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赤き竜のための協奏曲  作者: 烏合衆国
第五章 ゼイケデイス
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27/41

5-2 大帝賞⑤


 果実ステークス。

 重賞競争(レース)ではないため集客率はそこまで高くはないが、出翔する竜によっては人が多く集まることもあり、今日の賑わいが、多少なりともテルビナに向けられているものであるとすれば嬉しいことだ。


「君は今日の競争レース、どう見る」


 発翔前、ベレー様は、控室に入られる前に僕にそう尋ねられる。


「逃げ竜に合わせて先行で飛ぶのがいいとは思いますが……」


 僕は手に持っていた新聞に目を落とす。

 十二頭立ての枠順はもう決まっていて、

 テルビナは5番。

 そしてゼイケデイス号が2番に入っている。


「2番のゼイケデイス号。この竜の動き次第なのかなと」


 ゼイケデイス号は、ミレイが調教している竜であり、

 次世代の天才騎手、アルガ様が騎乗される竜である。


「そうだね。私としては外からの8番・12番辺りも警戒したいところかな――」


 ベレー様が僕の背後にすっと視線の焦点を合わせられる。「やあ。オテュール卿」


 僕が振り返ると、そこにいたのは、ちょうど馬車から降りてこられた、アルガ・オテュール様。

 と、ミレイだった。


「こ、これはこれはハイジン=ハスト卿」アルガ様が、小走りでこちらに近づいてくると、それに合わせてベレー様はすっと前に出て、握手を交わされる。「本日は胸を借りるつもりで臨ませて頂きます」アルガ様は力強く応じると、今度は僕のほうに向き直る。「ミレイの友人と聞いています。今日はどうぞよろしく」そして、僕とも握手を望まれたので、恐縮しながら返す。恐縮していて、()()というところを訂正し損ねたが。

「じゃあ私も。よろしくね」ベレー様がそれを真似して、ミレイと握手をされる。ミレイも緊張しているようで、「あ、よろしくお願いします……」と普段より縮こまって応じた。


「では私は一足お先に失礼いたします」

 アルガ様はそう言うと、ベレー様に頭を軽く下げ、去っていかれた。

「うん。じゃあ私もまた後で」

 ベレー様も言って――スッと微笑を消し、控室へと向かわれた。


 残された僕とミレイは。

「――行くか」

「――うん」

 グィーベの新竜戦以来の、二人での観戦になるわけだが、話が弾むはずもなく、大人しく観客席のほうへ向かうことにした。






〖――魔力提出が完了いたしました。各竜のゲート入りが完了するまで今しばらくお待ち下さい――〗




 今回の競争レースではゲート入りを嫌がるような竜はほとんどいなく、円滑に進んでいく。帝立競竜場ということで、テルビナの新竜戦と同じく、ゲートは魔法的だ。ちなみにプサーは当然ながら再試験になったため、今日もアルザさんの監督の下、調教をしていると思われる。

 出翔竜は、想定通り全頭二歳竜だったが、半分以上が、これまでの重賞で戦っていない竜である。重賞競争(レース)が競竜界の華形はながたで、注目されるとはいえ、一般競争も存在意義がないわけではない。一般競争であっても、勝利としては重賞と同じ価値を持っているため、重賞と一般競争を併せた勝利数の記録を目指す場合もあるし、一般競争での成績がによって重賞に優先出翔できる場合もある。今日の果実ステークスは、優先出翔権は得られない代わりに、帝立競竜場で開催するだけあって、重賞と遜色なく種竜・繁殖竜として重要視される戦績になる。

 出翔理由はそれ以外にも様々で、テルビナのようにちょうどいい時期にあるから競争レース感覚を養うために出翔したり、重賞のほうで勝てていないから弾みをつけるために出翔したり、竜は休ませたいが騎手の勝利数を稼ぐために同じ世代の別の竜で出翔したり。




〖――果実月の帝立第一競竜場、果実ステークス、6フェレン。――発翔スタートしました!


