4-6 甲賞⑥
甲賞ロドゥステッブ記念。
リポクサイス競竜場で行われる、二歳竜二戦目の重賞。頭数と距離は、最初の重賞、サタナ記念と同じく、十五頭立ての8フェレンだ。リポクサイス競竜場といえば、風雲月の重賞、ダノワ記念が開催されるのと同じ場所だ。今年のダノワ記念、ボンヴァルノン号の勝利を観たのが懐かしい。
曇り空の下、ベレー様が騎乗され、ここで翔けるのは、僕が調教したヤチルテルビナ号だ。
右回りの飛翔には、テルビナはすぐに慣れて、今日も万全の状態で、競竜場まで来た。厩舎や調教で他の竜との交流が増え、多頭状況にも慣れてきているため、サタナ記念とは異なった競争運びをベレー様は考えておられるだろうが、テルビナならそれに応えられる。
サタナ記念と同じ十五頭立てと言ったが、出翔する竜は少し入れ替えられている。大帝賞のように、入れ替えなければならない規則はないが、十五頭という枠の中に、何十頭という竜が出翔登録をするのだ、入れ替えなければ、流石に不公平である。選ばれた十五頭が、下見所に現れた。
今回の競争、個人的に気をつけたいと思っているのは、サルダット様の騎乗されるザールカーフ号だ。サルダット様が、そもそもこのリポクサイス競竜場を本拠地としているのに加えて、ザールカーフ号は、新竜戦をこの競竜場で行い勝利した。つまり、サタナ記念は左回りの翔路なのに、敢えて右回りの競竜場で新竜戦を飛び、サタナ記念に臨んだ。あまつさえ、二着という結果を残したのである。初舞台にリポクサイス競竜場を選んだのは、この甲賞で勝つという気概の現れであろう。
前回四着・五着だった、チャタモンガ号・ゼイケデイス号にも注意したい。チャタモンガ号は、冠名からも分かる通り、ブルカモンガ号と同じく、ロット家の騎士、アーラム・ロット様が今年乗られている竜だ。ベレー様は、ボンヴァルノン号で昨年のロット記念を勝利してから、ロット家の騎士様方に警戒されておられる。サタナ記念ではあまりそのような思惑は見受けられなかったが、それで今回も大丈夫、とは限らない。ゼイケデイス号は、アルガ様の乗られる竜で、いつ、その隠した爪を見せるか分からない。
そして、
〖――サタナ記念では三着の飛翔。今度こそその血の確かさを知らしめられるか、1番エルダープサー、ザラエグ・ロラン様――〗
グィーベの調教する、エルダープサー号。今回は、最内での発翔となる。
彼の育てた竜と、僕の育てた竜。
どちらがより優れているか、これから幾度となく競うことになるのだろうが、まずここで二連勝して、僕の優位を示して、テルビナに勢いを与えたい。テルビナは今回9番なので、激突するのは終盤になるだろうが、仕掛の調教には特に力を入れている。勝利は決して遠くない。
〖――魔力提出が完了いたしました。各竜のゲート入りが完了するまで今しばらくお待ち下さい――〗
ザールカーフ号は11番。ゼイケデイス号は大外の15番。チャタモンガ号がテルビナのすぐ外の10番なのが気になるが、位置的に外からの圧力もそこまでかからないだろう。
などと考えていると。
〖――えー、1番エルダープサー、位置に就くまでしばらくお待ち下さい。草原月の重賞、ロドゥステッブ記念。全ての竜がゲートに入ってから開始いたします――〗
プサーが、ゲート入りを拒んでいた。
そういえば、プサーは当初から、ゲート難持ちだった。新竜戦に出翔できたということは、ゲート試験を合格できたということであり、ゲート難もある程度克服できたのだろうとはなんとなく思っていたが、それがここにきて、この重賞競争という大舞台で、出てきてしまうとは。
僕たちの席の前のほうにいるグィーベに、声をかけようかとも思ったが、魔力提出から発翔までのこの時間は、静かにしていなければならないという、規則というか規範がある。
「こういうのって、どうなるんだっけ?」
左隣に座るミレイが、小声で訊いてきた。グィーベにも関係することだから、どうしても気になるらしい。
