1-5 寒波月
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競争において最も大切なのが発翔だ。
遅く出ると圧倒的不利。
早く出るとただの反則。
いかに発翔の精度を高められるかが、競争結果の半分を決めるといっても過言ではない。
今年の初めから始めた発翔の調教にも、テルビナとプサーはだいぶ慣れてきたようで、機械の動きによく反応している。
ちなみに練習で使用しているゲートの機械は一般競争用で、重賞競走では魔法的管理がされている。まず、競争前にそれぞれの出翔竜は魔力を提出し、替え玉が行われていないことを確認される。その後で、回収した魔力を用いてゲートを造るのである。このゲートのよいところは、回収した魔力が無駄にならないところと、出翔竜全頭の魔力を合わせて造られるため、互いに互いを牽制し、競争の公平性を高められるところにある。
かといってそのような魔法を、何回も行う練習にいちいち使えるわけがないので、重賞に出翔する予定のテルビナとプサーも、まずは機械で基礎を固めておくというわけだ。魔法的ゲートは問題ないが機械のゲートで引っかかる、という話はたまに聞くが、その反対はほとんど耳にしない。機械のほうが問題なければ、魔法的ゲートも間違いなく通れる。
担当贔屓かもしれないが、テルビナはゲートの出入がかなり上手い。上手さについては人それぞれで価値を置くところが異なるかも知れないが、ゲートが開いてから飛び出すまで、そして飛び出してから最高速度に持っていくまでを、非常に素早く綺麗に行えるのである。一方のプサーは、発翔は上手いがゲートに入るまでに、少々時間がかかる。どうも、独りで練習するぶんには問題ないが、テルビナと、あるいは他の竜と並んでゲートに入ることが気に喰わないらしい。
「まあゲート難があっても成績を残してる竜はいくらでもいるしな」
グィーベはうんうんと頷きながら、プサーを撫でる。それは競争狂いの僕としても、戦績狂いの彼としても、共通認識している事実ではあるが、
「でもそうともいかないだろ」
「ああ?」
「ゲート試験」
ゲート試験は、初舞台以前に受験し、合格しなければならない発翔の試験だ。これに合格らなければ、重賞はおろか、新竜戦すら出翔登録をさせてもらえない。競争の公平性に関わることだから規則が厳しいのは当然であり、ゆえにいくら血筋がよくても、ゲート難は解消してもらわねばならず、そこは僕たち調教師の腕の見せ所でもある。
「そう焦ることでもねーさ」グィーベは言う。「二歳竜最初の重賞は三ヵ月後の最終週。それまでの新竜戦に出場できればいいから、それまでのゲート試験で合格ればいい。まだ二ヵ月以上あるぜ」
「それはまあ……」
一応最初から分かっていたことだが、彼は絶対にプサーの競争竜としての成績を残そうとしていて、そのために必要なことは必ずこなす。だから、僕が心配しなくとも、彼の言う通り、最初の重賞には間に合わせる速度感で調教を行っているのだろう。竜に過度な負担を与えるのは逆効果なので、その面では正しくはあるが、新竜戦で負けることを想定していないところが生意気だ。新竜戦で勝利できないと、基本的にはそのまま重賞に参加することはできず、未勝利戦に出場しなければならないのである。そのことを考えず予定を組むのは無鉄砲だし、騎手に失礼だ。もっとも、こういったことを僕がつらつらと彼に説いたところで、聞く耳を持たないに違いないが。
先生の目に余るようであれば、直接指導が下るだろう。僕はまだ、人に教えられるほど学んではいない。とりあえず、テルビナの調教に集中することにする。
グィーベのように、自分のやることに一切の迷いなく突き進めるのならいいのだが、僕の場合どうしても、責任その他諸々を感じてしまう。なにせ、あのベレー様が騎乗される竜なのだ。しかも、あのヤチルシーム号の初仔である。どうしても父竜と比べられてしまうだろうし、今後の種雄竜としてのヤチルシーム号の評価にも関わってくる。
五冠竜、“怪獣”ヤチルシーム号。
ベレー様が二十歳の年から、つまり七年前から三年間騎乗され、そして四年前の大帝賞で活躍した竜で、今でも現役世代に勝るとも劣らない語り草となっている。
ヤチルシーム号が、種雄竜入りしてからは、それは高度な駆け引きが行われただろう。アブスルグ種の竜は、形質が次の世代にかなり受け継がれやすい。よって五冠竜の仔ともなれば、最低でも二冠や三冠、あわよくば二頭目の五冠、そして願わくは、“英雄王”・“俊英雄”以来の六冠竜を望まれ、それだけ子種の価値が高くなる。
そうして、生まれたテルビナ。
父竜に並ぶ成績を嘱望され、父と同じく、当代切っての天才・ベレー様が騎乗されることになっているという、生まれながらに様々なものを背負わされているテルビナ。
そのテルビナを、調教しなければならないのが僕だ。テルビナ自身は、周囲からの期待やら圧力やらに特に気がついていないかも知れないが、僕は当然、充分に理解している。同世代にはいないはずだが、一歳竜世代の中にはヤチルシーム号の産竜は数頭いるだろう。その仔竜たちの、先行く道を示すために、そしてヤチルの栄光を潰えさせないために、僕はテルビナを、力の限り、育てていかなければならない。




