8-4 アクセル記念④
草原月の重賞。
甲賞。
ベレー様の乗られる、ヤチルヴァール号が出翔するため、僕はリポクサイス競竜場まで足を運んだ。
甲賞といえば、昨年は、最内のプサーが逃げ切って勝った競争である。テルビナが、サタナ記念で先に一冠を獲ったところをプサーに追いつかれ、その後、テルビナがオリヴィエ記念にて二冠目を獲った後にもバトラズ杯にてプサーが勝利し追いつかれた。草原月の現在、テルビナとプサーはどちらも二冠。残り六戦、グィーベごときに栄光を譲る気はない。
さて世代は一つ下がり、二歳竜の重賞、甲賞である。条件はリポクサイス競竜場、十五頭立て、距離8フェレン。
エレイン様とは、アクセル記念でテルビナ/ラメルが再び見える前に、ヤチルヴァール号とユーリノック号の対戦となった。そういえば、お二人は今年の新竜戦でも対決し、ベレー様が勝っておられた。場所は昨年のテルビナと同じ帝立第三競竜場だったのだが、エレイン様が本拠地のリスティス競竜場ではなく帝立競竜場を選んだのは、やはりベレー様との対決を望んでいたためなのだろうか。もっとも、結局はベレー様が見事に打ち破られたわけだが。
今年の二歳竜世代は、最初のサタナ記念を、アルガ様の乗られるレムアルマシー号が勝利し幕を開けた。アルガ様は、初舞台から乗っていたセーレーサガット号に昨年の大帝賞で乗り終え、レムアルマシー号は五頭目だ。剣賞勝利竜のセーレーサガット号、ソスラン金杯勝利竜のレームフィデン号、アクセル記念を勝利し、なおその勢いは衰えないカナンレンクグ号、そして重賞未勝利ではあるが、果実ステークスにて鮮烈な飛行を魅せたゼイケデイス号。アルガ様の燦然たる才能と共に、これまで彼が乗られた竜たちは、誰も彼も観客に深い印象を残している。レムアルマシー号も、十二の重賞の一戦目、サタナ記念を勝利で飾り、アルガ様は早くも、ベレー様に次ぐ天才騎手として持て囃されておられる。
〖――出翔竜を紹介いたします。光り輝く翼、①番アウカタイケイシー、サルダット・タルギサガス様――〗
さてこの甲賞、最内からは、サルダット様の乗られるアウカタイケイシー号が発翔する。
ここ、リポクサイス競竜場はサルダット様の本拠地である。十二の重賞も二度(甲賞・ダノワ記念)、その他の重賞もソスラン金杯を始めとして多く開催され、リスティス競竜場と並んで、国民によく親しまれている競竜場だ。
ではタルギサガス家が、ザトッグ家のような伝統ある騎士家なのかというと、それは少し違う。
リポクサイス競竜場で行われる、輝四冠に数えられる重賞、ダノワ記念。その名が示す通り、本来的にはリポクサイス競竜場というのは、ダノワ家の本拠地であった。それが現在は、タルギサガス家という家系が入ってきているのは、ダノワ家が今から半世紀以上前に断絶してしまったからだ。
厳密には、血が残っているという意味での子孫ならいて、かなり薄まっているがサルダット様がその一人である。ダノワ家は元々、風の騎士の名を冠されていた一族であり、それはそのまま、竜の騎乗技術の話に結びつく。そんなこともあって、ダノワの血を受け継いでいるサルダット様を、グィーベはいたく気に入っているのだが。
それならタルギサガス家とは何なのかといえば、この国――ヒュノン帝国を治める大帝家、タルギタオス家の、分家筋である。ダノワ家が存続の危機に陥った際、当時のタルギサガス家の次男、王位継承権も低位だった、ザイン・タルギサガス様がダノワの伝統を継承する形で、騎士としてリポクサイスへ移ったのだ。数年後に、数世代前の傍系の子孫が発見され、タルギサガス家と合流したため、現在タルギサガスを名乗っている者が、タルギサガス家の者か、ダノワ家の者かという区別にあまり意味はないが、少なくともダノワ家の立場としては、十二の重賞に家名を残して頂いている現状以上を望むべくもない、王を護るべき騎士として家の断絶はこの上ない不覚であるとして、タルギサガスの名で通していこうというところではあるらしい。
そんな複雑な家の事情を抜きにして、サルダット様は実力ある騎手であり、それは二十年以上の騎手歴の中で、“金竜”を四回、“銀竜”を六回賜っていることからよく分かる。“天才”ベレー様が師事しているのも頷ける話だ。
騎手の優劣――騎乗の巧拙は、競竜好き同士の話題には必ず上がるものの一つであるが、若いベレー様やアルガ様に多くの票が集まる一方で、いまだに推されることの多い熟練騎手の一人だ。作戦の正確さ。指示の上手さ。そして何よりもその褪せない闘争心だ。
競竜は、騎手と竜が一体となって競争をする。作戦立てや指示出しは勿論重要だが、もっとも重要なのが、相手が予想を上回ってきた時どうするか、である。
