5-3 大帝賞⑥
秋の大帝賞は、今年で第100回を迎える。
大帝賞は元々年に一度、葡萄月に開催されていたのだが、今では春と秋に増え、その春の開催も、今年で第68回、だったか。
伝説的優龑のアクセル号とアクセルテグ号の決着がつかなかったことを惜しまれて、二戦制になったわけだが、よく考えれば十二の重賞と二回の大帝賞で、計十四戦なので、やはり今後、勝負がつかないという可能性はある。まあ多くの機会があるということは、竜を育てる側としてはありがたいことだ。
そんな五歳竜世代が集う最後の戦いのその前に。
果実月最終週の重賞に催される、アクセル記念。
三歳竜世代の重賞で、通算六戦目、折り返しの佳境を迎える。
これまでの戦績は、エルダーイザール号が二冠、カルフアップ号、カバルダーガイン号、そしてベレー様の乗られるジェディキッス号が一冠ずつ。ここでエルダーイザール号に連勝させてしまうと、勢いがつくどころか、六戦で三勝、つまり十二戦で六冠という進度になってしまう。
帝立第一競竜場。
距離11フェレン。
〖――発翔しました!〗
八頭立てと、出翔できる竜は多くはない。現に一冠竜のカバルダーガイン号すら、今日のアクセル記念に出翔できていない。
〖――先頭は依然4番ミズロバット、6番カルフアップと2番ジェディキッスが追います! 一竜身開いて内から8番メイルシオン、7番エルダーイザールが並ぶ! 5番カナンレンクグはその後ろ、3番ドゥアルジューダス、上ずり気味の1番アズチリッサと続きます!〗
二冠竜エルダーイザール号は五番手の位置だが、ここから確実に上がってくる。ミズロバット号はそろそろ下がってくるため、相対的に先頭に出ることになるだろうが、まだ溜めておきたい。キッスと並ぶカルフアップ号は、ベレー様の師、サルダット様が乗られている竜で、思考としては、ベレー様と同様になるかも知れない。ここは軌道が被らないように、上か下へ避けつつ飛ぶのが無難か。いや、競争運びとしては、相手にその行動を取らせるほうが上等だが。
〖――先頭は6番カルフアップ、少し下がってジェディキッス、4番ミズロバットはメイルシオンと並ぶ、7番エルダーイザール、外からカナンレンクグが上がってくる! 3番ドゥアルジューダスはまだ動かない、1番アズチリッサ苦しそうだ!〗
ここでカナンレンクグ号が上がってくる。カナンレンクグ号は、アルガ様が乗られている竜だが、この外からの追い上げは、先日の果実ステークスでの飛行とはまた意味合いが異なる。果実ステークスでは、外に抜けるしか、ゼイケデイス号の勝ち筋がなかった。だから無理矢理――ゼイケデイス号の超加速によって、ほとんどそうは見えないが、戦術としてはかなり無理矢理――内から外へ突破して、広い外で加速しての入線であった。一方の今回は、元々外のほうを飛んでいたカナンレンクグ号。ここで外を上がってくる理由は――エルダーイザール号の仕掛を警戒してのものだろう。
先頭だったミズロバット号が下がってきても依然エルダーイザール号は五番手。最終直線までに、好位置を取っておきたいところだが、最有力候補の外を回って抜ける飛び方を、アルガ様は潰しにかかったのだ。これで外を封じられたエルダーイザール号はこの先、内は論外として、上を飛ぶか、下を飛ぶか、選択を迫られる。下はキッスが通ると思われるが、上はミズロバット号の上ずりが怖い。どう展開させるか――
〖――コーナー回って最終直線、外から5番カナンレンクグ! カルフアップと並んで下からは2番ジェディキッスが追い上げる! エルダーイザールは8番メイルシオンを越え、カナンレンクグの上を取る動きか! 2番ジェディキッス、内を通ってカルフアップの前へ! 先頭カナンレンクグ、エルダーイザール追いすがる、内からジェディキッス、先頭譲らないカナンレンクグ、カナンレンクグだ、翼を閃かせ――入線! 直線を制して一着はカナンレンクグ! 二着以降はどうなったでしょうか!〗
結果は、カナンレンクグ号が一着。エルダーイザール号は結局、カナンレンクグ号の上を取る飛翔だったが、高度のぶん後れを取ってしまったか。キッスは下から内を通ったがカルフアップ号の下降を見据えた飛行か。果たして最終結果は――
〖――順位が確定しました! 一着カナンレンクグ、騎手はアルガ・オテュール様! 二着はジェディキッス、騎手はベレー・ハイジン=ハスト様! 三着はエルダーイザール、騎手はザラエグ・ロラン様!〗
二着。
二着だ。
最高の結果ではなかった。
しかし、観客席から見える、兜を外したベレー様のお顔は、全力を尽くし、すっきりした表情に見受けられた。
*
そして、葡萄月第一週。
秋の大帝賞。
〖――涼しい風の吹き抜ける晴れの帝立第三競竜場、第100回、秋の大帝賞。出翔竜を紹介いたします。
