6−3 オリヴィエ記念③
四歳竜にとって、この時期は、過酷な調教が続く。
過酷さは、一年前の華洛月、ロット記念から始まる。ロット記念の次、三歳竜最後の重賞が、三ヵ月後のダノワ記念、その翌月に、四歳竜最初の重賞であるライル記念が開催される。次の重賞は三ヵ月後のロラン記念、そしてその次が三ヵ月後、年末のタルギタオス記念であり、その翌月に四歳竜最後、新年の重賞、アクセルテグ記念が開催される。
競争が連続する月にどんな調教をするか、重賞がない三ヵ月間にどんな調教をするか、調教師としての腕が、本格的に試されるのが三歳の終わりから四歳にかけての競争だ。
タルギタオス記念の観客投票では、十二頭立てのうち、八位までが選出される。その結果が、発表された。
一位:ファンディルサーガ号。
二位:シヴァモンガ号。
三位:ボンヴァルノン号。
四位:バーゲンレックス号。
五位:アフカード号。
六位:アウカタイサナー号。
七位:マカアーガル。
八位:ジェディリネーク号。
この内、ファンディルサーガ号とボンヴァルノン号が三冠。アフカード号が二冠。バーゲンレックスがアクセル記念、アウカタイサナー号が甲賞を勝った一冠竜だ。重賞未勝利だが、アーラム・ロット様の乗るシヴァモンガ号や、アルザさんも投票した、ジェディワールズ号産竜、ジェディリネーク号なども入っている。十二頭立ての残りの四頭は、他の重賞と同じく、登録している竜の中から、これまでの成績を鑑みた上で決定される。
ボンヴァルノン号は三位だった。昨年のマーファハーブ号も三位である。それまでの重賞を多く勝っているし、騎手としての評価も高いだろうが、それでも三位――なのである。今年も去年も、ベレー様の竜は投票時点で三冠を獲っていた。去年など、世代唯一の三冠(後の四冠)であったのにも関わらず、観客投票の結果は三位と出た。
観客投票の意味を、どう捉えるかは、それこそ投票者たる観客に依るだろう。グィーベのように、成績のよい竜に投票する者ばかりではなく、年末のグランプリ競争を翔けてほしい竜、勝ってほしい竜に投票する者が大抵だ。その理由としては、騎手を推していたり、父竜・母竜を推していたり、勝利した競争を基に選んだり。どんな理由もその人の自由で、なればこそ、その時点までにどんな評価が下されてきたかという、観客輿論が基礎になっていることは疑う余地もない。
ベレー様はタルギタオス記念を勝てない。
それは、誰しもがこれまでに耳にしたことがある話題だろう。天才と呼ばれるベレー様だが、もっとも栄誉あるといわれることもある、タルギタオス記念は勝利されたことがない。これまで勝てたことがないのだから、これからも勝てないだろうという、ふざけた帰納法だが、竜券を買う際、あるいは投票をする際、それがよぎる人は多いだろう。それが投票行動を造り、その結果が、この三位なのだ。
三冠竜に対する評価としては低いが、これまで勝ったことがない騎手に対する評価としては、高いほうではある。不満といえば不満だが――二位が、重賞を勝っていないシヴァモンガ号であることからも解る通り、《《そういうこと》》なのである。この結果から、勝てないベレー様を応援するのは比較的少数派であることが表面化し、次の投票行動も変化していく。これを覆すには――ベレー様に勝利を。やはり、それしかないのだと思わされる。
*
〖――年末のグランプリ競争、霜降月の帝立第一競竜場、タルギタオス記念。澄んだ青空の下、下見所に出翔竜たちが姿を現しました。――〗
帝立第一競竜場。テルビナも果実ステークスで飛んだ競竜場だ。
観客投票で選ばれた八頭、それ以外に成績で選ばれた四頭、合わせて十二頭が、騎手と共に下見所に出てくる。
