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赤き竜のための協奏曲  作者: 烏合衆国
第九章 アフカード
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9-3 大帝賞⑫


〖さァ春の大帝賞勝利竜、類《たぐ》い稀《まれ》なる飛行を魅せてくれたボンヴァルノン不在の競争《レース》です、先頭を行くのはどの竜だ、荒れた気流の中、この競争《レース》の風を作るのは、②番マカアーガルです! 春は逃げた竜が勝った、秋はどうだ! 三竜身ほど開きまして、二番手につけたのは⑥番ユークスレーバリン! 春に比べて抑えた飛行か、それに競《せ》りかかっていったのは⑫番アンダーラーバン、大外から内に詰めて翔路《コース》を定めにいった! 最内から①番バーゲンレックスは掛からずの発進になりました、そのすぐ後ろに⑤番ハーケレン、⑦番シヴァモンガは潜り気味に行く、③番ニヴガナックは上ずっているか! ここまでやや飛調《ペース》の速い展開です、四竜身ほど開いて八番手には⑧番アウカタイサナー、その外にやや後ろからの展開となります⑨番アフカードがつけました、四冠竜ファンディルサーガがその後ろ、最後方には二頭が並んでいます、内側に④番ジェディリネーク、外側にはボンヴァルノンの意志を継ぐ⑪番フィックスデイジー、対照的に後ろからの競争《レース》です!〗




「飛調《ペース》が速いのは、大舞台での焦りが出ているのかしら」


 ヒルデガルト様が呟かれる。実況でもいわれていることだが、実際、僕の見立てでもシヴァモンガ号までの六頭の飛調《ペース》が速めになっている。ただ、七番手のニヴガナック号は焦りから上ずっているのだろうが、


「どちらかというと、意図的なものでしょうね」


 僕は言った。


「どういうこと?」

「《《わざと展開の早い》》競争《レース》《《にしてる》》んです――恐らくは、アフカード号対策として」


 アフカード号は現在八、九番手にいるが、これまでの競争《レース》では、前団の最後尾といった位置取りだった。それが、前団の飛調《ペース》が速かったことにより、後団に置いていかれたのだ。

「アフカード号は、いつもと違う位置取りでの競争《レース》を強いられてるわけです」

 事前の談合があったとかではなく、数人が候補の一つとして考慮していた展開に、発翔《スタート》からの流れで他の者たちが乗っていった結果だろう。全員が全員、乗っかったわけではなく、いつも追い込みをするジェディリネーク号の騎手、トーカ様は別として、サルダット様やザラエグ様、そしてベレー様はむしろ抑えた飛行をしている。

 いわゆる熟練《ベテラン》騎手の、マストゥルグ様やバーリス様、アーラム団長などが乗っていっている策がどう効いてくるか、実に楽しみな競争《レース》だ。


「そういうことね」ヒルデガルト様は頷かれる。「けれどこれだけの速い飛調《ペース》で飛んでいたら、ボンヴァルノンに追いつけなかった竜たちには体力的に厳しくなるのではないの」


「……めちゃくちゃいい視点ですね」

 僕は率直な賛辞を贈る。競竜を覚えたてとは思えない想像力だ。

「結論からいうと、《《その通り》》です。だけど距離が10フェレンだから余裕を残せる竜が多そうなのと、息の入れどころしだいではまだまだ展開は読めないですね」

 飛調《ペース》を速めた竜たちが途中で潰れてしまう可能性はある。最後方には、距離16フェレンの春の大帝賞にて最後の直線一気で二着まで出てきたジェディリネーク号が控えている。飛調《ペース》の速い競争《レース》では基本的に後団有利な展開になるため、わざわざこの競争《レース》の風を作った竜たちが、10フェレンをどう飛び切るかがさしあたっての注目点だ。




