9-2 大帝賞⑪
葡萄月の、最初の皆休日。
今年も、秋の大帝賞が開催される。
帝立第三競竜場。
晴れやかな空だが、気流はかなり荒い。発翔までに落ち着けばいいが、今のところは気流:荒での競争になりそうだ。
競竜場に着いた僕は、気がつけば入場していく人混みに、あの少女を捜していた。最初に出会ったのが、半年前の春の大帝賞。その後、ライル記念で会って以降は、しばらくその姿を見かけていなかった。
しかしあれだけ競竜に興味を持っていた子だ、大帝賞ともなれば必ず姿を現すだろう。
天覧競争ということで、普段ほとんど見ることができない大帝家の方々のお姿を、遠くからとはいえ見られるということで、竜が目当ての者の他に、それが目当ての者も多くおり、十二の重賞以上の賑わいを見せている場内で、あの小さな少女を果たして見つけられるのか――
「あら。エムリス」
パッとヒルデガルトが、横道から姿を現した――隣には、彼女と手を繋いでいるミレイがいる。髪色が全然違うため姉妹とかには見えないが、保護者としての任は果たしているようだ。
「やっぱり来てたんだ」
「当然よ。ボンヴァルノン号が出翔できないのは残念だけれど」ヒルデガルトは、競竜場の入口のほうを見遣る。「残った子たちの、最後の飛翔を見届けないと」
ちなみにボンヴァルノン号が出られないため、春からの入れ替えは四頭になっている。ベレー様は予定通り、フィックスデイジー号に乗り換えての出場になる。
「おお。エムリスくん」
ヒルデガルトたちの後ろから――ベレー様が現れる。
「あ、おはようございます……え? どうしてここに」
「先に二人と会ってさ」
ベレー様は言われ、
「期待しているわよ、ベレー」
ヒルデガルトは言う。
――ん?
呼び捨て?
「ありがとうございます、ヒルデガルト様。じゃあエムリスくん、ミレイさん、また後でね」
ベレー様はそう言い残し、去っていかれた。
「……あの、これはつまり」
「……ヒルデガルト様」
ミレイが少女に言う。少女は、ハッとした様子で僕を見た。
「……告白する時が来たようね――
――わたくしは、ヒュノン帝国第一皇女、ヒルデガルト・タルギタオスよ」
*
〖アクセル記念勝利竜、①番バーゲンレックス、ファジン・ラークティカ様!
逃げた先の栄光を掴めるか、②番マカアーガル、ハービズ・セレヴロ様!
秋からの出翔です、③番ニヴガナック、パリンス・ヘンゼル様!
春は二着、“貴竜”ジェディワールズの意志いまだ競竜場にあり、④番ジェディリネーク、トーカ・サザスト様!
こちらも秋から、マルセより⑤番ハーケレン、バーリス・ファルスト=ザルディ様!
リスティスからはタルギバラス記念勝利竜、⑥番ユークスレーバリン、エレイン・ザトッグ様!
鞍上は四十年連続重賞勝利という偉業を達成されました、⑦番シヴァモンガ、アーラム・ロット様!
春は三着、甲賞勝利竜、⑧番アウカタイサナー、サルダット・タルギサガス様!
剣賞とライル記念を勝利した二冠竜、本命との声も名高い⑨番アフカード、ドーナル・ザーグレビィ様!
四冠竜の実力を秋こそ示せるか、⑩番ファンディルサーガ、ザラエグ・ロラン様!
三冠竜ボンヴァルノンに代わって出翔するのは,昨年のリオフラン王国杯勝利竜、⑪番フィックスデイジー、ベレー・ハイジン=ハスト様!
競竜界にライル家あり、⑫番アンダーラーバン、マストゥルグ・ライル様!
