8-1 アクセル記念
一年の真ん中のバトラズ杯が終了し、気候が夏に移ろうのに合わせて競竜界の熱も日増しに高まっていく。
三歳竜世代は、プサーのバトラズ杯勝利によって、二冠竜が二頭競り合っている状況だ。
サタナ記念とオリヴィエ記念を勝利したヤチルテルビナ号。
甲賞とバトラズ杯を勝利したエルダープサー号。
残りの剣賞はザールカーフ号が勝利し一冠竜となっているわけだが、
このままの調子でいけば――ヤチルシーム号に続き、五冠達成というのも、まだ現実味がある夢として堅持していられる。
そんな草原月の上旬。
僕はベレー様と共に、地方の競竜場に足を運んでいた。
リスティス競竜場。
十二の重賞こそ行われないが、その他の重賞競争や、多くの一般競争を開催する活気ある競竜場だ。
その中でも、今日の目玉競争が、騾馬ステークスである。
「もしかして現地で観るのは初めてかな」
「はい。ベレー様が、ミライオカイエン号で勝たれているのは存じているんですけど」
ベレー様の質問に僕は答える。栄えてはいるが、第一・第三競竜場のある首都や、第二競竜場のある副首都などと比べれば、流石に郊外といわざるを得なく、ここまでも馬車にしばらく揺られて昼過ぎにようやく辿り着いたのだった。
ちなみにミライオカイエン号とは、ベレー様が初舞台の翌年から乗り始めた竜で、つまりはサクサクヴド号と、ヤチルシーム号の間の竜である。
「そうだね、前は結構地方でも飛んでたけど最近は私も来られていなかったよ」ベレー様は言って笑まれた。今日のベレー様は、どうにも上機嫌であるように思われた――それは、彼が関係あるのかも知れない。
〖――翼を閃かせ――入線! 一着は⑤番ユークスラメル! 騎手はエレイン・ザドッグ様、やはりリスティスの空はこの方のものなのだ!〗
彼――エレイン・ザトッグ様。
テルビナと同世代の竜、ユークスラメル号に騎乗し騾馬ステークスを勝利された。短く刈り揃えられた赤毛はその大きな瞳を攻撃的な色に染めるが、僕と同じくらいの身長で、そこに威圧感はない。
それでもベレー様と並ばれるとそこには差が生まれるわけで。
「ベレー、観たかオレの飛行を」
「観ていたよ。おめでとう」
彼女は口先では言祝ぎつつも、その実、表情からはあまり感情の昂りが感じられなかった。
この感じは――グィーベと、僕との空気感というか。
「オレの招待を受けたということは遂にオレを好敵手として認めたということになるな、いいだろう次こそ、オレの可愛いラメルが貴様をねじ伏せる!」
「エムリスくん、③番の飛び方さ、少し苦しそうだったね」
ベレー様は、エレイン様を無視して僕に話しかけられる。
「もう少し前で仕掛けたほうがよかったとは思いましたね」僕が応じると、
「無視するなベレー! そもそもそいつはどこの誰だ」
エレイン様は激昂し、僕を指差してそう言われた。
「エムリスくん。私の可愛いテルビナの、調教師をしているの」
ベレー様は、僕に向けられた人差し指を下向きに折り曲げながら応じられる。
その行動でも、エレイン様の勢いは削がれない。
「貴様が?」
彼は僕を頭から爪先までじろじろと見られると、
「ふん。素人じゃあないか」
吐き捨てるように言われた。
「エムリスくん、軽食取ってから戻ろうか」
ベレー様は彼を無視して歩いていかれる。
「おい無視するなッ」
「し、失礼します」
僕はベレー様が振り返りもせず去っていかれるので、エレイン様に一礼して、その背を追った。
その後に聞いた話では、ベレー様とエレイン様は同い年で、騎士団に入団されたのも、騎手として初舞台に立たれたのも同じ時だったそうだ。
戦績としてはベレー様が勝ち越しておられるようである。
「それで一方的に好敵手扱いされているんだ」
ベレー様はレーズンパンを齧りながら言われた。
「ベレー様としては、それは誰なんですか?」
僕が尋ねると、
「ああいや、エレインを、そう思っていないわけではないよ。ただ私にとっては、エレインだけでなくザラエグ卿、サリーさん、団長、セレヴロ卿、ゲネズ卿、アルガくん――競う相手誰もがそうだから。エレインだけにこだわってはいられないっていうこと」
「ああ」
それは納得ができた。逆にここで、たとえばザラエグ様だ、と言い切られていたら、それならサルダット様は、アーラム様は、という気にさせられただろう。ベレー様は常に本気で、誰に対しても本気で向き合っている。それにつられて、僕も、相手に真摯に向き合うような気持ちを自然に持てるようになった。
「今日観にきたのも、ユークスラメル号の調子を観にきたんだ。次のアクセル記念――勝てそうかな」
ベレー様の言葉に。
「――勝ちますよ。勝って頂きます。ベレー様に」
僕は真摯に、そう応じるのだった。




