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赤き竜のための協奏曲  作者: 烏合衆国
第七章 ヤチルヴァール 
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7-5 バトラズ杯


 華麗月のある日。

 いつも通り調教を終え、竜を竜房に戻して給餌し、一息つこうと思ったところで、厩舎に訪問客があった。

 ベレー様がいらっしゃるのは別日であるため、誰だろうと思ったら、


 戸を叩いた人物は、ベレー様ではなかったが、惜しくはあった――ザラエグ・ロラン様だ。


 騎士であるザラエグ様は、騎手として、グィーベの調教するエルダープサー号に騎乗されている。室内にいた、僕と、アルザさん、イザルドさんは驚いて立ち上がる。彼もまた、いらっしゃってここで調教する日は決まっており、それは今日ではなかったはずだが。


「グィーベは居るか」


 果たして彼が言われたのは、そんな用件だった。

 グィーベ?

 グィーベなら、朝から僕たちと共に、調教に取り組んでいて、ちょうど一緒に上がったところだが――

 そこで気がつき、三人で顔を見合わせる。

 他にもいない者はいるが、ザラエグ様が捜しておられるグィーベも、いつの間にかいなくなっている。普段はだらだらと休憩室に残っているグィーベが、だ。

「朝の調教の際には居たのですが。席を外しているようです」

 アルザさんがとりあえず、そう答えた。恐らくその内、戻ってくるとは思うので、『席を外している』と言う他ないが、ザラエグ様のお気には召さなかったようで、

「待たせてもらおう。失礼する」

 言われて、長髪を靡かせて、部屋に入ってこられた。


 イザルドさんが紅茶を淹れるのを横目に見ながら、僕はどうしたものかと思案する。

 姿を見せないグィーベ。まさか――アルザさんに対してたまにそうするように、ザラエグ様に会わないようにしているのだろうか。ザラエグ様がいらっしゃることを知って、あるいは察知して、身を隠しているのだろうか。

 そこで僕は、はたと気がつく。ここ最近、グィーベはずっと、こちらの練習場で調教を行っていた。

 ロンセスバージェスではなく、である。

 競争《レース》までの間隔が長かった、というのもあるにはあるだろうが、次の重賞、来月のバトラズ杯は、帝立第三競竜場で行われる。これは、今月の二歳竜最初の重賞、去年はテルビナが勝利した、サタナ記念が行われる競竜場でもあり、グィーベは、去年はサタナ記念の二ヵ月ほど前から、ロンセスバージェス競竜場に頻繁に通い始め、模擬競争(レース)やら何やらの特訓(トレーニング)を組んでいたはずだ。今年も、同じ左回りの翔路《コース》に慣らすため、ロンセスバージェスのほうへ行ってもいいだろうに、そういえば、グィーベはずっとこちらにいた。


「あの、何があったかお聞きしてもよろしいでしょうか」

 僕はそう尋ねてしまう。しかしザラエグ様としても、突然の訪問であることは承知しているはずだ。

 彼は僕に向き直ると、こう言われた。




「グィーベは、プサーを、ソスラン金杯に出翔させたい、と言い出したんだ」




 ソスラン金杯。

 リポクサイス競竜場、距離11フェレン。


 来月の流水月に開催される重賞である――十二の重賞外の。


 『重賞』という言葉じたいは、十二の英雄の名を冠した十二の競争《レース》以外のことも指し、単に格の高い競争《レース》を意味することがある。実際、大帝賞の出翔枠は、十二の重賞で買った竜の次に選ばれるのは、それ以外の重賞を勝った竜であることが多い。


 しかし、グィーベが、それを重要視するかというと、それはまた別の話で。


 ソスラン金杯は、流水月の第二週の皆休日に開催されるが、勿論、月末にはバトラズ杯が開催される。グィーベがバトラズ杯という格の高い(ザラエグ様の四連覇も懸かっている)競争《レース》を逃すはずがなく、そうすると必然、プサーは来月、二度も競争《レース》を飛ぶことになる。

 ふつう、競争《レース》は多くて一ヵ月に一回程度といわれ、だからこそ三歳竜から四歳竜にかけてのダノワ記念→ライル記念、そして三年間の締《〆》のタルギタオス記念→アクセルテグ記念の二連戦は大変なのだが、グィーベはそれを、一ヵ月のうちにこなそうというのである。


