6−5 オリヴィエ記念⑤
二歳竜最後の重賞、オリヴィエ記念の開催される寒波月には、もう一つ、重要な集まりが催される。
昨年の金竜・銀竜の表彰式だ。
大帝家直々に選定して頂ける、名誉ある称号で、その世代の最優秀竜を『金竜』、次点を『銀竜』として表彰するのである。事前に発表はされておらず(本人たちには通告されているのかも知れないが)、式の最初に発表、のちに表彰という流れだ。
寒波月の中旬、僕は先生に連れられて、大帝様のいらっしゃる宮殿に足を運んだ。グィーベにアルザさん、他の同僚の方々も一緒だ。夕方から夜にかけて行われるため、竜は既に眠りについている時間だ。慣れない背広に身を包み、僕たちは宮殿の庭園に通される。
会場は庭園の大きな噴水の前に設営されており、竜主の貴族の方々を始め、騎手の方々、僕たちのような各牧場関係者が千人近く集まっている。
先生は、他の厩舎の調教師たちと早速話し込んでいる。アルザさんなども、顔馴染みがいるのだろう、周囲と挨拶を交わしていた。居づらくてグィーベと端のほうに立っていると、
「よお、シャーラ」
グィーベが声を上げる。見ると、これまた慣れない背広を着て、緊張状態のシャーラが近づいてきた。
「こんばんは……」
「うん。シャーラの、先生は?」僕は応じてそう尋ねる。彼も、今日表彰される竜の調教には関わっておらず、先生に後学のため連れてこられたクチだろう。
「先生は、呼ばれていった……」彼は食べもせず手に持っていたクッキーに視線を落としながら言う。
ふむ。ザールカーフ号の騎手であるサルダット様や、調教師は、タルギサガス家の人間であり、確か大帝家の分家である騎士家だ。きっと知り合いも多いのだろう。
「始まるぜ」
グィーベが僕たちに言う。
噴水の前、灯りで照らされている台の上に、豪奢な服で着飾っている、アルザさんと同い年くらいかといった見た目の男性が現れられた。
皇太子、ルートヴィヒ・タルギタオス殿下だ。
「これより、金竜、銀竜を発表し、そののち表彰に移る」
発された声は、低く、伸びやかで、会場を一瞬で支配した。
灯りがゆらめく。
「“銀竜”の称号を――
――アウカタイデサー号に与えるものとする。騎手、サルダット・タルギサガス。調教師、イサーク・タルギサガス。調教助手、カルマ・ヴラック」
“銀竜”は、アクセル記念とタルギタオス記念を勝利した二冠竜、アウカタイデサー号が賜った。
「そして“金竜”の称号を――
――マーファハーブ号に与えるものとする。騎手、ベレクス・ハイジン=ハスト。調教師、ダムガ・ホードマード。調教助手、バラス・コザール」
“金竜”は、サタナ記念、オリヴィエ記念、ダノワ記念、アクセルテグ記念を勝利した四冠竜、マーファハーブ号が賜った。
「名を呼んだ者は前へ」
ベレー様たちが、殿下が来られたのと同じ方向から現れられる。男性たちは背広で、ベレー様は白いドレスを着ておられた。沸き起こる拍手。
「なにが、タルギタオス記念勝ってないから、だよ」僕は手を叩きながらグィーベに耳打ちする。
「ダーフェスじゃなくてデサーだったってのは、そーいうことだろ」
グィーベは喰い下がらずに反論してきた。
「春秋の成績で判断されたんだよ」
「大帝賞に重きを置くならキャサーナだって――」
アルザさんが僕たちの後ろに現れて、襟を掴む。
「「うっ」」
「静かに」
前を見ると、ベレー様が賞像を受け取られるところだった。跪いて受け取られている、金色の竜の造形の賞像。牧場にいくつか飾られているが、授与される場面を見たのは初めてだ。ベレー様は、これでヤチルシーム号に続き、二度目の“金竜”を賜ることとなった。
そして、師弟での受賞。サルダット様が銀色の賞像を受け取られ、ベレー様と並びこちらを向かれると、再び大きな拍手が起こった。
式が終わった後、僕は、ベレー様に一目お会いしたくて、会場をあちこち捜し回っていた。
先生やアルザさんたちも他の人と話していたし、今が、最後の機会だと思ったわけである。