飛んでいる途中で諦めるなどもっての外。素早く作戦を立て直して、それを素早く竜に伝える――というのが愚直ではあるが、
無我夢中で喰らいつくこと。絶対に先着を譲らないという必死さ。
そんな闘争心こそが、本質的に大切なのだ。
再現ではない現実の、ほんの十分の一秒、百分の一秒気を抜いただけで結果が変わる世界で、その闘争心を燃やし続けられるか否か。それが騎手の素質である――というのは、サルダット様が新聞の取材に応じて答えておられた話だが。
その情熱に人々が魅せられているというのは紛れもない事実であろう、と彼の騎乗を見る度に思わされる。
①番がアウカタイケイシー号、サタナ記念勝利竜のレムアルマシー号は⑥番。ザラエグ様の乗られるファンディルカイリ号は⑧番、エレイン様の乗られるユーリノック号は⑨番、
そしてベレー様の乗られるヤチルヴァール号は、⑫番からの発翔となる。前翔のサタナ記念では⑧番からの発翔で、内から空から前へ前へと積極的な飛翔だったが、下を通ってきたレムアルマシー号に差し切られて惜しくも二着。今度こそ勝ちたいところだが、レムアルマシー号が、前翔と同じ枠からの発翔というのが面白い。アルガ様がどう変えてきて、どう変えてこないか。周囲がどう予想して、どう作戦立てするかが見ものだ。
〖――草原月のリポクサイス競竜場、ロドゥステッブ記念、8フェレン。――発翔しました!
〖横一直線での発翔です、最初に飛び出したのは④番アールカイン、内から③番ジラアラフサウ! 三番手には⑨番ユーリノック、⑭番タクサーマがこれに並んできます! ここで下から①番アウカタイケイシー、かなりの低空飛行です、竜群を嫌っているのでしょうか、このままの進行の様子です! さァ竜群に戻ってタクサーマの後ろには三頭が固まっています、内から②番ハールシャダイ、⑬番タイリンデート、⑤番マッタモンガがこの位置です! 後には⑦番ブルディディンは上ずり気味か、⑥番レムアルマシー、⑫番ヤチルヴァール、⑧番ファンディルカイリ、⑮番マカメイジーが続きます! 一竜身開いて⑩番クァールアヴザリー、⑪番ハッカトーグが最後方から追いかける形で序盤が展開しています!〗
序盤で異彩を放っていたのは当然アウカタイケイシー号だ。一応、競争規定に、飛行高度についての縛りはない。ただ経験として、あるいは真理として、極端に高い飛行や低い飛行は不利に繋がることを知っているから実践しないだけだ。高い飛行は、単純に、高度を上げるための体力が無駄である。一方の低い飛行はというと、上空をたくさんの竜が飛んでいるせいで、気流がかなり読みづらいのだ。そのうえ低空飛行というのは、低空を保つのに体力が必要になる。翼を羽ばたいていれば、自然と身体は浮き上がっていくからだ。それでも低空を飛び続けるというのは、やはり竜群を嫌っての行動というのが納得はしやすいが、サタナ記念ではそんな様子は見られなかったはずだ。
弱点を負っても、なお単独で飛べる旨味のほうが大きいのではないか、と考える者もいるが、それは簡単な話ではない。事前にそうして、竜群から離れて飛ぼうと画策し、調教で試し、心を決めて実戦でいざやろうというのはいい。
それはいいのだが、問題は他の竜たちだ。たとえばこの甲賞でいえば、十五頭立て、つまり自分以外に十四頭の竜がいるつもりで竜は飛ぶわけであるが、そのうちの一頭がなぜか自分から遠くに行ったのである。少しでも楽に飛べるようにならないわけがない。こちらから相手を感知できないのなら、相手からも自分を感知できないはずである。つまり、ないものとして扱っていいということだ。
騎手によっては、どの竜がどの位置で飛ぶか、そこまで綿密に予測して作戦を組み立ててくる者もいるだろう。そんな時に、竜群に一頭ぶんの空きがある、となれば、当然、ありがたくその隙間を利用するだろう。
何にせよ、狙いがあってそうしたことには違いないが、その狙いが見当もつかない。引き続き、観戦をするしかない。
〖第2コーナー回って直線に入ります、飛調が速いか先頭は⑭番タクサーマ、二番手には⑨番ユーリノック、その後ろを④番アールカイン、⑬番タイリンデートが追います! 後には⑤番マッタモンガ、③番ジラアラフサウ、⑫番ヤチルヴァールが固まっています! そして下にはアウカタイケイシー、低空飛行のまま最終コーナーへ突入します! ⑥番レムアルマシー、⑧番ファンディルカイリに⑩番クァールアヴザリーが並んでくる、②番ハールシャダイ、⑦番ブルディディン、⑮番マカメイジー、⑪番ハッカトーグが4フェレンを過ぎました!
