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赤き竜のための協奏曲  作者: 烏合衆国
第八章 ユークスラメル
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8-3 アクセル記念③


 ユークスラメル号は、前のほうでの競争《レース》展開を得意とする竜だ。先月のバトラズ杯のような逃げ策はあまり見たことがなかったが、基本は先行位置で飛び、果敢に仕掛けてきもする。いい意味の攻撃性を持ち、持久力もあるのだが、惜しむらくは、曲路《コーナー》が苦手そうな点か。偉そうな物言いであることは百も承知だが、実際に、あと一頭ぶん内側だったら勝負は分からなかった、という競争《レース》が、これまで数度しか共に飛んでいないうちの、テルビナが一着だった時でさえ、展開としてあった。

 今日、調教を担当しているエルフィンさんに会い、少し考えは進んだ。


「体格差って。結構関係あるんですかね」


 僕はエルフィンさんに尋ねてみる。


「それは、騎手と調教師の、ってことか」


 エルフィンさんは応じる。


「俺とエレイン様のことを言いたいんだったら、さしあたっては、君とベレー様のほうが差はある、とは明言しておくけれど」


 ……ん?


「いや、その通りっすね。すみません」

「いやいや。半分冗談だから」半分は本気らしいが。「実際、それはあ(・)る(・)とは思ってて。ラメルが曲路《コーナー》が苦手なのは、俺とエレイン様の体重差のせいで、調教通りに飛べてないんじゃないかって。そんなに差があるわけじゃ、勿論ないんだけれど」

 調教の時より背中にかかる重さが重いから、調教と本番が同じ飛び方だと、本番で大きく回ってしまうというのは、論理的であるように思えた。そしてそれはつまり、調教と本番で、同じ飛び方ができるという、ラメルの賢さを露《あらわ》にしている。


 しかし本人も言っている通り、体格差があるといっても、エレイン様が僕と同じ身長で体重も同じだと仮定して、エルフィンさんはせいぜいが一回り大きい程度なので、体重差はさほどありそうもない。騎手は騎乗時に鎧を身に着けるため、重くなるのはエレイン様のほうであるが、元々の差があるのと、それほど重いものを竜に乗りながら身に着けられないということで、鎧の重さは調節されているはずで、結局、差はほとんどないことになる。


 一方で僕とベレー様は頭ひとつぶん近く身長差があるため、鎧がいくら重くとも、少なくともエレイン様とエルフィンさんよりは体重差もあるに違いない。

 ではなぜテルビナは、飛行が変わらない(ように見える)のか。


 意図的に悪く言うならば、あまり考えて飛んでいないが飛び方は上手い、となるだろうが、調教担当の立場から依怙《えこ》贔屓《ひいき》すると、鞍上ごとの調節が上手い、とは言えるだろう。

 人間が、軽い荷物と重い荷物を持とうとする状況に例えられるだろう。軽い荷物と重い荷物とでは、力の込め方、筋肉の使い方が違う。軽い荷物を持つつもりで重い荷物を持とうとしても持ち上がらないし、重い荷物を持つつもりで軽い荷物を持つと無駄な力が暴れてしまう。荷物を持とうとする時は、まずその荷物が軽いか重いか、なんとなくの見当をつけてから実際に持つはずだ。テルビナはそれが得意で、ラメルはそれが苦手、といえる。


 もっとも、それが苦手だから弱い、勝てないというわけでもない。

 まず極論から入ってしまい恐縮だが、実戦的飛翔を伴う調教は、エレイン様が行えばいい。そうすれば、本番でもその通りの飛翔ができるだろう。

 そしてそれだけを身につけたら、脳の残りの領域を他のこと、たとえば競争《レース》中に他の竜に気を配ることなどに割くことができる。

 竜の思考回路については判明していないことが多いが、この人が鞍上ならこんな飛び方、あの人が鞍上ならあんな飛び方、というふうに思考しているとしたら、それだけで、ラメルの二倍の脳の要領を喰ってしまう。そちらも鞍上を一人に絞ればいい、とはいえるだろうが、そこはラメルの持ち前の賢さによる正確な飛行に軍配は上がるだろう。