〖1番アルキザック、飛び出して先頭へ、続く4番ファーデンバスター、7番アズダーレイ! 5番の一冠竜、ヤチルテルビナは四番手、6番ラーザーテグ、9番アウカタイパクサ―が並びます! 中団七番手には2番ゼイケデイス、8番カフェハガスト、10番タッグジーナが続く、12番バルサガ、少し離れて11番ユークスラメル、少し出遅れました3番ワーラーヴは巻き返せるか!〗




 6フェレンの短距離であるため、飛距離は一周に満たない。右回りの競竜場で、曲線コーナーから直線に切り替わるところから出翔し、コーナーを回って、直線が終わるところまでが翔路コースだ。




〖加速していきますアルキザック、先頭のままコーナーへ突入、二番手にはファーデンバスター、付かず離れず5番ヤチルテルビナ、アズダーレイは少し下がってこの位置、内を飛ばして2番ゼイケデイス、6番ラーザーテグ! 9番アウカタイパクサーは七番手、8番カフェハガストが並び12番バルサガが外から追ってくる! 10番タッグジーナ、11番ユークスラメル、3番ワーラーヴが後を追う!


〖第2コーナー回ってここで仕掛けたファーデンバスター! アルキザック上に避けると下からヤチルテルビナも仕掛スパートをかける! ラーザーテグも直線で加速! アズダーレイ追いすがる!〗




 僕が発翔前に言った作戦を、ベレー様も思い描かれていたらしい。ファーデンバスターが先に仕掛けたが、やや無理のある突破に見えたため、ここからテルビナがまくれる目はある。

 しかし、これもまた僕が言った通り、警戒すべきは――




〖5番ヤチルテルビナ、4番ファーデンバスターと並び――外からゼイケデイス⁉〗




 ――()()()


 背筋に冷たいものが走る。




〖ゼイケデイスだ、ゼイケデイスが来た、ファーデンバスターを空で交わし――入線ゴール! 恐ろしい末翼すえはね、果実ステークス一着はゼイケデイスです!〗




「やたぁっ」


 ミレイは甲高い声を上げる。


 ゼイケデイス号に次いで、テルビナ、ファーデンバスター号という順で入線する。テルビナはそうして、二連敗を喫してしまったのだった。






 ゼイケデイス号の――末翼すえはね

 いや、そう呼んでいいようなものなのだろうか――()()()、といったほうが正確とも思われる。

 内から上がっていったゼイケデイス号が、最終直線で外から追い上げられたのは、コーナーを回りきるところで、竜群の中に、内から外へ抜ける()がポッカリと開いていたからだ。もっとも、開いていたといってもわずかな間隔であるし、開いていたからといってそう簡単に抜けられるものではないが――それゆえの、超加速という形容だ。


 後ろの竜が上がってくるよりも前に、右回りのコーナー、竜体をかなり右に傾け、間隙を一気に抜けていったのだ。うわずりも潜りもなく、正確無比に隙間を通り、最短で竜群を抜けつつ、入線までも上手く軌道を取って、外のファーデンバスターをなぞるように、傾いたままの飛行を敢行した。


 これは当然、ゼイケデイス号の素質に依るところが大きい。しかし調教の段階から、こんな場面を想定しているとは考えづらく、この土壇場で、素質それを引き出した騎手のアルガ様もまた素晴らしい。




〖アルガ様は二歳竜世代初勝利! 重賞での活躍にも期待が高まる飛翔でした!〗




 そうして、果実月の果実ステークスは悔しい結果に終わった。




   *




 その後、僕はベレー様と合流したが、互いに一言も発さず、二人で牧場への帰路に就く。


 テルビナを乗せた車が一番後ろで、その前に僕たちが乗る馬車の本体があり、その前に馭者台、そして二頭の馬が全体を曳く。ベレー様とは馬車の内部で向かい合って座っていたが、いつもなら多少なりとも弾む会話が、今日は一つも生じなかった。