〖――最終コーナー最初に飛び出したのは⑨番ユーリノック、ヤチルヴァールがそれを追う! アウカタイケイシー前に出る、最終直線先頭争いはユーリノックとヤチルヴァールだ、⑥番レムアルマシー外から前に出てくるが間に合うか、アウカタイケイシーはここで高度を上げてくる、ユーリノック先頭、ヤチルヴァール追いすがる、アウカタイケイシー縦に並んだ、そして空から、空からマッタモンガ追い上げる、マッタモンガ迅い、翼を閃かせ――入線!
〖接戦を制し甲を手に入れたのは――⑤番マッタモンガ! 騎手はアーラム・ロット様です!〗
*
今年の甲賞を獲ったのは、アーラム様の乗られる、マッタモンガ号だった。
最終直線。あれがユーリノック号との一騎討ちなら、最終的にはヤチルヴァール号が勝利していただろう。しかし実際には、二頭の空を取ったマッタモンガ号の勝利という結果に終わった。
ところで。結局、サルダット様の作戦――アウカタイケイシー号の低空飛行の意味はなんだったのか。ディガルさんに、考えるのをやめるなと言われてからこの方、できるだけ自分で答えを探そうとはしているのだが、今回ばかりは、気になっている点はいくつかあるのだが、それらをうまく結びつけることができない。
観念して、弟子であるところのベレー様なら分かっているのではと思い、厩舎にいらっしゃった際に訊いてみた。
「ああ、あれか」ベレー様は、僕を見てフッと笑い、「ただ答えを言うっていうのは面白くないから、がんばって自分で思いついてもらおうかな」そう言われた。
「それは、いいですけど、どこから考え始めればいいのか……」
「『どこから』じゃなくて、全体を見渡す感じだよ。まず、競争を見て何か引っかかった点はあったかな」
ベレー様はしばらくつき合って下さる様子だ。僕は観念して、頭を働かせてベレー様の期待に応えんとする。「気になってたのはマッタモンガ号の勝ち方ですね、アーラム様が、そもそも空を取る策に出られることが珍しいというか。あとは全体的には、時計が速めだったのは、風向きを考えても引っかかるなと」
時計が速いとは、要は飛調が速いということだ。
たとえば同距離の、四歳竜最後の重賞、アクセルテグ記念ならば、あの速度感でも、実力者同士の競り合いという見所ある競争展開に映ったはずだ。一方の甲賞、まだ十二の重賞の二戦目ということで竜の実力としても様子見、互いの仕上がりとしても様子見、というまとまりになるものだが――何かに、急かされていたような。慌ただしい展開で、思うように飛べなかった竜も多かったのではないだろうか。
「そこまで分かってて答えに辿りつけないのは」ベレー様は言われる。「競争経験が乏しいからなのかな。やっぱり調教師も模擬競争をすべきだね」
「え、えっと、ここから答えを導けるってことですか?」
「勿論。君の観察眼は素晴らしいよ」ベレー様は力強く頷かれる。「助け舟としては、そうだね、時計が速かったのが、サリーの、アウカタイケイシー号のせいだとしたら、どうかな」
時計が速かったのが、サルダット様の作戦の内だったということか?