 だから重要なことは、どう向き合っていくかだ。どう長所を伸ばし、どう短所を補うか。

 そうやって竜は育てていかなければならないし、育てるとは、そういうことなのである。


 ……ひとつだけ。ベレー様と体格が近いという理由で、僕がテルビナの担当に選ばれたのかと一瞬思ったが、ミレイのほうが近いことにすぐ気づいた。




 リスティス競竜場は、帝立第三競竜場や、ロンセスバージェス競竜場と同じく、左回りの競竜場である。

 これだけ同条件が揃っているのだから、ザラエグ様のほうを好敵手《ライバル》視してもいい気がするが、初舞台《デビュー》の時から、その位置はベレー様で揺るがないようだ。やはり初舞台でかち合ったのが原体験として大きいのだろうか。


 ザトッグ家は、ロラン家やロット家に負けず劣らずの名門で、由緒正しき騎士家系のひとつだ。いわゆる四家――ロット家、ダノワ家、ラ=イル家、ロラン家――には含まれないが、これだけ大きな競竜場を管理していることからも分かる通り、その影響力はかなり大きい。

 一般競争(レース)の開催が多く、十二の重賞こそないが、重賞競争(レース)も、年に二回も開催される。競竜界としては、ダノワ家のリポクサイス競竜場に並ぶほど重要視されている競竜場だ。


 テルビナとラメルは、順調に併翔をこなしていた。先程まではラメルが先行しテルビナがそれを追っていたが、その役割を交替したようである。逃げるテルビナに、ラメルが喰らいつく(比喩的な修辞だが、実際それだけの気迫を、これだけ離れていても感じられる)。

 ラメルは普段から調教をこのリスティス競竜場で行っており、バトラズ杯に向けてはかなり調教を詰めていったはずだろう。バトラズ杯は帝立第三競竜場で行われる。先程言及した通りだが、いずれも左回りの競竜場であり、翔路《コース》の形も似ている。バトラズ杯でのラメルの『逃げ』は、自信の表れだったのだろう。あのコーナーでの大回りがなければ、ラメルが勝っていてもおかしくなかった。

 もっとも、実際の勝利竜――エルダープサー号。グィーベが調教に使ったのはロンセスバージェス競竜場。ここもまた、左回りの競竜場だ。

 結局、あの時ザラエグ様が、グィーベに提示し、彼が飲んだ条件とはなんだったのかは聞けず終いだが、あの競争《レース》に向けて、恐らく誰よりもグィーベが力を注いでいた。今から思えば、僕も彼には負けていただろう。だからこれからは更に力を入れていかなければならないし、片時も気を抜いてはいられない。




 ベレー様とエレイン様との相性、というか嚙み合わせは見ての通りだが、テルビナとラメル、という点では特に嫌い合っているふうでもなく、むしろ相性はよさそうだ。

 なぜそんなことを考えているのかというと――テルビナが、三年間を飛び切り。

 大帝賞で成績を残し。

 その後――どうするかといえば、ヤチルシーム号がそうであったように、


 繋いでいくのである。


 その力を。

 その栄光を。

 その遺伝子を。


 有体《ありてい》に言えば、子を成すのである。


 そして当然ながらそれには相手が要る。

 雄《オス》のテルビナには、雌《メス》の竜が必要だ。


 そこでユークスラメル号。である。同い年の雌竜で、まだ十二の重賞こそ勝っていないが、昨年末の仔豚《コブタ》ステークス、そして一昨日の騾馬《ラバ》ステークスと、一般競争(レース)を既に二勝しており、重賞もそろそろ勝利を上げそうな勢いがある。テルビナとの仲も悪くはなさそうだし――と僕がつらつら考えていても、これは仕方のないことではあるが。


 どの竜とどの竜を掛け合わせるのか、というのは竜主様が主体となって決断されることになる。そして主に、雌竜の竜主様のほうから、雄竜のほうに声をかけ、雄竜は求めに応じてあっちへ行ったりこっちへ行ったりするわけである。だから僕が何を考えようが竜主様次第であり、そもそも僕はまだテルビナの竜主様にお会いしたことがない。


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