 そしてそもそも。ソスラン金杯といえば、タルギサガス家の管理するリポクサイス競竜場で行われるだけあって、格としては充分なのだが、本来的には、バ(・)ト(・)ラ(・)ズ(・)杯(・)に(・)出(・)翔(・)で(・)き(・)な(・)い(・)竜(・)が(・)出(・)翔(・)す(・)る(・)た(・)め(・)の(・)競争《レース》である。バトラズ杯は十二頭立てで、あぶれる竜は多い。その竜たちに少しでも活躍の場を与えようというのが、主旨であるはずだ。それを、どちらの競争《レース》にも出翔させるというのは、そのぶん出翔できなくなる竜が生まれる、ということである。

 規則《ルール》としては、競争《レース》間隔は六日以上開いていれば出翔していいとされているので、間隔が半月開いている両競争への出翔登録ができない、ということはなく、昨年一冠を得たプサーは、ほぼ間違いなくどちらにも出翔できるだろうが、それとこれとは話が別である。連戦が推奨されないのは、竜のためなのだ。


 競争《レース》には、ほとんどの場合、勝つために出翔する。よって出翔前には、仕上げのやや負荷の高い調教をすることがある。反対に、競争《レース》後は、簡単な調教に留めたり、あるいは調教をなしにして休ませるものだ。

 その周期《サイクル》は、大体一ヵ月くらいがいいとされていて、あまり早すぎると、竜の疲れが取れておらず、いい成績を残せないことが多い。騎手としては、一日に何頭も乗る場合もあるが、競争竜からすれば、競争《レース》中はずっと翼を動かし続けるのである。充分に休ませる必要があり、間隔《ローテーション》を管理することは、竜の怪我の予防にも役立つ、と、ボンヴァルノン号の故障を思い出しながら考える。


 ソスラン金杯に、ザラエグ様が騎手として出場する、というのなら分かる。ベレー様の師であるサルダット様も、今年の三歳竜には、ザールカーフ号の他に、新竜戦でテルビナと戦った、ガラン号にも騎乗されていて、ソスラン金杯にはガラン号、バトラズ杯にはザールカーフ号に乗られるということはありえるだろう。

 しかし同一の竜で出翔するほどなのか? 重賞はその格に相応しい強さの竜が選ばれ、そのぶん競争《レース》は過酷なものになる。それを一ヵ月に二回も飛ばそうというのだ。せめて、一般競争(レース)の流水ステークス。バトラズ杯と同じく帝立第三競竜場で行われ、九頭立て、距離9フェレン。あるいはもう日はないが、今月の華麗ステークス。翔路《コース》が少し異なるが、流水ステークスと同条件だ。

 そういった一般競争(レース)、勿論竜主様の負担になるので遠慮するというのは正しいことだろうが、ただ経験を積ませたいというのなら選択肢には入るだろう。何か、ソスラン金杯でなければならない事情でもあるのだろうか――




『考えるのをやめないことだ』




 そんな言葉が、僕の中でこだました。

 それはディガルさんの言葉であった。


 そうだ、グィーベは考えているのだ。

 他の者には、理解が難しいとしても。


 グィーベも、ふざけてソスラン金杯出翔を言い出したわけではない。

 それには彼なりに考えた理由があり、そこまでに論理の道筋がある。


 華麗ステークスや流水ステークスでは駄目で、ソスラン金杯でなければならない理由。


「――そうか」


 僕は思わず声に出す。

 ザラエグ様が紅茶を受け取ってから僕を見られた。「なんだ。エムリス」

「あ。ええと」僕は。「グィーベが、ソスラン金杯を選んだ理由が分かった気がして」

「ほう」

 彼は身体の向きを変え、聞く姿勢を取られる。こうなってしまっては、やっぱり分からないですとは言えない。

「推測ではあるんですけど」僕は前置く。「ソスラン金杯は、リポクサイス競竜場で開催されます。華麗ステークスや流水ステークスは第三で、それが違いなんです」

「ふむ」

 ザラエグ様は相槌を打たれる。

「それでなぜ、バトラズ杯前に、ソスラン金杯を飛ばすことにこだわるのかといえば――プ(・)サ(・)ー(・)が(・)去(・)年(・)勝(・)っ(・)た(・)の(・)が(・)、甲《かぶと》賞(・)だ(・)っ(・)た(・)か(・)ら(・)、だと思ったんです」

「ど(・)ち(・)ら(・)も(・)、リ(・)ポ(・)ク(・)サ(・)イ(・)ス(・)競(・)竜(・)場(・)――というのは分かるが」


「正にそこです」喋っている内に、僕の推測は、確信に変わりつつあった。「去年勝った。あの圧勝の新竜戦を除けば、唯一勝った競争《レース》が行われた競竜場。プサーの調子を上げるために、新竜戦と同じで、いわば調教の一部として、ソスラン金杯での勝利が、その後のバトラズ杯での勝利に必要だと考えているのではないでしょうか」