「とりあえずゲートに入るまで待って――あとは競争後に、再試験だろうな」
僕もできる限り、声量を抑えて応じる。再試験というのは勿論、ゲート試験を受験し直すということである。ゲートに入るのが遅れたからといって、それで退場ということにはならない。
この競争では、ゲート入りを待ってくれるが、次の競争ではそうはいかない。そもそも、こういった事態にならないために、事前にゲート試験に合格しなければならないのだ。
結局一分ほどかけて、プサーはゲートに収まる。他の竜たちの中には、時間のかかるものはおらず、十五頭全てがゲートに入り終えた。
〖――お待たせいたしました。甲は誰を選ぶのか、草原月のリポクサイス競竜場、ロドゥステッブ記念、8フェレン。――発翔しました! ――最初に飛び出したのは、1番エルダープサー⁉ 最内から先頭へ、続いて4番バッシス、12番マカザルーガ、11番ザールカーフがその背を追います! ――〗
発翔直後、最初に飛び出したのはプサーだった。サタナ記念ではテルビナの少し前、先行策を取って仕掛ける時機を狙っていたが、打って変わって今回は逃げ策を講じている。実況が乱れたのは、それが一つと、ザラエグ様がこれまで、ほとんど逃げ策を取ってこられなかったからだろう。それも、二戦目の重賞、甲賞などでは。
しかし戦略として、最内の竜が、最初に飛び出して最短距離を飛ぶ、というのは真っ当であり、騎乗する竜が1番を取ったならばと、ザラエグ様が考えられたとも思われるが、
僕には。どうもグィーベが、提案したことではないかという気がしてならなかった。
逃げ策というのは、体力充分な竜で取れる策だ。体力というものが、具体的に何を指すかについては詳しくはないが、要は人間と同じである。人間でいえば、走り続けるための筋力。肺機能。持久力。そういったものは、体力の要る運動を繰り返すことで、徐々に高まっていく。竜に当てはめ直すと、調教に時間がかかる。ということだ。
プサーの新竜戦を思い出す。あれは確か、距離8フェレン。サタナ記念、そして甲賞と同じ距離だ。あの時のプサーの飛翔、それは随分と余裕を持った飛翔であると感じたが、それはつまり、その時点で、同世代の竜より体力に優れていたということになる。華麗月にもなって新竜戦に出翔できていないような竜とはいえ、それまでちゃんと調教はされているはずで、今、共に飛んでいるような竜と比べて、そこまでの差があるとは考えにくい。そしてそういった竜たち、かなりの余裕を持って相手取れるのであれば、重賞に出るほどの竜であっても、逃げ続けるだけの体力を、既にプサーは身に着けていたのではないか。
だから、この逃げ策がグィーベの発案ではないかと僕は思うのである。そもそも、新竜戦を遅らせたのは、グィーベの判断だったはずだ。そしてそれは、対戦相手の水準を下げることによって、楽に勝つため、言い換えれば、本番を調教の一部に組み込んだのだ。新竜戦は、竜主様の権威によって、出翔がある程度優先されたり後回しにされたりする。つまり、後に重賞に出翔するような強い竜は、新竜戦の始まる最初の頃に出翔しきってしまうのである。翌月に入ってまだ出翔できていないような竜は、それまでずっと訓練し続けていたプサーにとっては、重賞前の、ちょうどいい模擬競争相手なのだ。本番の競争の前には、仕上げ期間として、調教を軽くしたり、体力を温存させたりする。グィーベは、新竜戦を調教の一部と見做すことで、調教期間を長く取ることに成功したのだ。
〖――翼を閃かせ――入線! 1番エルダープサー、素晴らしい逃げでした! ――〗
サタナ記念では、ザラエグ様の策が嵌まらず三着という結果となってしまった。そこで、最内という利点も含めて、今回の甲賞ではグィーベが、逃げ策を打診したのだろう。
グィーベは適当な奴だが、自分自身を。自分が調教した竜を、よく信じている。
「――完敗、か」
僕は曇天を見上げる。草原月の重賞、甲賞は、エルダープサー号の勝利で幕を閉じた。
(第四章 了)




