4−3 甲賞③
外周を飛びながら、テルビナの今後について考える。親子二冠は、父竜であるヤチルシーム号のためにも、目指してみる価値はあろうが、そうだとしても二歳の間の目標がない。騎手としての甲賞連覇の称号はあるとして、それならば残りの二つ、剣賞とオリヴィエ記念は何もないからがんばらなくていいかというと、そんなことは勿論ない。全ての競争は、出場する限りは勝利するつもりでいるべきだし、勝たせるつもりで調教すべきだ。
百年の競竜の歴史において、全冠を達成した竜はいない。どころか、最高記録は、黎明期の優龑にして、今もその名を重賞に残す、アクセル号とアクセルテグ号という、双仔の競争竜が残した六冠である。一つ少なくなって五冠竜は、ヤチルシーム号を含めて三頭おり、どの竜もかなりの実力の持ち主である。
更に一つ少なくなって四冠竜となると、だいたい三〜六世代ごとに一頭ほど誕生するが、十年ほど出てこない場合もある。今年の雪原月、マーファハーブ号が四冠を達成したが、あれはシーム以来の四冠であった。そのシームの、ひとつ前に四冠(以上)を達成した竜は、シームの世代の五つ上だった。三冠竜はほぼ毎年誕生しており、三冠すら出ない年は、かなり竜同士の実力が拮抗している年となり、一強がいないぶん、賭博や、引退後の取引が盛んになることもある。
最高記録の六冠を達成した、アクセル号とアクセルテグ号については、競竜に関わる者ならば、まずまっさきに知ることになる。双子の竜で、兄がアクセル号。弟がアクセルテグ号。当時の、現在とは少しずつ異なるものの、十二の重賞で争った敵同士である。兄と弟、この二頭で、十二の重賞を半分ずつ、六冠ずつ獲ってしまった、というわけだ。僕は当時は生まれていなかったため、実際のところは分からないが、国の管理する競竜なる競技が始まってから、最初にして最大の熱狂に国じゅうが盛りに盛り上がったと聞いている。同世代には、サイネグエルダー号やアモンガ号など、現在にもその血を残している名竜もいながら、決して譲らず、二頭の兄弟のみが、勝利を独占し、競竜界を席巻した。
二頭の戦いは、結局十二の重賞では決着がつかず、大帝賞にまでもつれ込むことになった。当時の大帝賞は、葡萄月に開催される、今でいうところの秋の大帝賞のみであった。葡萄月は、収穫の月だ。収穫の喜び、そして君主への感謝を表す祭りが、やがて大帝の御前にて競争を執り行うという形へと変化したのである。そうして二頭の三年半に亘る対決は、大帝賞における勝利を以て、完全に決着する運びとなっていた。
アクセル号と、アクセルテグ号。二頭の偉大なる優龑はしかし、いずれも大帝賞にて、楯を賜る栄誉を受けることはなかった。
その年の大帝賞にて、勝利を収めたのは、二頭のいずれでもなかったのだ。
そうやって決着が叶わなかっただけでなく、引退後に当然、種竜入りが目されていた二頭は、後に一頭たりとも残すことはなく、ある朝、厩舎から姿を消してしまったのだ。
ゆえに現在、サイネグエルダー号やアモンガ号の血は残っているが、アクセル号とアクセルテグ号の血、遺伝子は全く伝わっていない。その当時から、現在に至るまで、我こそが正当な子孫であるという竜が名乗りを上げることもあるのだが、その全てに、血統の改竄や、単なる話題作りのための虚言といった、下らないオチがついている。
楯を得ることは叶わなかったものの、二頭の残した六冠という素晴らしい記録を称えるために、大帝賞での激突と失踪のあった年の翌年から、果実月の重賞をアクセル記念、雪原月の重賞をアクセルテグ記念、と改称し、今まで受け継がれてきたのである。
さて、テルビナの今後であるが、勿論、全ての重賞においていっさい手は抜かない気概は持った上で、現実的な視座において、冷静に考えていきたい。
一頭の竜が、全冠を達成することが難しい理由として、大きいところでは距離適性が挙げられる。十二の重賞の中で、最短はサタナ記念、甲賞、そしてアクセルテグ記念の8フェレン、一方で、最長はロット記念の15フェレン、次点はタルギタオス記念の12フェレン半。十二の重賞以外では、春の大帝賞が16フェレン、年末のベイドン記念20フェレン半と、最短との差はかなり大きい。
たとえば今年の五歳竜、マーファハーブ号は、12フェレンのバトラズ杯では二着だったとはいえ、タルギタオス記念では八着、ロット記念では七着と、あまり長距離で結果を残せておらず、一方で勝利した競争は8~10フェレンに集中しており、どちらかといえば短い距離に向いている竜だと評されている。
一方の四歳竜ボンヴァルノン号、ロット記念を勝利しているため、長距離戦に必要な体力は持ち合わせている反面、短距離戦においては他の竜の速力に負けることが少なくない。速力とはつまり瞬発力、爆発力のことで、ボンヴァルノン号は長く速く飛び続けることは得意だが、短く、ものすごく速く飛べる竜には競り負けることも多いということだ。
そういうふうに分析をすると、テルビナの適性は、サタナ記念で勝利したとはいえ、もう少し長い距離のほうが、飛びやすいとは思われる。サタナ記念でベレー様が取られた、低空での競争運びは、竜のほうに忍耐力がなければ成り立たない。その忍耐力、そして溜めを解放した時の爆発力は、むしろ長めの距離に向いている。これから、調教において長距離を飛ぶための体力をつけさせれば、タルギタオス記念で勝利することも、全くの夢物語ということにはならない。
親子二冠にこだわり過ぎる必要はない。何なら、シームが獲れなかったほうの重賞を全て勝てば、12-5=七冠にもなれる。夢物語を語るにしても、大きく語っておいて、近いことには丁寧に。




