3-3 サタナ記念③
ヤチルタヴィ号。
ヤチルティライン号。
この二頭が、テルビナの併翔相手になってくれる竜たちだ。
どちらにも『ヤチル』とついているが、かの五冠竜・ヤチルシーム号とは血統的には何の関係もない。冠名といって、竜主様が、自らの所有竜であることを示すために、共通の語を登録号に含めているだけだ。もっとも、ザラエグ様が乗られている竜たちのうち、『エルダー』の冠名がついているものは全て“漆黒領主”サイネグエルダー号の血を引いている竜、というように、竜主様ごとの名づけ方の違いはあるが。
タヴィとティラインの二頭は、昨年、新竜戦を勝利した三歳竜だが、重賞に出翔したものの成績が振るわず、本命竜の練習相手として、引退はさせずに競争界に残されているらしい。竜主様が一つの世代で何頭も竜を所有されている場合、そのような注力の仕方は当然のことである。
タヴィは緑がかった黒鱗で、体躯は平均的な大きさだ。翼がやや細身で、観るぶんには美しいが、結果に繋がらなかったのだろう。
ティラインは青鱗のやや大柄な竜だ。気性難が強く、ベレー様の騎乗で新竜戦は勝利したが、それ以降は調教も本番も上手くいかなかったようである。
競争で結果を残せなかったとはいえ、ボンヴァルノン号や、ベレー様の乗られている今年の三歳竜、つまりは二頭の同期に当たる、ジェディキッス号の併翔相手も務めており、飛翔の技術じたいはお墨付きだ。
今日は僕がテルビナに騎乗し、タヴィとティラインには、それぞれ担当している調教助手の方が乗って、併翔を行った。一歳年上ということもあり、競争技術は二頭のほうが遥かに勝っていたが、テルビナは、ヤチルシーム号の仔たる意地なのか、なんとか喰らいついて、かなり実りのある練習となった。
二度の併翔を終え、休憩を挟んでいるところへ、
「やあ皆。まだやってるのかな」
現れられたのは、ベレー様だった。
「あー、どーもー」
「お久し振りです」
タヴィとティラインの担当はそれぞれ挨拶し、僕も頭を下げる。
「テルビナの調子はどうだい」ベレー様の問いに、
「飛調配分は上手くなってきました。多頭競争に対応できるかは分からないですけど、制御には応えてくれてます」僕は併翔を経ての感想をまとめて伝えた。
「よろしい。休憩明けたら、今度は私が乗るよ」
言って、ベレー様が騎乗された――
――のは。ヤチルティライン号だった。
「ティラ、元気そうだねえ」
ベレー様がティラインの首を撫でると、ティラインは嬉しそうに、ボォォオオン、と啼く。
「私は手を抜かないから。そのつもりでいてね」
彼女は言うと、すっと目つきを鋭くさせ、競争の時に見せる表情に変化なさった。
それからの併翔は。併翔というにはあまりにも一方的な、いうなれば恫喝だった。
今年初舞台の竜を相手にするにはあまりにも暴力的で、あまりにも高圧的な飛翔。
テルビナは防戦一方で、併翔終了後はかなり体力を使わされ疲弊した様子だった。
「おつかれさま」併翔を終え、ベレー様は、ティラインから降りると、テルビナのところまで来てその頭を撫でられる。「いい飛翔だったね」
「えっ」僕はつい、声を漏らす。「あの、その、ついていくのがやっとでしたし」
「ついてこられている時点で、素質は大アリだよ」ベレー様は言われる。「それに、力量差におびえない闘争心も素晴らしい。実にいい竜に育ててくれたね」
「いえ、僕は――」
僕が卑下しようとしたところで、
「讃辞は素直に受け入れるものだよ」ティラインの担当の方が、僕の肩に手を置いて言う。「初舞台まで、君が育てたというのは事実なのだし」
「……はい。ありがとうございます」
僕は心を改めて、そう言って頭を下げた。
ベレー様は満足そうに笑まれると。「このまま、サタナ記念に向けて、最後の仕上げを頼むよ」言って、今度はテルビナに乗り換えられる。「ちょっと飛んでくるね」そう言って、空へと消えていかれる。
僕は本当に幸運だ。こんなに素晴らしい竜を育てる機会に恵まれて。こんなにいい仲間に囲まれて。あのような素晴らしい騎手に、認めて頂くことができて。テルビナの調教は、間違いなく僕の調教師人生において、最初にして最大の試練である。