今日は、厩舎の調教助手仲間たちと来た。アルザさんが僕の左に座り、他の人たちは前に座っている。ちなみにアルザさんがいるので、グィーベはどこかに逃げたし、シャーラもグィーベについていった。ミレイは当てもなくグィーベを捜している。
〖――怒涛の三連勝で追い上げてきた三冠竜、11番ボンヴァルノン、ベレー・ハイジン=ハスト様。――〗
ボンヴァルノン号は11番というかなりの外枠である。逃げ竜は飛行距離が長くなるため外枠は不利と言われることもあるが、外から前に出られるため、内から行くより先頭を取りやすいとされることもある。最終的には、その時の競争相手の動きに左右されるだろう。
同じく三冠竜、ザラエグ様の乗られるファンディルサーガ号は4番。仕掛がかなり伸びてくる竜で、最重要警戒対象だろう。
アルザさんの推しているジェディリネーク号は、ボンヴァルノン号のひと枠内側、10番に入っている。ジェディリネーク号は、追い込み策が多く、外枠なら自然に後ろのほうに回れるため、戦術的不利はないと思われる。
「エムリスは、券は買わないの」
アルザさんが尋ねてきた。ちなみに前の同僚たちは当然のごとく買っているし、グィーベが、買ってはいないが予想好きなことも知っている。年末の特別な競争ということで、普段は買わないが今日だけは、という人も多い中で、実は僕は、今まで一回も、竜券を買ったことがないのだった。
「僕は買わないですね」
「そうか」
そう言うアルザさんも、買ってはいないらしい。
分かり合えたのか、むしろ壁ができたのか、よく分からない空気が僕たちの間に流れ、やがて出翔の時間になる。
〖――観客の期待を背負った戦い、今年最後の競争を勝利で終えるのはどの竜か。霜降月の帝立第一競竜場、タルギタオス記念、12フェレン半。――発翔しました!〗
〖三冠竜の11番ボンヴァルノン、風が乱れていない外側から一気に先頭へ翔け上がります! 二番手には6番ユークスレーバリン、内側から1番アンダーラーバン! 続いて5番アウカタイサナー、8番アフカード、9番マカアーガル、その後ろにはこちらも三冠竜、4番ファンディルサーガがつけます! その後ろ、八番手には7番シヴァモンガ、2番レームフィデン、12番ニヴガナック、上ずり気味でしょうか3番バーゲンレックスはいつもより後方から、10番ジェディリネークはここが定位置、最後尾から睨みを利かせます!〗
バーゲンレックス号は、アクセル記念を勝利した実力ある竜だが、掛かり癖がある。上ずりや潜りは、周囲の竜との距離感によって、起きることもあるが、大抵は、掛かっている竜を騎手が抑えようとして起きる。
掛かっているとは、つまり竜が何らかの理由で興奮状態に陥り、騎手の指示を聞かなくなっている状態を指す。他の竜を過度に恐れたり、過度に敵視したりする竜が掛かることが多く、ヤチルティライン号やバーゲンレックス号は後者だ。掛かっている状態で真価を発揮する竜もごく稀にはいるが、ティラインもバーゲンレックス号も、掛かりは完全に裏目に出る。バーゲンレックス号に期待していたシャーラは今頃、さぞがっかりしていることだろう。
さてボンヴァルノン号はいつも通り、逃げ策での展開だ。それを追うのが1番と6番、その後ろの5番、甲賞を勝った一冠竜、アウカタイサナー号は、ベレー様の師、サルダット様の乗る竜である。
〖コーナー回って直線へ、先頭変わらずボンヴァルノン、1番アンダーラーバン二竜身ほど開けてその後ろ、5番アウカタイサナーは6番ユークスレーバリンと並びます! 9番マカアーガル、その下に潜りました4番ファンディルサーガ! この大舞台での低空策、その選択は吉と出るか凶と出るか、視線を上に戻して8番アフカード、7番シヴァモンガは抑えた飛行だ、2番レームフィデン、バーゲンレックスはかなり外を維持しています、12番ニヴガナック、そして10番ジェディリネーク!
