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赤き竜のための協奏曲  作者: 烏合衆国
第七章 ヤチルヴァール 
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7-6 バトラズ杯③


 流水月の、第二週の皆休日。

 ソスラン金杯が開催される。


 結局、グィーベはザラエグ様を上手く言いくるめた――わけではないようで。

 条(・)件(・)つ(・)き(・)で、ソスラン金杯とバトラズ杯に両出翔させることとなったそうだ。


 その条件の片(・)方(・)は、先日、グィーベ本人から聞いた――曰《いわ》く、二つの重賞、そのいずれにおいても一着を獲れなかった場合、グィーベをプサーの調教助手から解任する、とのことらしい。

 とはいえ騎乗されるのはザラエグ様であるため、彼が手を抜けば一着を獲らない結果にすることは簡単だろうが、そういうことではないのだろう。恐らく出翔前に、一着を獲れるだけの調教が為されているかを見て判断するのだ。

 まあ正直、それは心配ないとは思う。グィーベがソスラン金杯にプサーを出翔させたがっているのは、プサーの調子を上げて、バトラズ杯で勝利させるため。だからこの条件は、保険というか、グィーベの本気を、客観的に担保するためのものだ。よって、本当の条件は、もう片方のものだと思われるが――それについては、教えてもらえなかった。ザラエグ様にお尋ねしてもいいのだが、そのうち分かることだろうとも考えて、訊かずにいる。




 リポクサイス競竜場。

 草原月の甲《かぶと》賞や、風雲月のダノワ記念が行われる競竜場であり、タルギサガス家の本拠地でもある。

 行われるソスラン金杯は、十二頭立て、距離11フェレン。

 別にプサーだけならば後で結果を聞くだけでもよかったのだが、ベレー様が出場されるとのことだったので観戦しに来たのである。ソスラン金杯は、十二の重賞ほどではないにせよ格の高い重賞競争(レース)であり、十二の重賞に出翔できなかった竜を、竜主様の要望で、主戦《メイン》の竜にも騎乗されている騎士様が、限定的に騎乗されることがある。

 ベレー様もその場合《ケース》で、今日はダーシアット号という、新竜戦だけ勝利している竜に騎乗される。テルビナが勝利した後に、二頭目として騎乗されていたようだが、幸いテルビナの調子がよく、ここまで競争は一般競争(レース)にだけ出翔《だ》していたらしい。新竜戦でベレー様が乗られたことといい、今年の四歳竜、ヤチルティライン号と同じである(ヤチルタヴィ号のほうは、新竜戦では乗られていない)。


 ダーシアット号は⑩番、エルダープサーは③番からの発翔だ。

 プサーといえば、昨年の勝ち鞍、甲賞は逃げ策での勝利だったが、それは最内《1番》からの発翔だったからであり、今回の最内《さいうち》は、生粋の逃げ竜、アルキザック号。アルキザック号は必ず逃げ策を選択するため、プサーが逃げ策を取ればかち合うのは必定。それにプサーは半月後にまた飛ぶことを考えれば、体力の削れる『逃げ』はせず、ザラエグ様のいつもの調子で展開すると思われる。

 十二頭立ての⑩番という外から飛ぶベレー様は、前が塞がれない、いい位置だ。




〖――ソスランの金杯を、誰が手にするのか。ソスラン金杯、距離11フェレン――発翔《スタート》しました!


〖最内から飛び出してきたのはアルキザック、その背を追うのは⑥番ラーザーテグ、②番タイリンラガート、一竜身開いて⑩番ダーシアットはこの位置! その後ろには二頭並んで内側に③番エルダープサー、外には⑦番マックトーバ、その外から追い上げてきたのは⑫番ケザーシャ七番手! ⑨番ドゥアルザルガス、⑤番シグザーリンは上ずり気味にその後ろ、④番バラック、⑪番セナランカイヴ、最後方の⑧番バルサガが1フェレンを通過!


〖先頭アルキザック飛調《ペース》が速いかコーナーに入る、続いた⑥番ラーザーテグ掛かり気味でしょうか大回りだ、内からタイリンラガートが出てくる、ダーシアットには⑦番マックトーバが並んできた! ③番エルダープサーは内柵(ラチ)に沿って綺麗に回って高度を下げた、⑨番ドゥアルザルガス、④番バラック、その後ろに⑫番ケザーシャ、⑤番シグザーリン! セナランカイヴと⑧番バルサガが続きます!


〖直線に入って先頭は①番アルキザックこのまま逃げ切れるか、二番手にはタイリンラガート、後には外から⑦番マックトーバ、その後ろ四番手に⑩番ダーシアット、潜って③番エルダープサー、⑥番ラーザーテグは下がってこの位置、④番バラックが前に出てきます! ⑨番ドゥアルザルガス、⑫番ケザーシャ、⑤番シグザーリンに⑧番バルサガが並んできた、セナランカイヴはここまでか!