「つまり」ザラエグ様は。「どちらも勝つつもりだと」

「そこは間違いなくそうでしょう」僕は力強く頷く。それだけは僕の立場から保証できる。彼は手の抜いた調教はしないし、十割負ける競争《レース》には出ない。

「そうか」

 ザラエグ様は紅茶を一口飲まれると、

「もし本当にそうだとしたら――話し合う価値はありそうだ。助言、感謝する」

 表情を変えずそう言われた。


 ザラエグ様としては、諦めさせるつもりではいたのだろう。

 しかし、ロンセスバージェスに来ないグィーベに会いに、わざわざ厩舎までいらっしゃったということは、頭ごなしにではなく、話し合って理由を聞き取ろうとしておられたのだろう。

 そもそも、騎士様と調教助手では身分が違う。そしてそれは、竜主様と騎士様とでも、だ。グィーベの言ったことなど容易に無視できるところを、ザラエグ様は対話の場を設けて下さった。

 これはグィーベとしても、逃げ回らずに、筋を通すべきだ。




 結局その後、グィーベをとっ捕まえて弁明をさせて、彼はまた、プサーを連れて、ロンセスバージェス競竜場に通うようになった。




   *




〖――女神の眼鏡に適《かな》うのはどの竜か。二歳竜最初の重賞、サタナ記念。出翔竜を紹介します――〗




 最終週の、重賞競争(レース)。

 華麗月の重賞、サタナ記念。

 今年の二歳竜たちの三年が遂に幕を開けた。


 ベレー様の乗られるヤチルヴァール号は十五頭立ての六番。

 他にも、アーラム様やサルダット様、ザラエグ様など、錚々《そうそう》たる面子《メンバー》で、新たな世代は盛り上がっていく。




〖――発翔《スタート》しました!


〖先頭飛び出したのは⑤番チャルニ、①番タクサーマ、少し開いて③番ジラアラフサウ! 四番手には内から②番マカメイジー、⑧番ヤチルヴァール、⑭番ユーリノック! 後には⑫番タイリンデート、⑦番マッタモンガ、⑨番アウカタイケイシー、⑥番レムアルマシー! 後ろから五頭目には⑩番ガイラーンラーン、⑪番ファンディルカイリはこの位置、④番サーヴァ、⑮番マックティーファ、出遅れてしまったか最後方は⑬番カーズバント、1フェレンを通過!


〖最初のコーナーを回って先頭は依然⑤番チャルニ、③番ジラアラフサウが上がってくる、②番マカメイジー、上ずり気味に①番タクサーマがその後ろ、⑭番ユーリノック、内からヤチルヴァール! ⑦番マッタモンガは外に回る、内を通って⑨番アウカタイケイシー、⑥番レムアルマシー、⑪番ファンディルカイリが高度を下げて前に出る! 後には⑩番ガイラーンラーン、⑫番タイリンデート、⑮番マックティーファ、④番サーヴァは少しふくれてカーズバントが前に出てくる!


〖直線に入ってここで出てきた2番マカメイジー、⑤番チャルニは高度が下がる、タクサーマがそのすぐ後ろ、③番ジラアラフサウと横並びに⑧番ヤチルヴァール! ⑦番マッタモンガはその外、中団には固まって内から⑭番ユーリノック、⑥番レムアルマシー、⑩番ガイラーンラーン、外からはマッタモンガの後ろに⑨番アウカタイケイシー! ⑪番ファンディルカイリは下から、⑮番マックティーファは内柵(ラチ)に近過ぎるか!? 後には⑫番タイリンデート、最後方は⑬番カーズバントと④番サーヴァが横並びだ!〗


〖さァ最終コーナー回って先頭は②番マカメイジー、ここでヤチルヴァール出てきた、ヤチルヴァール、①番タクサーマの空を通って上がってくる、外からはマッタモンガ! ⑨番アウカタイケイシーはその後ろから、③番ジラアラフサウ、そして間を縫って⑥番レムアルマシー出てきた、ユーリノックは上ずり気味か、ヤチルヴァール先頭、下からレムアルマシー追いついてきた、⑥番レムアルマシー、翼を閃かせ――入線《ゴール》! 見事に差し切りましたレムアルマシー! サタナ記念、6番レムアルマシーが勝利を掴みました!〗




 歓声。


 勝利したのはレムアルマシー号。

 騎手はアルガ・オテュール様だ。


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