しばらく捜していると、声が聞こえた。ベレー様の声に違いないと思ってそちらへ向かう。
中央から少し離れた灯りがひとつだけある薄暗いところに彼女はいた。先程見た白いドレスを憶えている。手には細いグラスを持っていた。
話しかけようとしたが、しかし彼女は独りではなく、誰かと会話しているようだった。僕は茂みのほうに回って、話し相手の顔をまず見てみようとする。
僕と身長が同じくらいの痩身の男性で、小麦色の短髪は後ろに撫でつけている。年齢としては先生ほどではないにせよ、サルダット様などより年上だが、その老いを感じさせない鋭い眼光が印象的だ。
ベレー様と話をされている、中背の男性は。
ロット家当主、アーラム・ロット様だった。
「昨年はすまなかったな。窘め切れず、大帝賞でまで、迷惑をかけてしまうとは」
グラスを右手で握りながら、アーラム様はそう言われた。
「団長にそのおつもりがなかったことは存じておりますよ」
対するベレー様は、物腰柔らかにそう返される。
「団長は実力を重んじられるお方です。私を推挙して下さった時もそうでした」
「あの時は、トレプシュ侯のお口添えもあったがな」アーラム様は薄く笑まれた。「ところでそこの茂みに隠れているのは、君の知人だろうか」
そして僕の存在はふつうにバレていた。
「あら、エムリスくん。こちらへおいで」
ベレー様はそこで気づいたようだった。彼女に呼ばれてしまったので、僕としては行くしかない。「はい」と応じて、小走りでベレー様の元へ馳せ参じた。
「こちらはアーラム・ロット騎士団長。団長、こちらはヤチルテルビナ号の調教を担当している、エムリスくんです」
「ほう、ヤチルテルビナ号か。彼には苦しめられているよ。うん、実にいい調教をしている」
眼光は依然として鋭いが、声には人を安心させる優しいぬくもりがあり、これまで抱いていた印象とはだいぶ異なる。大帝賞でのロット家の騎士様の行いも、アーラム様が指示したわけではなく、ゲッサモンガ号やカルドモンガ号の騎手たちの、勝手な判断だったようである。
「あ、ありがとうございます。ご紹介に与りましたエムリスと申します」
「ベレーと話がしたかったのなら私は席を外そう。ではベレー、また明日、訓練場で」
アーラム様は言われて軽く手を挙げると、噴水のほうへ歩いていかれた。そうしてベレー様が、僕に向き直る。青い両の瞳が僕を捉えた。
「あ、えっと――お祝いの言葉をお伝えしようかと思ったんですが、すみません、邪魔してしまったみたいで」
僕が言うと、
「いや、聞いていたかも知れないが、団長からのお話はあれだけだよ。明日も顔を合わせるというのに、律儀なお方だ」
ベレー様は、僕に向けるのとは別種の笑顔を浮かべ、そう返される。そこに含まれる感情は、尊敬であり、憧憬である。「わざわざありがとう。こんな慣れない姿で、恥ずかしい限りだけれどね」ベレー様は僕に改めて笑いかけると、スカートをつまんでみせられた。
「いえ、お似合いです――あ、すみません……」反射的に言ってから、恥ずかしくなってとりあえず謝る。「今月、オリヴィエ記念、ですね」そして慌てて話題を変えた。
「うん。今度こそ――」ベレー様の顔は。灯りのゆらめきのせいだろうか、翳っているようにも見えた。「勝ち切ってみせるよ。エムリスくんの調教した、テルビナと」
声色には、負の色が濃かった。やはりタルギタオス記念で勝ちたかったのだろう。僕がテルビナを、タルギタオス記念勝利竜にすると言ったものの、それより前に勝って頂きたいとは当然思っている。しかし今年度も、勝つこと能わず、ベレー様としても当然悔しい思いをされているはずだ。
だから僕は、自分のできることを尽くして、テルビナを仕上げなければならない。終わった競争を、悔やむだけでなく糧として、次の競争に繋げる。これまでの全てを活かして、ベレー様に勝利を掴んで頂く。それが僕の使命であり、繋留者の天命なのだと、ベレー様に出会ったあの日から、そう確信している。




