4−2 甲賞②
“怪獣”ヤチルシーム号は、五冠竜である。
バトラズ杯。
アクセル記念。
ダノワ記念。
ライル記念。
アクセルテグ記念。
二歳の時分こそ成績は振るわなかったが、三歳からその才能を開花させ、重賞八戦中五勝、二着が一回という驚異的連対率を誇った。
テルビナが、親子二冠を獲るならこれらの重賞で勝利する必要があるわけで、そういった目標があるほうが、調教にも身が入るというものだが、
差し当たっての、二歳竜の次なる重賞は、甲賞。
場所はリポクサイス競竜場、距離はサタナ記念と同じく8フェレンで行われる。
連続して距離8フェレンを飛ぶわけだが、異なるのは翔路の形と回る向きだ。サタナ記念は左回り。甲賞は右回りである。
翔路には、右回りと左回りとがある。一般的に、人も竜も、心臓は左にあるから、左回りのほうが得意といわれているが、右回りの翔路も競竜場によって多く存在する。そして竜それぞれで、右回り、左回りの適性が(さほど大きな違いにはならないとはいえ)存在する。これは竜の身体の作り的に、左右整っておらず、たとえば右の翼が左と比べて大きいといった個体差などによって、右回りが飛びやすい、左回りが飛びやすいという違いが生まれるのだ。
新竜戦、サタナ記念と、左回りが続いているテルビナは、当然まだ左回りの調教しかしていない。右と左は、騎手が乗るぶんには(他の竜にも乗っているため)さしたる違いはないが、竜としては、たまにどちらかを極端に苦手とするものがいるので、調教の際には注意が必要だ。
甲賞は、今年ベレー様が乗られている三歳竜、ジェディキッス号が昨年勝利した重賞で、ベレー様の連覇がかかっているため、右回りの調教を抜きにしても、結構緊張はしている。
しかし弱音は吐いていられない。緊張は竜に伝わってしまう。僕がすべきなのは、僕の全力で以て、テルビナを調教することだ。
ティラインを先頭に、朝の外周一周に向かう。これまでは、テルビナもプサーも、飛び立ってから左回りに回っていたが、今日からは、右回りに飛ぶことにする。ティラインたち三歳竜も、今月の重賞、バトラズ杯は左回りではあるが、僕たちと共に右回りの外周を飛ぶ。新人への配慮かも知れないし、右回りの重賞のほうが、全体としては多いからかも知れない。
三歳竜最初の重賞、バトラズ杯は、一年の真ん中の重賞で、うちの厩舎にいる竜たちでも充分、出翔の目はある。ティラインも、簡単な飛行調教や、併翔での飛翔を見るに、飛力や体力においては掲示板入りも堅いとは思われるが、ティラインの場合はいかんせん、ベレー様が乗られてやや掛かり気味、アルザさんでギリギリ制御できるという状態なのである。ベレー様はジェディキッス号に騎乗されるため、ティラインに乗れる騎手がいないのだ。
「ティラ。ティラー。よしよし」
アルザさんは、小柄な身体でティラインを竜房から引っ張ってくる。眼鏡は保護眼鏡に変わっており、矮躯ながらに、所作や竜に対する眼差しには力強さがある。僕がティラインの調教を任されても到底やり切れないだろうなと、調教師としての格の違いを感じさせられる。
ティラインは、先生とアルザさん以外の調教助手が近寄ると、咆哮して威嚇してくるほど気性が荒い。同胞たる竜たちとも、全く馴れ合わないらしく、厩舎の中では竜房は一番奥かつ隣接する竜房には竜が入っていない。ちなみにこの間、テルビナの併翔を手伝ってもらったタヴィとも、ティラインはさほど仲がよくないらしい。
「じゃあ行こう」
アルザさんの声に、ティラインが鼻息をボオオオォォォフフフ、と勢いよく吐いてから飛び立った。続いてアルザさんの指示で、プサー、テルビナの順で飛び、他の竜はその後を飛ぶ。