確かな末翼で勝利をもぎ取れるか、1番ブルカモンガ、アーラム・ロット様。
ロラン家の寵児、2番ヴィーランティフ、リフマ・ロラン様。
苦しかった春を乗り越え、秋こそ楯を手にするか、世代最強、3番マーファハーブ、ベレー・ハイジン=ハスト様。
強靭な体躯はこの舞台のため。4番イェスハマー、カガル・フィダール様。
十二の重賞を飛びきった実力を示せるか、5番ジラハルミル、コード・アンナイム様。
先月怒涛の連勝を上げられた俊才が秋に挑む、6番セーレーサガット、アルガ・オテュール様。
秋は三着、二冠を獲った実力を遺憾なく発揮できるか、7番アウカタイデサー、サルダット・タルギサガス様。
秋風を身にまとい美しく飛べ、8番マックバテル、エレイン・ザトッグ様。
“怪竜”にはやはり大舞台が似合う、9番バルドゥル、ザット・タタラ様。
家の悲願を果たした春、春秋連覇の偉業へと翼よ連れていけ、10番キャサーナ、カッサ=テスト・ゲネズ様。
春は二着、世代交代はまだ先だ、11番エルダーフェス、ザラエグ・ロラン様。
確かな速力、確かな血筋、12番カルドモンガ、ラハッド・ロット様――〗
十二頭での発翔だが、三頭が春から入れ替わっている。とはいえまたロット家の竜が新たに出翔しているため、ベレー様としては注意が必要か。
〖――魔力提出が完了いたしました。各竜のゲート入りが完了するまで今しばらくお待ち下さい――〗
もっとも警戒されるのは、当然、春に勝利を上げたキャサーナ号だろう。大帝賞が二つに分かれてから、これまで三頭、大帝賞連覇という偉業を達成した竜がいる。キャサーナ号がそれに続く四頭目となるか、観客は注目しているが、競争相手としては、絶対に阻止しなければならない。
春の大帝賞にて、一着のキャサーナ号が10番、二着のエルダーフェス号が11番、三着のアウカタイデサー号が7番と、前回好成績を残した竜は外枠に集中しているが、春の大帝賞が16フェレンなのに対し、秋の大帝賞は10フェレン。また策も変わってくるだろう。
〖――十二頭の優龑が、大帝の御前に再び参集しました。葡萄月の帝立第三競竜場、秋の大帝賞、10フェレン。――発翔しました!
〖先頭は12番カルドモンガ! 10番キャサーナ、2番ヴィーランティフ、4番イェスハマーが続きます! 8番マックバテル、1番ブルカモンガ、ぴったり後ろにつくように3番マーファハーブ! 11番エルダーフェスはいつもより後方での競争運びです、その後ろ九番手には9番バルドゥル、6番セーレーサガット、7番アウカタイデサー、5番ジラハルミル!〗
カルドモンガ号は、春でのゲッサモンガ号のように、外から一気に内側に詰めてきて、内から上がってくる竜たちを牽制する飛び方をする。続く春の勝利竜、キャサーナ号も、逃げることが多い竜だったが前が塞がれてこの位置だ。ただアクセルテグ記念では先頭で逃げたにも関わらず掲示板外だった一方で、春は四番手から伸びていって一着で入線していたため、ある程度、溜めるほうが向いているのかも知れないとは思う。
さて、そのカルドモンガ号の飛行は当然、春と同様に、マーファハーブ号を想定した無茶な飛行だろうが、そのハーブは、実況されていた通り、ブルカモンガ号の真後ろにぴったりとついて飛んでいる。ブルカモンガ号と、カルドモンガ号は、いずれもロット家の騎士様が乗っており、ブルカモンガ号に乗るロット家当主のアーラム様を差し置いて、カルドモンガ号に乗るラハッド様が楯を得られる、ということは考えにくい。よってカルドモンガ号の飛行は、ブルカモンガ号を遮るものにはならないだろうというのが、ベレー様の読みのようだ。実際それは当たっているらしく、ブルカモンガ号が最内なこともあり、春のゲッサモンガ号に比べれば、今回のカルドモンガ号の翔路取りは、そこまで内側に詰めてきてはいない。
ではブルカモンガ号の後ろにつけていて、最終的に勝てるのかといえば、それは先頭集団次第と言わざるを得ない。カルドモンガ号はそのうち下がってくるとして、ヴィーランティフ号とイェスハマーは最後までかなり伸びる竜であるし、春の大帝賞勝利竜・キャサーナも侮れない。また、いつも先行位置で競争を運ぶエルダーフェス号が、ハーブより後ろに控えているのも気になるところだ。
〖第1コーナー入って先頭は依然12番カルドモンガ、キャサーナ、ヴィーランティフ、イェスハマーが続きます! 8番マックバテルは少し逸れたか、並んで1番ブルカモンガ、マーファハーブに先は譲りません! 11番エルダーフェス、ここで下から7番アウカタイデサー、飛調を徐々に上げてきた! 9番バルドゥル、6番セーレーサガット、5番ジラハルミルが追う!〗