各竜、魔力提出が完了するまでしばらくお待ち下さい――〗
ヒルデガルト様。
この国の、第一皇女。
第一皇子といえば、金竜・銀竜の表彰式でお姿を拝見した、ルートヴィヒ様だが、その妹君というわけか。
いいところの令嬢なのだろうということはなんとなく感じていたが、まさかの皇族の方だったとは――弁明させてほしいのは、確かに皇女が一人生まれたという事実じたいは知っていたが、公的な場にほとんど出られていなかったか、もしくは出られていたとしても、大帝賞をご観覧されている遥か高い席にいるお姿しか――そうか。
彼女は初めてお会いした時、競争を前に観たのはかなり遠くからとおっしゃっていた。あれはそういう意味だったのか。
というか、こうして人混みの中にいて、周囲の誰も、彼女の存在に気づいていないということは、やはり僕が少数派というわけではなく、顔がまだほとんど知られていないのであり、
逆に、ミレイが少女の正体を知っていたことのほうが驚きなのである。
「あたしは――父さんの仕事についていった時に、お見かけしたの」
「ミレイのお父さんって――」
「商人」彼女は言った。そうだ。彼女の父親は、貴族の方々も相手にする大商人で、彼女も一応、大きな分類としてはお嬢様といって差し支えるわけではない立ち位置にいる。家業じたいは、兄が継ぐ予定で、彼女はやりたいことをやらせてもらっているという話だったか。
皇族の方々とも接点のあるような生い立ちだったことを知り、ヒルデガルト様だけでなく、ミレイまでもが心理的に遠くに行ってしまった気が――いやしないか。特にしない。ミレイはミレイのままだった。
今は何より、ヒルデガルト様である。
僕とミレイの間に、ちょこんと座っておられ、「貴方から見てフィックスデイジーはどうなの、エムリス」そう僕に尋ねられる。
「え、ああ、まあボンヴァルノン号とは違って逃げ竜ではないんですけど、去年のリオフラン王国杯での末翼を見るに、この出翔竜の中でも見劣りはしないんじゃないでしょうか」
僕が答えると、
「…………」
ヒルデガルト様は。
「――やっぱり、これまで通りに接してほしいというのは、身勝手よね」
少しだけ寂しそうに、そう言われる。
〖――魔力提出が完了いたしました。各竜のゲート入りが完了するまで、今しばらくお待ち下さい――〗
「――フィックスデイジー号は、前半は後ろに控えての競争になると思います」
僕は言った。
ヒルデガルト様は顔を上げられる。
「勿論僕はベレー様を応援しますが、敢えて激突しそうな竜を上げると、まずはファンディルサーガ、この竜はサタナ記念、バトラズ杯、ロット記念、タルギタオス記念を勝った四冠竜。説明不要な強さです。それに加えて注目しておいた方がいいのが、アフカード号とジェディリネーク号ですかね。アフカード号は剣賞とライル記念を勝っている二冠竜。10フェレンを得意としているとされ、今日の大帝賞も10フェレンなので、警戒しすぎることはないかと思われます。ジェディリネーク号は重賞こそ勝てていませんが、父親のジェディワールズ号は産竜の重賞勝利数が三十三勝を記録しており、実際最後方から二着にまで喰い込んできた惜しい競争もいくつかありました。ワールズは秋の大帝賞を勝っており、そういう意味でも注目はしておくべきでしょう」
すらすらと僕は喋る。ミレイにはふつうに引かれていたが、
ヒルデガルト様は、目を輝かせておられて。
「ーーそうね、貴方のその、競竜への愛じたいは、変わるべくもないわね」
言って、嬉しそうに少し笑まれた。
なんとか、伝えたいことは伝えられたようだ。
恐らくこの先も、彼女に対する僕の態度が、元に戻ることはないだろうが、競竜について教えられることがあれば積極的に教えてさしあげたい。勿論、皇族ともなれば僕より詳しい者などいくらでもいるに違いないが、彼女のほうから、話題を振って下さっているのだから、それに応じることには何の不思議もない。
「愛、は少し恥ずかしいっすけどね……」
「あら。その熱情は愛ゆえじゃなくて?」
ヒルデガルト様は、屈託なく笑われた。
〖――風は収まらないまま、気流:荒での発翔となります。葡萄月の帝立第三競竜場、秋の大帝賞、距離10フェレン。――発翔しました!〗