〖向《むこ》う正面に突入しまして先頭は依然②番マカアーガル、逃がしたままで四竜身ほど開いています二番手に⑫番アンダーラーバン、⑥番ユークスレーバリンと①番バーゲンレックスが並びました! ⑤番ハーケレンはその後ろ、シヴァモンガは低空での競争《レース》です! さァ上ずりからは抜け出せました③番ニヴガナック、外から⑨番アフカードが出てきています、内側からはアウカタイサナー、四冠竜ファンディルサーガがこれに並んできます! ④番ジェディリネークと⑪番フィックスデイジーは堅調な飛行で睨みを利かせます!〗




 ここでアフカード号が前に出てきた。

 アフカード号には、前団の竜たちの飛調《ペース》が早い時点で、大きく二つの選択肢があった。

 一つは、今回の、周囲に乱されず自分はいつも通りの飛調《ペース》で飛ぶこと。

 一つは、その速い飛調《ペース》に自分も乗っかることだ。


 速い飛調《ペース》に乗っかることの不利点はいうまでもないが、いつも通りの飛調《ペース》で飛ぶことにも不利点はある。

 単純に、これまでより抜かす竜が多いのである。

 前の竜たちが潰れてくれれば楽な競争《レース》にはなろうが、敢えてこの策をぶつけてきて、あっさりそうなるとも思えない。潰れなかった場合は、後はアフカード号の地力しだい、これまでの調教の質を試されることになるわけだ。





「ところで――ボンヴァルノンの代わりに出翔している、フィックスデイジー。あの竜はあの位置から、ジェディリネークにも負けず、勝てそうなの」


 ヒルデガルト様が更なる質問をされる。

「昨年のリオフラン王国杯は、観戦されましたか?」

 僕は質問を、質問で返してみる。

 リオフラン王国杯とは、我が国、ヒュノン帝国の隣国、リオフラン王国との友好の証として、毎年華洛月に開催されている重賞競争(レース)だ。国内の三・四歳竜と、リオフランから呼んだ数頭の竜が飛ぶ競争《レース》であり、王国の女王陛下が毎年観戦に来られることでもお馴染みで、大帝家の方々も観戦されるはずだが、

「いいえ。兄上たちは、行かれたようだけれど」

 ヒルデガルト様は、お留守番だったようだ。

「この帝立第三競竜場で、昨年開かれたリオフラン王国杯、距離12フェレン半。あの飛行を見る限りでは、他の出翔竜と比べて見劣りしないとは思います」12フェレン半を飛び切っている以上、体力も充分だ。「ただ、この大帝賞を飛んでいる他の竜の中で、リオフラン王国杯を飛んだ竜は《《居ません》》」


 ほとんどの竜は、翌月、霜降月のタルギタオス記念に出翔するため、華洛月は調整に当てている。過去にはリオフラン王国杯からタルギタオス記念へ向かい連勝した竜もいたが、それは本当に珍しい例だ。大抵は、十二の重賞に出翔できなかった竜たちや、フィックスデイジー号のような、ある騎手が主戦《メイン》以外で乗っている竜たちのための場となっている。


 よって、誤解を恐れずにいえば、水準《レベル》の低い競争《レース》になりがちなのだ。


 もっとも、リオフラン側の竜たちも世代の強者揃いというわけではなく、競争《レース》じたい友好の証という意味が主であるため、そこまで熾烈な競争《レース》は最初から求められていないという側面もあるのだが、

 第一線で活躍している竜たちと力量差があることは確かで、その中で勝ったフィックスデイジー号の強さが、そのままこの秋の大帝賞で通用するとは思えない。


 フィックスデイジー号が、これまでどれだけの調教を積んできたか。

 恐らく早い段階で、ボンヴァルノン号の秋の出翔は関係者の間では見送られており、ベレー様も、フィックスデイジー号に乗られるつもりで仕上げていたはずだ。その上での、この追い込み策。


「ジェディリネーク号と同じ作戦になることは分かり切っているため、ベレー様の自信の表れだと、受け取っていいとは思います」




〖第3コーナー先頭で突入したのは⑫番アンダーラーバン、その後ろにユークスレーバリンとマカアーガル、おおっとここで最後方からジェディリネークが動いた、④番ジェディリネーク、空を通り外に抜けて、早くも仕掛けてきました入線《ゴール》まではあと3フェレン! 翼は足りるのでしょうかジェディリネーク、五、六番手まで出てきました、これを受けてアンダーラーバン少し引いた、⑥番ユークスレーバリンはしかしここで速度を上げる! 


