4-1 甲賞①
テルビナとプサーは、新竜戦を勝利して以降、厩舎を移っている。それまでいた厩舎は、今年また新たに生まれる仔竜のために使うので、追い出される形になったわけだ。移動先は、同じ牧場内の、三歳竜がいる区画。これまで、先生や他の調教助手が担当している竜たちのいたところにお邪魔することになった。
テルビナにとって新しい場所での生活、唯一の顔馴染みは、サタナ記念に向けてのテルビナの併翔訓練を手伝ってくれた、ヤチルティライン号だった。
担当は、調教助手のアルザさんが務めている。併翔の際に、ティラインに騎乗していたのも彼女だ。紺色の髪は肩まであって、円い眼鏡が特徴的である。
これまで通り、朝は、竜が起きるよりも早くに来て、掃除や調教の準備を行う。調教助手はそうやって厩務員を兼ねるのがふつうで、今日も、アルザさんと、他の竜の担当の人たちと作業をする。
「エムリス」
と、アルザさんは僕の名を呼ぶ。
「はい」
僕は掃き掃除をを一旦やめて、彼女のほうを見た。先生はまだ来ていないし、今日の調教の確認だろうか。
「グィーベはどこかな」
「……すぐ連れてきます」
グィーベが来ていないことが常態化していたどころか、来たら逆に驚くようにすらなってしまっていたので、危機感を覚えつつ捜しにいく。
厩舎の鍵を開け、プサーの竜房を除くと、案の定、彼はプサーに寄り添って寝ていた。前々から言っているし、そもそも竜と関わる者なら誰でも知っていることのはずだが、竜は人間より体温が高い。そのため竜に触る時には革手袋を嵌めるのが一般的で、一緒に寝るなどした日には、皮膚が低音火傷してしまう。グィーベも、何度もこうして竜房に忍び込んでいるのだから、多少は傷を負っているはずだがそんなふうに見えたことはない。
「おい。グィーベ」
僕はそう呼びかけた。
「ぐーぐー」
「わざとらしい寝息を立てるな」
僕が言うと、彼は片眼だけぱちっと開けて、こちらを見遣った。
「なんだよ。まだ起きる時間じゃねーだろ」
「竜はな。人間は起きる時間なんだよ」
怒り気味に、というか怒りなががら言うと、グィーベはようやく、プサーを起こさないように、上半身を起こす。
「はー。人多いんだから、やってくれてもいいだろーに」
「それ、この前アルザさんにも言って、叱られてただろうが」
彼の態度は、厩舎を移っても全く改善されていない。それどころか、アルザさんや他の人たちにも不遜な態度で接するため、兄弟子・姉弟子たちからの評価は低い。そろそろ、先生にガツンと言ってもらいたいところではあるが、調教にはかなり力を入れているため、先生はその点を評価し、多くは注意しない。グィーベも、サタナ記念での敗北が応えたのだろう、僕も、その真摯な態度を見てまた気持ちを新たに調教に励もうとは思わされなくもない。
「ギィ」
テルビナが、僕のにおいに気づいたのか、目を覚まして、ひとつ啼いた。
「ほら、行くぞ」
僕は言いながら、そういえば、なぜグィーベは厩舎の中に侵入できるのか気になった。僕は鍵を使って扉を開けた。つまり、昨日、戸締りをした状態が保たれていたというわけだ。それなのに、グィーベが中にいる。正面以外から入れる場所があるのか。
「ギュウ。ギュウゥ」
テルビナがかなり冴えてきている。そろそろ起きる時間とはいえ、まずは戻って、朝課を済ませなければならない。
「グィーベ。いい加減――」
プサーの竜房内に。
彼の姿は既になく。
「エムリス」
口角は上がっているのに眼鏡の奥の金色の瞳が全然笑っていないアルザさんが、厩舎の入口のところに立って、僕の名を呼んだ。
「……っす」
戻ったら、いつの間にかグィーべが掃除を手伝っていた。




