7-3 大帝賞⑨
春の大帝賞が終われば、もう新竜戦の時期だ。
ベレー様が今年新たに乗られるのは、テルビナと同じ、ヤチルシーム号の産竜。
母竜は、昨年の“金竜”のマーファハーブ号と同じ、二冠竜アルトシャガール号。
ヤチルヴァール号。
ハーブと同様に、青みがかった黒鱗を持ち、体格はシームを受け継いで平均以上だ。アルトシャガール号が小さめの竜で、その遺伝子でハーブも小柄だったので、それを受けての交配だったのだろう。体格が小さいと、単純に筋肉量や翼の面積に影響し、不利なことが多いため、小さい竜同士で掛け合わせることはほとんどない。最低でも平均程度、大きく育つことを狙ってシームのようなやや大柄な竜と交配させることが多い。
アルトシャガール号は、ベレー様初舞台前の世代の竜なのだが、小柄ながら二冠を獲った上、繁殖竜として多くの名竜を産んできた。その末席として歴史に加わることとなったのが、このヤチルヴァール号であり。
〖――ただいまの競争、一着、③番ヤチルヴァール、ベレー・ハイジン=ハスト様。二着、②番ユーリノック、エレイン・ザトッグ様。三着、④番ターギット、ヤルマ・パーサット様――〗
新竜戦にて、ベレー様が騎乗し、見事に勝利された。
*
萌芽月の重賞。
ライル記念。
ベレー様は、遂に三年目となる四歳竜、ジェディキッス号に騎乗される。
キッスのここまでの成績は、重賞では甲賞勝利。加えて、今年の寒波ステークスを勝利している。先月の、三歳竜最後の重賞・ダノワ記念は無念の三着だった。
帝立第一競竜場。ライル記念の開催される競竜場にて、僕は、再び例の少女、ヒルデガルトと邂逅したのだった。
「――そう。命に別条はないのね」
ヒルデガルトは胸を撫で下ろす。どうやらずっと、気にしていたらしかった。「もう飛べないとしても。命があるのが一番だわ」
「うん。命さえあれば――次に繋げられる」遺伝子も。想いも。
仮令、喪われた命の遺志を継いだとしても、その継承には暗い感情がつきまとう。どんなに華々しい活躍が、その後の竜たちによってもたらされても、それらは死体に根づいた華々だ。血を吸った赤い華だ。
死によってしか語られない想いなど必要ない。逃れられない運命などというものは、都合よく先延ばしにされるべきだ。
この競竜場は、今を生きる者たちのためのものである。
「ところで今日も独り?」
僕は少女に尋ねる。相変わらず、両親の姿も、召使の姿も見えない。服装や素養から察するに、どこかの令嬢であることは間違いないはずだが、こうも自由に動き回っているのを見るに、それは仮初の自由――どこからか、厳重に監視されているのではないかという気にもなり、僕はきょろきょろと周囲を見渡す。生憎、人並みの感覚しか持っていない僕は、人混みに隠れてこちらに注意を向けている者を捜し当てることなどできない。
「わたくしは大人の淑女だものっ」
との言葉は右耳で聞き流しつつ。
この前は流れで、一緒に観戦することになったわけだが、今回こそは、ちゃんと受付にでも預けたほうがいい。本人は適当なことを言っているが、間違いなく、保護者が必要な年齢だ。そしてその保護者というのは、僕のような見ず知らず(一度だけ見て知っている仲だが)の相手であるべきではない。僕が責任感を発揮できるのは、せいぜいがテルビナに対してくらいで、この子の一挙手一投足に気を回して、面倒を見させられるのは流石に御免だ。自分が責任を持てる範囲を、正しく認識するというのが、大人として重要である。
「その子どーしたの?」
そこで声をかけてきたのは。幸か不幸か、同期のミレイだった。
「まさか、隠し子――」
「わたくしはヒルデガルトよ」少女は自ら名乗る。
「あら可愛い。わたしはミレイです」ミレイは、腰をかがめて少女と視線の高さを合わせて言った。「あれ、というかヒルデガルトって、まさか――」
瞳孔に疑念の色が揺らめいたミレイに、少女はさっと耳打ちをした。
どうしたのだろう。どこかの令嬢ではないかとは思っていたが、かなりの有名人なのだろうか。少女は引き続き、ぽしょぽしょと何やらミレイに囁いている。
「分かりました――じゃあ、席へ行こうか」頷いて、ヒルデガルトの手を引いていく。どうやら彼女が面倒をみてくれるようだった。「それじゃ」僕が手を挙げて別の方向へ立ち去ろうとすると、
「いや、アンタも来てよ」
ミレイは不服そうに言う。
「え?」
「わたし一人に押しつけるとか、無責任にも程があるでしょ」
いつの間にか、糾弾される立場になっていた。面倒見のいい奴だなあと思った評価を原点に戻しておく。