〖入れ替わってユークスレーバリン先頭で第4コーナー、⑫番アンダーラーバン追いかけます、三番手には①番バーゲンレックス、その後ろ⑤番ハーケレン、ここまで退《さ》がりました②番マカアーガル、外には⑨番アフカード、そして大外から④番ジェディリネークが追い込んできた! アフカードの背後に⑧番アウカタイサナーはやや上ずり気味か、低空に留まる⑦番シヴァモンガ、内を通って四冠竜ファンディルサーガが十番手につけます、ここからのどんな競争《レース》を思い描いているのでしょう! ニヴガナックは苦しいか、そして逃げ竜が軒並み潰れた様子の前方にどう仕掛けていくのか⑪番フィックスデイジー!〗




「『潰れた様子』って――随分な物言いではなくって」ヒルデガルト様は、不服そうに言われる。「ユークスレーバリンなどは、まだまだ体力充分といった意気じゃない」


「まあ、観客を煽る役割を担っているので……」後は、実況ごとに、騎手の好みの違いもある。「確かに、中立であるべきとは思いますが」何かと折に触れて、思い出したくもないのに思い出すが、グィーベの言っていた中立的な眼差しというものが、必要なのにない者もいるということだ。

 ところで実際、潰れていないのかという話になると、マカアーガル号はもう厳しいとして、エレイン様の乗られるユークスレーバリン号、この竜はジェディリネーク号の仕掛《スパート》を受けて、速度を上げて対抗した。最後の2フェレンほどとはいえ、これまで前方で飛んできた上で力強い飛行だ。エレイン様も、無謀な飛行に乗り出すような方ではなく、勝機を見込んでの策ではあろう。




〖――最後の直線、⑤番ハーケレン飛び出して、①番バーゲンレックス大きく上ずった! ジェディリネークこれを交わして⑫番アンダーラーバンに並ぶ、⑨番アフカードは前が塞がれたか、ここで急襲シヴァモンガ、大きく高度を上げてアフカードの下へ潜り込む! さァ⑨番アフカード、そのすぐ後ろにアウカタイサナーここからどう動くか、開いた内柵(ラチ)の際《きわ》を通ってファンディルサーガだ! ファンディルサーガ順位を上げて今六番手か、先頭ユークスレーバリン翼は充分、それに迫るジェディリネーク、内からファンディルサーガ、そして下からは、フィックスデイジー、フィックスデイジーです、高度を上げたシヴァモンガの代わりにこの竜が下げてきた、入れ替わりでフィックスデイジー、低空飛行でこの位置です、荒れているはずの直線の低空を力強く翔けていきます!


〖前後不覚のアフカード、決意の大外に持っていく! 先頭ユークスレーバリンとジェディリネークの追い比べだ、三番手にファンディルサーガ、大外からアフカードが追い上げます! 翼《はね》色充分、アフカードだ、ぐんぐん伸びる、最後の1フェレン、低空のフィックスデイジーも出てきた、しかしアフカード、翼は衰えを知らない、翼を閃《ひらめ》かせ――入線《ゴール》! 僅かに先んじたように見えましたアフカード! 二着以下五頭ほどもつれての入線です、二着はジェディリネークか、確定までしばらくお待ち下さい――〗




 僕の目にも、一着は間違いなくアフカード号であるように映った。

 二着以降はジェディリネーク号、ファンディルサーガ号、ユークスレーバリン号、シヴァモンガ号、フィックスデイジー号といったところか。




〖――確定いたしました! 一着アフカード、騎手ドーナル・ザーグレビィ様! 二着ユークスレーバリン号、騎手エレイン・ザトッグ様! 三着ファンディルサーガ号、騎手ザラエグ・ロラン様という結果でした! ――〗