 厩舎に戻ると、アルザさんが出迎えてくれた。「おつかれさまです、ベレー様」言って、ベレー様を調教助手用の休憩室に通す。僕がテルビナを竜房に戻し、一旦部屋に戻ると、アルザさんが紅茶を淹れ、二つのカップに注いでいた。「ごくろうさま」彼女はカップを机に置くと、すれ違いざまにそう言って僕の肩を叩き、部屋から出ていった。

 室内に、僕とベレー様が二人で残される。「…………」僕はまだ口を開けない。椅子に座って、沈黙を紛らわすように、紅茶に少し口をつけた。


「――テルビナは元気そうだったかな」


 それを見かねてか、ベレー様が先に言葉を発される。

 応じないのは失礼であるため、「……はい。距離が短かったからか、疲れもなく――」




「駄目だろう。それじゃあ」




 ベレー様は絞り出すように言われた。


「……えっと」

「駄目なんだ。短距離は長距離の一部じゃない」ベレー様は、苦しそうに言葉を続けられる。「長距離を飛んだら、体力がなくなるように。短距離を飛んでも、体力を使い果たすくらい、力を出し尽くさせなきゃいけないのに」ベレー様の視線は、カップから立ち上る湯気にそそがれたままだ。「足りなかった。テルビナとの時間が。もっとテルビナのことを、知るべきだった」透き通った瞳を、湯気から護るように、彼女はきつく瞼を閉じられる。「君も思っていたんじゃないか。私がほとんど来ないと」そして僕にそう尋ねられた。


「いえ、そんな――」


「いや、そうだ私だ」ベレー様は僕の答えを待たず、薄目を開けてそう呟かれる。「シームに乗っているようなつもりで。テルビナに乗ってしまっていたんだと思う。見た目が似ているたけで、全然違うのに」


「…………」


 僕は何も言葉を発せない。ベレー様のその悔恨は、ベレー様の過去これまでであり、未来これからだった。それらへの言及に、僕は責任を持つことができない。


「来月の剣賞までに、もっと飛ばなきゃいけない。併翔もして、葡萄ステークスも出て、模擬競争(レース)も組んで――」




「駄目ですよ。そんなのは」




 僕は立ち上がり、心情を絞り出して言う。

「……えっと」

「ベレー様が乗っておられるのは、テルビナだけじゃありません。ジェディキッスも、ボンヴァルノンも。マーファハーブは、大帝賞を飛んでます。テルビナだけに構っていると、他の竜たちが、疎かになってしまう」

「…………」

 ベレー様は反論せず、静かに僕の言葉を聞いて下さる。

「テルビナがシームに似ているというのは、僕も思います。でもその愛着は、決して悪いものではない。ベレー様がそう、テルビナに優しく接して下さるから」僕は自分のカップに手を添える。「テルビナも。それに応えて、ベレー様に懐いてるじゃないですか」

 僕が責任を持てるのは、テルビナの過去これまで未来これからだ。

 それらに関しては、むしろ僕は、力強く発言しなければならない。

 それが調教師として持つ矜持であり、

 テルビナを育ててきた自信の表現だ。

「今月はアクセル記念が残ってますし、来月に入ったらすぐ大帝賞です。まずはそちらに集中して、それから」僕の言には次第に熱がこもる。「テルビナと。ベレー様と。僕とで。また勝利のために、一緒に訓練トレーニングしましょう」


 ベレー様は。「……うん。その通りだ」そう呟くと、立ち上がって紅茶を飲み干される。「キッスに乗ってくる。うん。もう二週間しかないからね」


「はい。お気をつけて」


 僕は彼女をそう送った。今の彼女の瞳を憂えさせているものは、『期待』とも言い換えられるほとばしりである。一歩ずつ、着実に進んでいけば、やがて積み重なったものを、悔いず誇れるようになる。


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