6−4 オリヴィエ記念④
二ヵ月連続の競争は、四歳になったとて容易にこなせるものではない。
しかし、十二の重賞がそのように組まれている以上、それに則って出翔するしかないのだ。
年が明けて、雪原月。
最後の重賞、アクセルテグ記念が開催される。
帝立第二競竜場。
一年前、ここでマーファハーブ号の四冠達成、そして聖三冠達成を観たことは、つい昨日のことのように思い出せる。
今年の四歳竜世代、先月のタルギタオス記念までで、ファンディルサーガ号が四冠を達成したとはいえ、このアクセルテグ記念でボンヴァルノン号の勝利の目はある。そうすれば同世代に四冠竜が二頭生まれる上、ベレー様にとっては二年連続四冠となる。絶対に見逃せない競争だ。
先月のタルギタオス記念、またもやベレー様が敗北されてしまったのは、やはり悔しいことだし、テルビナと共に勝利を掴んで頂きたいという思いも新たになった。
だがそれはそれとして、なぜボンヴァルノン号は勝てなかったのか。終わってみれば、ファンディルサーガ号が勝つべくして勝ったような競争ではあったが、その勝利の要因は何だったのか。あの低空飛行の意味は、僕はまだ捉え切れていない。
「ザラエグ様は、他の竜との距離感を保つのが巧い騎手なんだ。それが巧いってことは、つまり他の竜の動きを、作戦に組み込みがちってこと」
競竜場にて、アルザさんに尋ねてみたところ、話し始めはその地点だった。
「はい、それはまあ」これまでも、ザラエグ様の騎乗は様々な竜を通じて観てきた。たとえば昨年三連覇を果たしたバトラズ杯。結果は敗北ではあったが、マーファハーブ号を苦しめた秋の大帝賞。ザラエグ様は、かなり視野を広く保って、競争相手の特性――飛び方の癖などを織り込んだ作戦を展開する。そこまでは分かる。
「ジェディリネーク号。いるでしょう」
アルザさんは続ける。ジェディリネーク号はアルザさんの推し竜で、タルギタオス記念では10番、今日のアクセルテグ記念では2番で出翔する。「ジェディリネーク号は追い込み策が多い。そして追い込む時は、大柄な体躯を活かして、上を通ることがほとんど」
その説明に、僕はピンと来た。「ジェディリネーク号が空を上がってくるから。その道を開けつつ機会を窺う、低空の飛行になるわけですか」ジェディリネーク号と疑似的に協力して、ボンヴァルノン号に圧をかけたのか。
「一つはそうだろうね」彼女は応じた。「もう一つには、下からいけば、ベレー様からの視線を切れること。逃げ竜は、何よりもまず、前に集中していなきゃならないから」
その理由も納得できた。逃げ竜は、前に他の竜がいない。逃げるといってもどう逃げるかは重要だ。どの竜が、いつ、どこから前に出てくるのか。それに惑わされるというのが逃げ竜の主要な負け方だ。
「それからもう一つ」
「もう一つですか?」
「私の考えでは、ね」アルザさんは今日の翔路を遠目に見遣りながら言う。「ファンディルサーガ号が低空に移行したのは、大コーナーに差しかかる辺りだった。つまり低空飛行は、コーナー対策だったんだと思う」
「コーナー対策」僕は繰り返す。「対策なら、むしろ上ずりを想定して低空は避けるんじゃ――」と、そこまで言って。「いや、他の竜が上ずるなら――」
「そう。前の竜が上ずって、正面が塞がれてしまう前に、高度を下げたんだろう。自分が上ずっても、他の竜が上ずっていればその分、下を取っていても高度に余裕が生まれるし」
僕は感服させられる。あの低空飛行に、ここまでの意味があるとは。そしてだからこそ、これまで第一線で活躍してこられたのだろうと確信させられる。ベレー様やアルガ様、カッサ=テスト様など、若い世代の活躍も目覚ましいが、まだまだ上の世代には、立ちはだかる壁として勇姿を見せ続けて頂きたい。
〖――新年最初にして、四歳竜世代の総決算。大帝賞出場の懸かった重賞です。雪原月の帝立第二競竜場、アクセルテグ記念。――発翔しました!〗
アクセルテグ記念は距離8フェレン。7番のボンヴァルノン号は、今回も逃げ策を選択した。
ボンヴァルノン号は、これまでオリヴィエ記念、ロット記念、ダノワ記念を勝ってきている。つまり、このアクセルテグ記念を勝てば、昨年のマーファハーブと同様、聖三冠の称号を得る。騎手としての聖三冠連取はかなりの偉業である。
しかしそう簡単には勝たせてくれない。ベレー様の師、サルダット様の乗るアウカタイサナー号は、距離8フェレンの甲賞を勝利しているし、四冠竜ファンディルサーガ号も、十二の重賞の初戦、距離8フェレンのサタナ記念を勝利している。アフカード号は、距離は異なるがここ第二で開催された剣賞の勝利竜だし、バーゲンレックス号は――アクセル記念とアクセルテグ記念の二冠を狙っていてかなり仕上げてきているかも知れない。
そして、忘れてはならないのが、
ロット記念は、帝立第二競竜場。
第二は――ロット家の本拠地だ。
〖――最終直線、ここで4番シヴァモンガだ! 外からシヴァモンガ、8番ユークスレーバリンを越えて三番手、ボンヴァルノン逃げ切れるか、迅い迅い、驚異的な末翼ですシヴァモンガ! 二番手ファンディルサーガここまでか、差は一竜身、シヴァモンガだ、これが強者だ、翼を閃かせ――入線! アクセルテグ記念、勝利したのは4番シヴァモンガ! アーラム様、ロット家としての底力を見せて下さいました! シヴァモンガ、最後にこの第二競竜場で一冠を得ることができました!〗
ロット家は、ロラン家と並ぶ騎士の、そして騎手の名家である。
近頃は一般に、昔ほどの勢いは失われているとは囁かれている。
しかし、四冠竜、三冠竜、二冠竜と同世代の強者たちが並び立っている中で、見事にその力を示し、勝ち切ってみせられた。
アーラム・ロット様。
シヴァモンガ号。
期待していた結果とは異なるが、これこそ騎士としての、騎手と竜としての、あるべき姿なのだろうなとは考えさせられ、深く心に刻み込まれる、印象的な競争だった。
それを噛み締めつつ、来月こそは、ベレー様に勝利を差し上げたい。
寒波月の重賞、オリヴィエ記念まで、一途に突き進んでいくのみだ。