 確定した順位が掲示板に表示される。四着シヴァモンガ号、五着にフィックスデイジー号。ほぼ僕が見ていた通りだ。レーバリンが、意外と最後まで伸びていって観《み》応(ごた)えのある競争《レース》だった。フィックスデイジー号は悔しい結果だったが、この舞台でこの競争《レース》内容であれば、かなりの善戦といっていいだろう。






   *






「アフカードは、終わってみればかなり余裕を持った飛行だったわね」


 アフカードの勝利飛行《ウイニングフライ》を目で追いながら、ヒルデガルト様が言われる。相変わらずの観察眼である。

 まさか最終盤、大外に持っていった上での差し切りになるとは思わなかった。


 前半の、先頭集団の速い飛調《ペース》。それについていかず、自分の飛調《ペース》を守って飛んでいたアフカード号だが、あの最終コーナー、そのまま行っていたら翼を余らせていただろう。

 前にハーケレン号、マカアーガル号がおり、内にはファンディルサーガ号、外にはジェディリネーク号、最初から前団の後方の低空を飛んでいたシヴァモンガ号は、ずっとアフカード号を意識《マーク》しての飛行だったろう、アウカタイサナー号が真後ろにつけていて、空にも行きづらい状況。


 しかしここから、それまで同じ策を共有していた竜が、それぞれの策に走り始める。

 仕掛けたハーケレン号。やや掛かり気味に上ずるバーゲンレックス号。

 内を出ていくファンディルサーガ号。外を出ていくジェディリネーク号。

 高度を上げて圧をかけにいくシヴァモンガ号。

 上ずるアウカタイサナー号。


 そして高度を上げたシヴァモンガ号の代わりに、低空を行ったフィックスデイジー号。


 フィックスデイジー号も、思わぬ力を見せてくれた。低空は、他の竜からの視線を切りやすい一方で、上を飛ぶ竜の翼が生む気流の影響を大きく受ける。それを、あの終盤であそこまで力強く飛んでいくとは。恐らく前半に、追い込み策で飛ばしていたのは、この絵が見えていたからなのだろう。




 何はともあれ、そこからは各々が、各々の勝利のためだけの行動を始め。


 綻びが生まれ――アフカード号が飛び出した。




 どの競争《レース》でもそうだ。展開の中に生まれた綻びを、一番巧く突けた者が勝つ。

 第3コーナー、ジェディリネーク号が仕掛けた時にも、その機会はあった。あの地点で仕掛けてくるジェディリネーク号に、観客だけでなく、飛んでいた竜たち、騎手たちも衝撃を隠せなかっただろう。

 その衝撃から、すぐに切り替えて速度を上げたユークスレーバリン号。エレイン様は、やはりかなりの腕前と判断力で、勝利には届かなかったが二着という好成績を残した。




 アフカード号の騎手、ドーナル・ザーグレビィ様が、地面に降り大帝に向かって最敬礼をされた。

「あれ……そういえば、陛下がいらっしゃる観覧席に行かれなくて、いいんですか」

 今更ながら、僕はそんな疑問を口にする。大帝賞は、天覧競争として大帝陛下と皇后陛下、そして皇太子殿下が高い席で観覧をされるはずだが、彼女はここに留まっておられる。

「ええ、今回はしっかりと許可を受けているわ」

 ヒルデガルト様は言われる――その奥のミレイの顔は険しくなっていた。

 大方、ミレイがついているという条件つきで、ある程度の監視を解かれているのだろう。流石に、国の皇女を放置するわけもなく、これまでも、今日も、周囲に護衛の者は潜んではいるだろうが。

「というか今(・)回(・)は(・)

って――これまではこっそり抜け出してたんですか」

「まあそういうことになるわね」

「春の大帝賞の時も?」

「まあそういうことになるわね」

 許可を受けるという成長を見ることができて本当によかったと思った。


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