〖第3コーナー、やはり速かったか①番アルキザックは高度が上がる、そこへ⑩番ダーシアットが飛び出した! 仕掛けたダーシアットを追う⑦番マックトーバ、②番タイリンラガートの下から③番エルダープサーはまだ仕掛けない、④番バラックが六番手、ここまでまだ仕掛けないかダーシアット先頭で最終コーナー通過! 最終直線ここで最後方の⑧番バルサガ外から出てきた、高度は高い、マックトーバを越えて二番手、いやエルダープサー、ここでエルダープサーが前に出る、下からエルダープサーだ、⑩番ダーシアットを⑧番バルサガが交わす、バルサガ先頭、エルダープサー翼は衰えを知らない、翼を閃かせ――入線《ゴール》!




〖接戦を制したのはエルダープサー! ③番エルダープサー、金色《こんじき》の杯《さかずき》を手に入れました!〗




   *




〖――最も歴史ある重賞競争(レース)、バトラズ杯の幕が今、開きます。出翔竜を紹介いたします――〗




 そして、月末の帝立第三競竜場。

 バトラズ杯。

 ソスラン金杯を見事勝利したエルダープサー号は、予定通り中一週でバトラズ杯に出翔する。

 ソスラン金杯を勝ったことで、二つの重賞のどちらかで一着を獲る、という条件は達成されたわけだが、ここで調教の手を緩めるグィーベではない。

 そういえば――ソスラン金杯での、プサーの低空飛行。ザラエグ様は元々、ごちゃついた展開を好まれない性向《タイプ》であるため、さほど激しい展開ではなかったが、何かを察知して、あるいは警戒して、早めに高度を下げられたのだろうと、観戦していた時は考えていたのだが、その後、ザラエグ様本人からお聞きしたところによると、


 その低空飛行は、グィーベからの要望だったらしい。

 曰《いわ》く、風圧を受けながらの仕掛《スパート》をかけさせたい、と。


 つまりは――重賞競争(レース)という大舞台と、調教を兼ねようと企んだのである。

 新竜戦の時のような――いや、それ以上の豪胆さだ。


 下から行けば、上からの視線を切れる上に、自分からは他の竜たちを見ながら進行できるという利点がまずあるが、上を飛ぶ竜たちの羽ばたきによる風圧を受けることになる。ザラエグ様は、その場の判断で、風を読みながら潜っているようだが、グィーベの要望《オーダー》は、その風に、敢えて立ち向かってほしい、とのことだったのだ。


 その戦術で勝ってみせれば、観客たちだけでなく、騎乗されているザラエグ様にも、調教の仕上がりを、プサーの実力を示せるという算段なのだろうが――いささか乱暴が過ぎる、と個人的には思う。

 風圧に負けず、一着を獲ってみせたプサー。それは確かにかなりの実力ではあるだろうが、少し負荷をかけ過ぎではなかろうか。

 併翔訓練(トレーニング)の際に、直線翔路(コース)で同じことをやるのとはわけが違う。ソスラン金杯、距離11フェレンの最終直線、約2フェレン。それまで9フェレン飛んだ上での仕掛《スパート》は、かなりの負荷がかかることだろう。だからこそ競争《レース》後の竜は疲弊しており、一ヵ月ほどは、次の競争《レース》までの間隔を開けたほうがいいとされるのだし、


 ひとつ間違えば、ボンヴァルノン号のように、故障してしまわないとも限らない。


 まあグィーベのことは信頼していなくとも先生のことは信頼しているし、ザラエグ様の眼も信用しているから、そんな悲劇は起こらないと信じ、僕は、テルビナの調教にこれまで集中してきた。

 グィーベの計画など知らない。この競争《レース》でテルビナに、そしてベレー様に、三つめの冠を戴いて頂く。




〖――⑫番アクマルハン、ゲートに収まりました。一年の折り返し、流水月の帝立第三競竜場、バトラズ杯、距離12フェレン――発翔《スタート》しました!〗




 十二頭の竜が発翔《スタート》した。テルビナは④番。比較的楽にはいけそうだが、ひと枠内側の③番には、アーラム・ロット様の騎乗されているチャタモンガ号がいる。昨年度の、金竜・銀竜表彰式の際に実際にお会いしてから、僕の中での彼に対する評価はがらりと変わった。そして、決して侮れない相手だと感じている。

 ベレー様は、今年の春の大帝賞をボンヴァルノン号で勝利され、初舞台《デビュー》以来十二年連続重賞勝利を果たしている。片やアーラム様は、初舞台《デビュー》以来、今年で実に《《四十年連続重賞勝利》》という記録を保持している。近年はベレー様や、新世代のアルガ様などが、『天才』などともてはやされることがもっぱらだが、彼もまた――『天才』。この競竜界を、それだけの期間、先導《リード》されてきたお方なのである。




〖先頭飛び出したのは二頭、②番マカザルーガと⑤番ユークスラメル! 好発進のユークスラメルが一番手か、その後ろ三番手には⑩番ザールカーフ、内からは③番チャタモンガ前に出てきた! 続く①番ナゼジャガー、⑪番ノーアンガー、少し上ずり気味に④番ヤチルテルビナ! 二竜身開いて⑥番スカサキャロル、⑨番シャッターレックス、⑧番ゼイケデイス、⑫番アクマルハン、⑦番エルダープサーは最後方からの展開です!


