4−5 甲賞⑤
春の大帝賞から三ヵ月。秋の大帝賞まで三ヵ月。
真ん中に位置する草原月、この時期になると話題になるのはまず、入れ替えで出翔する竜たちだ。春の大帝賞、その順位が確定したのち、下位三頭は秋の大帝賞には出翔できない。今年でいうと、マカアルトン号、ゲッサモンガ号、メガザッシュ号は、春の大帝賞で結果を残せなかったため、秋の大帝賞には進むことができない。その代わりに、新たに三頭、出翔する竜が選定されるのである。
この三頭の発表じたいはまだ先であるが、春の大帝賞にて人気はあるが選考漏れした竜を中心に、期待と希望は高まっている。
それとは別に――全くの別、というわけでもないのだが――今年の大帝賞に出る世代、その三年間の飛翔を評価した、世代代表竜が、秋の大帝賞までの全ての競争が終わって年明け頃に選ばれ、発表される。最も優れた竜を『金竜』、次点を『銀竜』と称して、騎士と併せて表彰するのである。大帝賞のように、楯などの賞品・賞金が出るわけではないが、大帝家直々に選定して頂けるということで、大帝賞勝利に負けず劣らず、名誉ある称号となっている。
身近な例でいえば、五冠竜ヤチルシーム号は、当時の世代の“金竜”に選ばれた。ベレー様の騎乗された竜で、金竜に選ばれたのは今のところシームだけで、銀竜が数頭選ばれている。金・銀竜の選考基準は、三年間の重賞を中心とした勝利数や連対率であるわけだが、重賞の価値というのは均一ではない。タルギタオス記念やバトラズ杯、輝四冠と比べて、二歳竜の四戦は相対的に下に見られやすいとされている。タルギタオス記念に勝利したことがないベレー様にとって、金・銀竜の称号は不利な戦いとなっているというわけだ。もっとも、タルギタオス記念に勝った竜が必ず“金竜”に選ばれるということはなく、ヤチルシーム号も、その圧倒的な勝率によって絶大な支持を受け、見事に“金竜”を賜った。
「まあマーファハーブかもしれねーけど、タルギタオス記念勝ってないしな」
「そこまで加味されねえって」
調教後の昼下がり、今年の金竜・銀竜の話をしていると、グィーベが相変わらず癇に障ることを言ってくるため、即座に反論する。
「聖三冠とサタナ記念だろ? 金竜にしては弱くねー?」
「アクセルテグ記念。入ってるだろ、聖三冠の中に」言うまでもなく、アクセルテグ記念は、かの優龑、アクセルテグ号の名を冠した重賞で、騎士の名を冠する輝四冠と並んで、価値の高い競争だ。「他の竜は二冠以下なんだし、ハーブの公算が高い。お前がエルダーフェス号を贔屓したいのは分かるけど」
「あ? デサー推しに決まってんだろ。ダーフェスはタルギタオス記念勝ってねーじゃん」
グィーベはあっさりとそう言った。そうだった、こいつはそういう奴だった。自分が調教しているエルダープサー号、その主戦騎手だからといって、決して忖度しようとなどはしない。彼にとっては、バトラズ杯とロラン記念を勝っているエルダーフェス号より、アクセル記念とタルギタオス記念を勝っているアウカタイデサー号のほうが、価値が高いのだ。
「観客投票ではハーブに入れてた癖に」
「あれは五冠目当てだからな。獲れなかったけど」
いちいち、言わなくていいことを言うグィーベ。確かに、ハーブがタルギタオス記念を勝っていれば、ヤチルシーム号以来の五冠を、いずれもベレー様が成し遂げたという偉業に繋がったため、戦績狂いのグィーベは当然その歴史的瞬間を見たがるだろう。納得させられながら、僕は手元の紅茶をに口をつける。
ちなみに、十二の重賞の開幕戦、サタナ記念を、僕の調教したヤチルテルビナ号が勝利したわけだが、その後、グィーベとの関係が悪化したということはない。悪化するほどの関係をそもそも築いていたのかは議論の余地はあるが、自信家のグィーベといえど、負ける未来を想定していなかったということはないのだろう。ミレイとの仲は順調に悪くなっている。シャーラは知らない。
「他所の竜を心配する前に、自分の竜の心配をしたら」
そこへ、アルザさんが現れる。グィーベはサッと寝た振りをする。彼はアルザさんを苦手としている、いや、苦手としているというのとは違うのだが、彼女に何か言われるのを嫌っているとでも言おうか、基本的に、会話をしないようにしている。
「はい、すみません。お茶飲みますか」
僕は立ち上がって、自分で淹れた紅茶の残りに手を伸ばす。
「もらうよ」
彼女は言いながらも、椅子に座ろうとはしない。まだやることがあるのだろうか。僕がカップに注ぐと、
「二頭とも、右回り上手くなってるから、この調子でね」
そう言い残して、カップを持ち、部屋から出ていった。
「――四歳世代はな、ボンヴァルノンのタルギタオス記念には期待したいところだがアフカードも――」
グィーベが顔を上げて、そう話し出す。
「まだ続けるのかよ」
基本、グィーベに叱咤は通用しない。アルザさんを避けるのも、痛いところを突かれるから、とかではなくて、自分のすることに口出しをされたくないとか、そういった僕には理解できない類いの価値観なのだろう。
「あと、今年は“《《赤い竜》》”は産まれるかね」
彼は続けて言った。
「……またそれかよ」
僕は呆れる。彼は毎年そうなのだった。
彼の言う“赤い竜”は、この国に伝わる伝説の存在だ。
伝説の存在というのは、要するに御伽話の中に登場する存在ということなのだが、“赤い竜”は少し毛色が異なり、その伝承はあやふやなものとなっている。
“赤い竜”というからには、赤い鱗を持っているのだろうが、現在国内で確認されている竜の中に、赤い鱗の個体はいない。せいぜいが、ミレイの髪のような赤っぽく見える茶色だ。これには様々な解釈があって、同族の血を浴びて赤くなっただとか、金竜・銀竜に次ぐ赤銅の竜だとか、赤いのは瞳だとか、好き勝手に言われている。
そして数多くある伝承の中には、競竜にまつわるものもあるのだが、競竜はここ百年程度の歴史しかないため、昔からそんな伝承があったというのは大変疑わしく、一時期流行した都市伝説のようなものとも考えられている。だから僕は全然信じていないというか、信じる信じない以前に、“赤い竜”など、いてもいなくてもいいと思っているのだが、グィーベは違うらしい。
“赤い竜”は、何よりも迅く何よりも強い。そんな竜が競竜界に現れれば、あの兄弟竜を超え、全冠だって達成してしまうのではないか、そう、グィーベを始め、一部の人たちは夢見ているのだ。
僕が、いてもいなくてもいいと思っているのも正しくそこで、
僕は、“赤い竜”のために競争をしているのではない。
アルザさんも先程そう言っていた。僕は、自分が任された竜のため、それに騎乗して下さる騎士様のために、この身を捧げているのだ。そんな竜がいるとして、その最強と謳われる竜に、勝つ気でいなくてどうする。全冠など達成させてどうする。全冠なら、僕はテルビナに獲ってほしい。ベレー様に捧げたい。
そんな気概を持っていなければ、調教師など到底、務まらないと思うのだ。今この瞬間、どこかの厩舎で“赤い竜”が産まれていたとしたって、僕には関係ない。今の僕に大切なのは次の甲賞。そこでの勝利だけだ。