〖11番ボンヴァルノン先頭のまま大コーナーへ、飛調変わらず、得意の逃げで今年こそ勝利が叶うのか! 1番アンダーラーバン、5番アウカタイサナー、ユークスレーバリンは少し下がってその後ろ、4番ファンディルサーガは潜ってこの位置、バーゲンレックスがここまで上がってきた、9番マカアルーガに内からシヴァモンガが並びます! 二冠竜アフカードはその後ろ、2番レームフィデンが前に出る、12番ニヴガナック、10番ジェディリネークは冷静な展開です!〗
果実ステークスは、距離6フェレンの短い競争のため用いられなかったが、第一競竜場の特徴といえば、大コーナーと呼ばれる、他の競竜場より比較的大きなコーナーである。上から翔路を見ると、綺麗な楕円ではなく、瓜のように片側が膨れた形になっているのだ。果実ステークスは、瓜で言えば茎に繋がっているほう、小さいほうのコーナーを回る翔路だが、タルギタオス記念は12フェレン半あり、一周以上飛ぶことになるため、小コーナーも大コーナーも飛ぶことになる。
発翔は小さいほうのコーナーに途中から合流する短い直線で、半分ほどコーナーを回って直線を飛び、そして大コーナーへと入っていく。先に飛んだ小さいほうのコーナーの感覚で同様に飛んでしまうと、かなり内に寄って、最悪、内柵に触れてしまうことにもなりかねない。曲線に合わせた飛行は調教でも重要視している点だが、その精度が審査されるのがここの競竜場なのである。
右回りにコーナーを回っていく、先頭ボンヴァルノン号の翔路取りは見事なものだ。前に他の竜がいない点は、逃げ策の有利な点でもあり不利な点でもある。前に竜がいなければ、上ずりも潜りもせず、まっすぐ飛べる一方で、後続は先頭が何か失敗をすればそれを見て回避できるが、先頭は全てを最初に経験する。後ろも見づらく、大雑把に見える反面、繊細さを伴う作戦なのだ。
それを踏まえて、ボンヴァルノン号の飛翔は見事である。内柵との距離感、コーナーを回る飛調管理、それを可能にする圧倒的基礎能力。ボンヴァルノン号の調教師には、一度会って話を聞いてみたいと常日頃から思っている。
一方の、ファンディルサーガ号の低空飛行は、その狙いがまだ分かっていない。
〖大コーナー回って直線に移行します、ボンヴァルノン先頭を維持、追うは5番アウカタイサナー、4番ファンディルサーガはその後ろまで出てきました、6番ユークスレーバリン、7番シヴァモンガ、1番アンダーラーバンはコーナーが苦しかったかここまで下がります! 9番マカアルーガ、アフカードがここに並ぶ! バーゲンレックスはここまでか、2番レームフィデン、10番ジェディリネーク、ニヴガナック周回が大きい!
〖ここまで十戦、今年はなんと三冠竜が二頭誕生しました、加えて二冠竜が一頭おります、昨年に引き続き四冠竜は生まれるのか、あるいは三頭の三冠竜が大帝賞で競うのか、目の離せない展開です!
〖さあ最終コーナーは小さい! ボンヴァルノン、翼は衰えを知らない! アウカタイサナー仕掛ける、ジェディリネークもここで来た、10番ジェディリネーク上がってくる! ファンディルサーガは依然低い位置、最終直線へ、仕掛けたファンディルサーガ! 6番ユークスレーバリンも内から空を通って上がってくる、シヴァモンガは間に合わないか! 上からジェディリネーク直線一気、ボンヴァルノン逃げる、アウカタイサナー追いすがる、ファンディルサーガ、ファンディルサーガだ、4番ファンディルサーガ静かに居る、ボンヴァルノンの下を取った! 上からジェディリネーク、下からファンディルサーガ、外からまだいけるかアウカタイサナー、ボンヴァルノン逃げる、ボンヴァルノン逃げ切れるか、ファンディルサーガ抜け出した、翼を閃かせ――
〖――入線! 年末のグランプリ競争、一着は4番ファンディルサーガ! 観客投票一位に応えましたファンディルサーガ、堂々の四冠! 年末の大一番でその名を轟かせました!〗




