝てると思う」
僕の背中に、ベレー様は尋ねられた。僕は首を巡らせて、彼女と目を合わせる。
青い瞳。
まっすぐな眼差し。
「――全部。勝つ気で調教しますよ」
僕の口を、自然とそんな言葉がついていた。「ああえっと、勿論タルギタオス記念を勝つっていうのとか、ヤチルシームとの親子二冠なんかを、戦績としては目指していく形になるかも知れませんけど、まあ心持ちとしては」僕は急いで、その失言を取り戻すように言葉を尽くすが、
くっくっくっ、とベレー様は笑っておられた。
「そうだね。全部。勝とうよ、テルビナと、私と、エムリスくんで」
その言葉で。ようやく僕は、認められた気がした。
そして、ここから始まるのだ。僕たちの三年間が。
*
〖――ボンヴァルノンだ! ファンディルサーガ追いつけない! ボンヴァルノン、翼を閃かせ――入線! ダノワ記念、一着はボンヴァルノンでした! 圧巻の逃げ! 復活の三連勝、通算三冠です!〗
ダノワ記念での二冠対決を制したのは、ボンヴァルノン号だった。
これにて三歳竜世代の四戦、十二の重賞のうち、八戦が終結した。
ここから残り四戦。競争は更に激しく、夢を焼べられ燃え上がる。
(第一章 了)
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