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赤き竜のための協奏曲  作者: 烏合衆国
第五章 ゼイケデイス
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5-4 剣賞①


 秋の大帝賞、一着はマーファハーブ号。

 続く二着はアウカタイデサー号、三着はキャサーナ号、四着はエルダーフェス号、五着はイェスハマー号、という結果だった。




 勝利飛翔ウイニングフライを経たのち、ベレー様はハーブから降り、大帝様に向けて最敬礼を行った。拍手は、しばらく鳴り止まなかった。





 そうして、ひとつの世代の竜たちが、競竜場ターフを去っていく。

 四冠と片楯を得たマーファハーブ号を筆頭として、二冠竜のアウカタイデサー号とエルダーフェス号。一冠と片楯を得たキャサーナ号、一冠竜のセーレーサガット号、ブルカモンガ号、マカアルトン号。重賞勝利を上げられなかったが、様々な競争レースを飛び、競い合ったその他の竜たち。


 今後は、新しい世代に、その強さと、意志を受け継ぐ役目を担うことになる。




 一方の、まだ現役で翔ける竜たち。

 その中でも、僕の調教するヤチルテルビナ号を始め、二歳世代の竜たちは、今月末のつるぎ賞に向けて現在大忙しだ。ここまでの成績は、テルビナが一冠、プサーが一冠。まだまだ十二の重賞の序盤だが、ここで勢いがついていなければ、翔破など到底叶わない。


 出翔竜は、毎回、それまでの成績を鑑みて選出される上に、八頭立てという狭き門もあり、全重賞翔破する竜はかなり少ない。今年の五歳竜世代では、ハーブとエルダーフェス号、ブルカモンガ号、セーレーサガット号くらいしか全翔破はしていなかったはずだ。もっとも、しているほうが少ないのだから、していなくとも大帝賞に出翔することはできるし、キャサーナ号のように勝利して、その勝利に瑕疵がつくことはない。それでも、竜じたいの価値が高まるし、十二の重賞はそれぞれが格式高い競争レースであるため、主に竜主様を中心に、翔破を狙う者は少なくない。


 勿論、狙ってできることではなく、本番での飛翔、そして普段からの調教が大切なのは言うまでもない。




   *




 今日の午後は、調教に必要な用品の買いつけと、自分の革手袋の買い替えのために街に出る。手綱やハミなどを注文しておけば、後日牧場まで届けてにきてくれる店があり、まずはそこに寄って、用事を終えると、自分の用事へと移る。


 竜は体温が高く、体表でも人間と比べればかなり高い。よって調教する際には、革手袋などで手を防護する必要があるわけだが、その革は、熱で次第に劣化してしまう。調教助手となってから、これまで約二年間使ってきた手袋だが、流石に替え時かと思って、この機会に新しいものを探そうと考えたのだ。




 サタナ記念でのテルビナの勝利があったとはいえ、余裕な生活を送るには、まだまだ給料が安く、結局安さと性能がちょうどいい、今使っているのと同じ手袋を買いに下町へと向かう。


 その途中。


 とある喫茶店の屋外テラス席に、見憶えのある顔を発見した。

 彼女は向かいの人と神妙な面持ちで会話していたが、僕と目が合うと、ぱっと華が咲いたように顔を明るくした。




「エムリスくんじゃないか」




 席にいらっしゃったのは、ベレー様であった。騎乗される時のように、鎧を身にまとっておられる。

 そして彼女と向かい合って座っていた方が振り返られる。


「やあ」


 ザラエグ様であった。

 彼は表情が読めない瞳で僕を捉えると、それだけ言って、紅茶に口をつけられた。




 平和な現代において、騎士というと騎手と等号イコールで結びつけられがちだが、現在でも都市警備などを行っている他、騎士としての訓練も怠ってはいない。今日は、ベレー様とザラエグ様が組んでの巡回のようで、しばし休憩をしていたようだ。

「どうしたのかな、こんなところで」

 ベレー様は席を立って、僕のほうに近づいてこられる。慌てて僕のほうから歩いていって、

「革手袋を新調しようと思いまして、馴染みの店に向かうところでした」

 と返答する。ベレー様は愉快そうに笑まれると、

「馴染みか。じゃあ、私の馴染みに興味はあるかな」言って、

「ザラエグ卿、鎧の整備のためにしばし任を外れますがよろしいでしょうか」

 ザラエグ様に、笑みを消した真面目な顔で尋ねられる。

「構わないよ」

 ザラエグ様が返されると、振り返って、

「行こうかエムリスくん」

 また笑顔になって、僕がこれまで歩いてきた方向へと僕を先導する。




 連れていかれたのは、いかにも騎士様御用達、といった雰囲気の伝統的かつ高級な店だった。

「こんにちは」

 ベレー様が先に店に入られ、僕が続く。想定していたより若い、店主と思われる壮年の男性が店の中で棚の整理をしていて、「おお、ベレー様。いらっしゃいませ」ベレー様に、そう挨拶をする。がっしりとした身体つきで、うっすら髭を生やしているのが印象的だ。「大帝賞、おめでとうございます。今日は、どういったご用件で?」

「ありがとう。彼に手袋を見繕ってほしいんだ、調教師でね」

 ベレー様がそうして僕を紹介して下さったので、僕は「どうも」と頭を下げる。

「なるほど、ということはベレー様の竜を?」

 店主の男性が尋ねると、ベレー様は僕のほうをちらと見られる。

「えっと、ヤチルテルビナ号を調教させて頂いています」

 僕が答えると、

「そうか、今年サタナ記念を勝っていたろう。今月もがんばってくれよ」彼は言って、右手を差し出してきた。僕はその手に応じる。大きく温かい手だった。「それで、手袋だったな。今使ってる手袋はあるか」

「はい。これです」

 一応持ってきていた手袋のペアを店主に渡す。彼はそれを広げると、

「何年使ってる。かなりきついだろう」

 とすぐ訊いてくる。さきの握手は、僕の手の大きさを測る意図もあったらしい。

「二年くらいです」

「最初からきつめだったんだな。採寸からしよう、よろしいですねベレー様?」

 店主はベレー様に尋ねる。

「ああ。代金は私が持つから、行ってくるといい、エムリスくん」

 ベレー様はそう答えられた。

「代金は、って――よ、よろしいのですか」

 僕は周章する。元々、こんな高級店で買えるほど金を持っておらず、ベレー様に連れてこられる道中、もしかしたらベレー様が払って下さるのかしらとなんとなくは思っていたが、いざ面と向かって言われると、どうしても恐縮し遠慮してしまう。対するベレー様は、

「勿論。私の竜を育ててくれているんだから、これくらい当然さ」

 そう、変わらぬ微笑で応じられた。

「了解です。ほら、ついてこい」店主はベレー様の言葉を聞いてすぐに奥へと行ってします。こうなっては、流れに従う他ない。

「分かりました。あ、ありがとうございます」

 言って、僕はベレー様に頭を下げる。

「はは、感謝の言葉は、手袋ができあがってから言ったらどうだい」

 ベレー様の応答に僕は恥ずかしくなって、慌てて店主についていった。


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