つまり、アウカタイケイシー号の低空飛行が、そのためだったのか?
時計が速い状態というのは、騎手と竜のどちらか、もしくは両方が焦っている状態だ。
想定していたより飛調が速く、竜の体力がすぐ切れてしまうため、避けたいところだが、事実として、この間の甲賞、中盤の直線、先頭集団のタクサーマ号やユーリノック号、アールカイン号は飛調が速く、余計に翼を使ってしまっている印象だった。
飛調が落ち着いていたのは、マッタモンガ号辺りからで――
「――あっ」
出来事が繋がりを見せてきた。アウカタイケイシー号の低空飛行。それに先頭集団が急がされた。サルダット様が、絶妙に速めの飛調を保って、他の竜たちを焦らせたのだ。
なぜアウカタイケイシー号が速いと他の竜も速くなるのか。それはアウカタイケイシー号の、低空飛行という奇策が原因だろう。何が目的かは分からないが、明らかに飛び方を変えてきた竜。それも飛調は速い。細かい対策をする前に、まずは先頭を譲らないことが先決になる。どこまで体力がもつかは不明だが、先頭まで出られてしまったら、低空飛行の不利点はほとんどなくなる。それよりはと、いける範囲で攻めていく策に、先行していた竜たちは、移行していったのだろう。
上空ではなく低空を取る動き。これは間違いなく、他の竜たちを警戒しながらの飛行であろう。
しかし、そこまで考えさせることが、サルダット様の作戦だった。
翼を使わせて、先頭集団が体力切れになったところを差して勝つ。小狡くはあるが、なるほど妙手である。低空飛行という段階を踏むことで、単に逃げるより余計なことを考えさせ、勝利を掴みにいったわけだ。
しかし。マッタモンガ号、そしてヤチルヴァール号は引っかからなかった。
中盤、アウカタイケイシー号の偽りの先行策に騙されず、アウカタイケイシー号の上空までで留まり翼を残した。ユーリノック号は予想外に粘っていたが、結局はヤチルヴァール号優勢で、
そして勝利したのは、マッタモンガ号だった。
「――あれ。なんでマッタモンガ号は空を取ったんでしょう。翼を使わずに済ませてたんだから、そのままヴァールとの激突でもよかったんじゃ。圧をかけるにしても、ヴァールはどちらかといえば大柄なので効果も薄そうですし」
「ああ、そこまでは理解できたんだ。流石だね」
ベレー様は言われると、
「仕方ない。反省も兼ねて、そこからは私が説明するよ」
僕は頷く。反省?
「他の竜の上を取る飛行――その不利点は何かな」
「一番は、やっぱり視線が切れることでしょうか」
「そうだね。でもその不利点がないとしたら、空は取りたいよね」
「それはまあ、道が開けてますし」しかしそれがないとはどういうことだろう。他の竜の上にいけば、その竜の様子はがんばらなければ確認できない。そして競争中にがんばってる暇などない。前を向いて飛ぶだけだ。
「私も前を向いて飛びたかったさ。でもそうさせてくれない人が居た――サリーだ」ベレー様は悔しそうに、天井を仰がれた。「弟子としてサリーの策に気づいて対応できたところまではよかった。これまで苦しめられたことが幾度となくあったからね。そうしてアウカタイケイシー号を交わした――と思っていたら、どうもアウカタイケイシー号に気を取られ過ぎていたらしい、上から来るマッタモンガ号に完全にしてやられたんだ」
つまり、上を取る飛行の不利点がなかった、というのは。
「自分から相手が見えていない時に、相手からも自分が見えていないならば、お互いに見えているより楽に飛べる――ということ。団長も、私とほぼ同時にサリーの策を看破したところまでは確認していたのに、サリーに気を取られて、マッタモンガ号の翔路取りに気が回らなかった。――私もまだまだ未熟だと、心底思わされたよ」
低空飛行で追い上げるアウカタイケイシー号に、皆の視線が集まっているところを、マッタモンガ号は、注目が届いていない空を行くことで、悠々と飛べた。
そういうことだったようだ。
アーラム様は、サルダット様より長く騎手として活躍しておられる。年の功というやつだろうが――その手前までは、ベレー様も辿り着いていた。
俯くベレー様の瞳は、決して落胆の一色に染まっているわけではない。むしろ次翔に向けての熱情が、奥に煌めいている。




