1-2 華洛月
〖――迅い迅い! 後続に影すら踏ませない圧倒的な大逃げ! ファンディルサーガ差し切れないか! 翼を閃かせ――入線! ロット記念、一着は7番ボンヴァルノンです! 素晴らしい飛翔でしたボンヴァルノン! 葡萄ステークスからの連勝! 通算二冠目の勝利を飾りました!〗
競争場は大いに湧く。
ボンヴァルノン号。そして騎手を務めた――ベレー様。
「まだ二冠かよ。残り五競争しかないから今年も“英雄”超えは出なそうだな」
などと隣でほざいているグィーベを蹴り飛ばしつつ。僕もまた、観客たちの熱狂の渦の中で感動に浸る。二歳竜最後の重賞、オリヴィエ記念にて最初の冠を得たボンヴァルノン号だったが、三歳竜となってからここ半年ほど、記録を残せない期間が続いていた。騎手は初舞台からベレー様が務めておられたのだが、その不調の原因については分からない。ただ分かることは、先月の葡萄ステークス。そして今月の重賞・ロット記念において、ボンヴァルノン号は最高の飛翔を魅せてくれた、ということだ。
競争は、他の竜・他の騎手同士が間合を確かめながら展開していく。しかしボンヴァルノン号の戦術は――とにかく逃げる。
ひたすらに逃げ続けるという、策無き策である。
スタートからゴールまで、体力配分を考えず全力疾翔する。そんな、幼児にも思い浮かぶ、されど容易には実行できない、理想的な戦略で、しかしボンヴァルノン号は勝ってみせた。それは間違いなく、ボンヴァルノン号の天性の素質である。
そんな名竜を育成した調教師に、僕は嫉妬する。
理外の飛行を魅せてくれる竜を育て上げたこと。
そしてその竜をベレー様に騎乗して頂けること。
竜主様からお預かりした竜を担当すること、それじたいも当然、大変名誉なことであるが、競争竜を育てている以上、競争でたくさん勝ってほしいと思うのは当たり前で、好成績の騎士様に期待を寄せるのもまた必然的である。勿論ベレー様といえど、春からのボンヴァルノン号のように、あまり振るわれない時期もあるが、その時も他の竜とはいくつも勝利していたし、大帝賞でも楯こそ得られなかったが二着・二着と現役騎手の中では五本の指に入る勝率・連対率を誇っておられる。
そんなベレー様と渡り合えるような騎手は、
〖惜しくも二着となりましたファンディルサーガ、しかし中盤二十五竜身あった大差をここまで追い上げ最後まで喰らいつきました! 騎手はザラエグ・ロラン様でした!〗
ザラエグ・ロラン。
竜に長く続く良家の血筋があるように、騎士にも代々続く家系があり、その中でもロラン家は、十二の重賞の十二の英雄の中にも名を連ねる名門だ。
現当主たるザラエグ様もまた、若い頃より騎手として好成績を収められ、今年の大帝賞で片楯を得たのも、彼の騎乗した竜である。今レースではボンヴァルノン号の後塵を拝したファンディルサーガ号も、七戦目にして、既に二冠を獲っているよい竜だ。
頭から顔にかけてを防護する兜を脱ぐと、その透き通るような灰色の長髪が露わになる。彼もまた、現在の競竜界になくてはならない名騎手だ。人竜共に血統よし、器量よしで、競竜を覚えたてでも安心して応援できる。
「ほら、帰るぞ」
倒れたままのグィーベを引きずり、僕たちは岐路に就く。重賞競争の日は、勉強のためだとして、調教より観戦を優先するよう先生に指示されているとはいえ、そう長く任せて負担をかけるわけにはいかない。調教は毎日するもので、早く帰って、明日の調教内容を考えなければならないのである。
競争場の入口にて。
『投票受付』という立て看板があった。
「お、投票してくか」
グィーベが言って、先んじて受付にいた人に話しかけ、僕は後に続く。
来月末の今年最後の競争に出場する四歳竜は、観客たちによる投票で決まる。
年末を締めくくる競争にて、どの竜に翔けてほしいのか、どの竜に賭けたいかを観客たち自身が決められるのだ。
グィーベは投票用紙を受け取ると、ササッと記入して松明の火に焼べる。魔法が刻まれている紙で、燃やすことで魔法が発動し、自動的に票が集計されるのである。すぐ書いたところを見るに、彼は元々、どの竜に票を投じるか決めていたようだ。
かくいう僕も、投票先は既に決めている。
あと重賞二つを残し、現在、三冠を獲っている四歳竜、マーファハーブ号。勿論、主戦騎手はベレー様である。
僕も用紙を受け取り、台の上で記入し――それをグィーベが覗き見ていた。
僕はすぐに記入面を内側に二ツ折にし火に焼べ、その場を後にした。
「なー、お前もマーファハーブかよ」
グィーベが話しかけてくる。生憎、彼と気が合うことなど――お前も?
「やっぱりハーブだよなー今年はさ」
彼は言葉を続ける。そうか、ようやく彼も分かってくれたのか。マーファハーブ号はやや小柄な体躯からの爆発的な差しに定評がある。重賞十戦三勝で二着が四回。連対率七割を誇る素晴らしい竜だ。青みがかった黒い鱗と細い首は気品を感じさせ、ベレー様との組み合わせも申し分ない。個人的に印象に残っているのはダノワ記念での――
「まだヤチルシームに並ぶ五冠竜の可能性があるからな。連対率も一勝すれば三分の二以上だし、重賞以外の出場数もまだ」
僕はグィーベを蹴り飛ばす。やはり彼は竜を成績でしか見ていなかった。恐らく、先生に競争場に行けと言われたことについても、結果だけ分かれば充分なのにと思っている手合だろう。いや、そうに違いない。
確かに競争成績は、単純な『強さ』を比較するのには有用だし、種竜・繁殖竜としても成績は重視されてしかるべきだ。されど竜一頭一頭には、調教師との思い出と、騎手との競争が詰まっている。一勝もできなかったからといってすなわちその竜が低級であるということにはならない――という話を確か以前にも彼にしたのだが、響かなかったようである。
そんな態度で、もしプサーがそんな好成績を残せない竜になったらどうするつもりなのだろうと底意地の悪い考えも浮かぶが、彼のことだ、当然勝てる育成を突き詰めるに決まっている。その辺りが、僕が彼を尊敬しこそすれ好きにはなれない理由でもあり、同じ先生の元で学んでいるとはいえ、どちらかが変わらない限りは、この距離感でこれからもやっていくことになるのだろう。