〖記憶に新しい今月のソスラン金杯、エルダープサーはザラエグ様の騎乗の下、見事一位入線を成し遂げました、しかし中一週でのバトラズ杯、その疲れが残ってしまっているか!? 先頭ユークスラメル、コーナーに入っていきます!〗




 テルビナは珍しく上ずり気味になっている。上ずりは、前に出ようとしたのにうまく出られなかった時に起こることが多く、今回の原因はというと、

 グッと内から出てきたチャタモンガ号だろう。位置取りが巧みで、テルビナが前に出ようとしたところを抑えたというわけか。


 そして、最後方のプサー。

 実況の語る通り、やはりソスラン金杯の疲れが残っているのかも知れない。下見所《パドック》ではそのような様子は見受けられなかったが、やはり実際に飛ぶと、その疲労感が如実に表れてくるということなのだろうか。

 あるいは――僕の心臓が、疑惑の黒い炎にじわじわと炙られる。あるのか? ――その可能性は。




〖大きく回ってしまったかユークスラメル、直線に入って先頭には②番マカザルーガが出てくる! 三番手には③番チャタモンガ、①番ナゼジャガーが並ぶ、⑩番ザールカーフがこれを追う! 空からヤチルテルビナ、高度を下げて⑪番ノーアンガー、⑨番シャッターレックスはその後ろ! ⑫番アクマルハンと⑥番スカサキャロル並んだ、ゼイケデイスは外を飛ぶ、そして後方集団をつかず離れずエルダープサーが今6フェレンを通過!〗




 最後方のプサーが半分を通過し、後半戦に突入する。

 テルビナは、上ずったところから居直って、空を取っていく作戦のようだ。ザールカーフ号はベレー様の騎手としての師、サルダット様が乗られている竜で、昨年、雨天の剣《つるぎ》賞を勝利している。粘り強い強靭な竜だ。その空を取りにいくというのは、ある種の意趣返し――一昨年のタルギタオス記念での、マーファハーブ号とアウカタイデサー号との激突の、である。


 注意しておきたいのは、早くも外に出てきたゼイケデイス号だ。後方からの超加速。外から、楽に前に出ようと位置取りをしているのだ。




〖最終コーナー、ここでチャタモンガが仕掛ける! 突き放せるかチャタモンガ、空から④番ヤチルテルビナが出てくる、三冠目を掴めるかヤチルテルビナ、追いすがる②番マカザルーガ、⑪番ノーアンガー、その外から⑧番ゼイケデイスだ! ゼイケデイス素晴らしい末翼《すえはね》、ヤチルテルビナと並んだ、




〖そしてゼイケデイスの陰(・)か(・)ら(・)エルダープサー飛び出した!〗




 来た。

 やはり来た。


 エルダープサー号はソスラン金杯での疲れが残っていて、最後方を飛んでいた、わけではなかった。


 それは、追(・)込(・)策(・)。


 そして、ザールカーフ号と同じ――超(・)加(・)速(・)。




〖⑦番エルダープサー、ゼイケデイスとヤチルテルビナを越えてチャタモンガと並ぶ、翼は衰えを知らない、翼を閃かせ――




〖――入線《ゴール》! バトラズ杯、一着は⑦番エルダープサー! 甲《かぶと》賞に続く二冠目にして、騎手ザラエグ様、史上初のバトラズ杯四連覇を達成されました!〗




 恐らく、甲賞の時のように。グィーベが、作戦を提案したのだ。

 追込策は、追われない飛び方であるため、比較的自分の飛調《ペース》で飛びやすい。最後の仕掛《スパート》のための体力を残しておくことにもなるし、実際、ソスラン金杯での疲れが残っていたとして、前半を竜群から離れて楽に飛べていれば、無駄に体力を消耗せずに済む。


 しかしそれもこれも――ゼイケデイス号がそうであるように――充分な体力、そして飛力がなければ成し得ない飛び方なのであり、そこはグィーベが、調教を手抜かりなく突き詰めたということの証明に他ならない。




 かくして、エルダープサー号は見事に、この流水月の重賞、ソスラン金杯とバトラズ杯を連勝してみせたのだった。


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