〖直線入ってカルドモンガ、疲れが出たか高度が下がる、ここで上からキャサーナ一閃! 10番キャサーナが先頭に出た! 続いて4番イェスハマー、ヴィーランティフはそのままの飛調でブルカモンガが並びます! 後ろには依然3番マーファハーブ、上ずり気味かエルダーフェス! 7番アウカタイデサーは高度を上げてマックバテルの内側、6番セーレーサガットはその後ろ、9番バルドゥル、5番ジラハルミル!〗
約半分を残して、カルドモンガ号が下がって、キャサーナ号が上がってきた。ここから逃げる策が吉と出るか凶と出るかは見ものだ。エルダーフェス号が上ずっているように見えるのが気になるが、それだけを見てはいられず、アウカタイデサー号が早くも前に出てきている。ハーブが仕掛けるなら第4コーナー以降であろうが、長い最終直線での逆転もあり得る。常に冷静に飛んでいきたいところではある。
前に抜けられないといっても、ブルカモンガ号が仕掛ける時についていけば、前のほうへは行ける。そこからブルカモンガ号を躱して、先頭に出る必要はあるが、やはり上か下を通るのが無難か――
〖――第4コーナー飛び出して最後の直線、先頭はキャサーナだ! キャサーナ先頭、続く4番イェスハマー、粘るカルドモンガは低空で三番手! ヴィーランティフはその後ろ、内側からブルカモンガ、背後にはマーファハーブがつけている! 外からアウカタイデサーが仕掛けた、高い位置からエルダーフェスも追い上げる!〗
いや、
ここで、僕はエルダーフェス号の上ずりの真意に気づく。
ブルカモンガ号の真後ろにつけたハーブは、どこかでブルカモンガ号を越えていかなければならない。単純に考えれば、上、下、外、内と抜けられる翔路はいろいろあるが、
まずエルダーフェス号の上ずりが、上を通る道を塞いでいる。要するに、あれは上ずりではなく――ハーブがブルカモンガ号の後についていったように、エルダーフェス号は、ハーブの上についていったのだろう。恐らく土壇場の策で、多少粗削りではあったが、その策は功を奏したらしい。
そして下。エルダーフェス号が、高度を上げてハーブを上から抑える、そんな戦術を取った理由がそこにはある――先頭だったカルドモンガ号の低空飛行だ。今は三番手だが、春のゲッサモンガ号に比べるとかなり継続的に、《《本気で戦っているかのような》》飛翔。いや、そうなのだろうか。確かに、ゲッサモンガ号とカルドモンガ号の騎手は異なる。同じロット家の騎士といっても、それぞれに思惑が異なり――ザラエグ様が、それを把握されていて。カルドモンガ号はまだ飛ぶと、知っておられたなら――上と下から、ハーブを閉じ込める策。なかなか上等なものに思えた。
外はエルダーフェスを避けるように、やや大回りのアウカタイデサーが飛んでいて抜きづらい。内側は――ブルカモンガ号は最内《1番》であるため、わざわざ外に膨らむような真似はしない、よってブルカモンガ号の内を通ろうと思ったら内柵に当たってしまうのだ。
柵は魔法的に監視されていて、柵の外に出てしまうと失格となってしまう。
四方を塞がれたハーブ。抜け出さなかったのではなく――抜け出せなかった。そしてこの直線でも。コーナーであったら、各竜の飛ぶ癖によって間隙も生まれやすいだろうが、直線はまっすぐ飛べる竜が多く、外側に出るのでもない限りはそのままもつれ込むことになりがちだ。
ここから一体、どうすればハーブは――
〖さァ、エルダーフェス仕掛けた! 先頭はアウカタイデサーがわずかに先行、続くキャサーナ、内からブルカモンガ、マーファハーブは――エルダーフェスの後ろにつけている! 後ろから――上を取った! そのまま追い上げる! マーファハーブが来た、アウカタイデサー先頭、キャサーナ追いすがる、エルダーフェスだ、マーファハーブ、翼は衰えを知らない!〗
それが、ベレー様の回答だった。
上に抜けられないなら、更に上。
エルダーフェス号も、いつまでもハーブと併翔するわけにはいかず、どこかで仕掛する時が来る。ベレー様はそれを見計らって――ハーブに、エルダーフェス号を追わせた。どころか――上を取らせた。
10フェレンという、ハーブにとっては距離的にある程度の余裕がある競争で、ブルカモンガ号の後ろを取るという策。ちょうど真後ろを取っていたから、向かい風をブルカモンガ号に受けてもらい、体力が温存できたのか。だから――高く飛んでいたエルダーフェスの、更に上を取るなどという無茶な飛び方を敢行できたのだ。
上に出てしまえば、後は遮るものはない。ただ、他の誰よりも早く入線すればいいだけだ。
〖アウカタイデサーか、エルダーフェスか、キャサーナ先頭、ここでマーファハーブ、マーファハーブだ、翼を閃かせ――入線! 一着はマーファハーブ! 騎手はベレー・ハイジン=ハスト様です!〗
誰よりも自分の竜を信じられたベレー様が勝利を上げられ、今年の大帝賞は終幕を迎えた。




