2-6 新竜戦③
六頭が発翔する。その中でもまず飛び出したのは1番のダウエン号だ。最内の有利は、入線まで最短距離で飛べること。特に最初に竜群から抜け出して逃げ策を取れば、前も塞がれず、ただ入線目指して翔ければいい。
もっともそれは、適切な訓練と、適当な体力を得ていればの話であり。
発翔直後、1番、5番、2番、4番、6番、3番という順番だったのが、サルダット様が騎乗されている2番のガラン号が、すぐに前を追い越して先頭を取る。新竜戦は、竜にとって初めての本番であり、何回も騎乗し出場している騎手との齟齬が起こることが多い。ダウエン号も、急加速に慣れていないのか、もしくは追われることに慣れていないのか、すぐ三番手、四番手と位置を落としていく。
一方、早くも仕掛けにいったサルダット様は、ガラン号の特性をよく理解した飛翔に繋げている。ガラン号は発翔こそ一番遅れたふうだったが、その後は着実に加速していき、他の竜たちを突き放し先頭を飛び続ける。
それに唯一、ベレー様が。
テルビナが、喰らいつく。
半周回って直線翔路、先頭は少し外側を飛ぶガラン号、その内側を取りつつ上ずり気味なテルビナ。ガラン号の位置取りは内を抜けようとしてもすぐ戻れる位置であり、やや高度を低めに取ることで潜りを対策する運びか。上ずれば、サルダット様がアウカタイデサー号の騎乗で取られた、空を取る動きの逆で、空を取らされることになる。自分から取るのでなければ、基本的に競争では下位置有利とされている。下を取っている竜と騎手は上の竜を捕捉しつつ競争を進められるが、上の竜からは視線が切れてしまうためだ。一応、テルビナはやや後方での位置取りのため、現状そこまで不利というわけではないとは思われる。
第3コーナー、5番のバラック号は何とかついてきているが、他の三匹はかなり差が開いている。勝負はこの三頭、そして一着争いはガラン号と、テルビナの戦いになりそうだ。
二頭の差は、3/4竜身ほどだ。テルビナは上ずり気味のまま、最後の直線に入る――ところで、
テルビナが仕掛けた。少し外側を飛ぶガラン号の、内側に切り込む飛翔。すぐさまダガラン号は加速しつつその行く手を阻むが、テルビナは――それを織り込み済みというように、ガラン号と並んだところで大きく羽ばたいた。
そしてそれが決定打となる。
煽られたガラン号の猛追が緩んだ隙に、テルビナは完全に前を取り、
そのまま順位は変わらず、一着ヤチルテルビナ号、二着ガラン号で入線した。
〖――ただいまの競争、一着、4番ヤチルテルビナ、ベレー・ハイジン=ハスト様。二着、2番ガラン、サルダット・タルギサガス様。三着、5番バラック、エルヴァデ・ハロルバロル様――〗
無機質な声が、結果を告げていく。
勝った。
テルビナが勝った。
僕が調教した竜が、勝ったのだ。
「――――ッ!」
僕は喜びに打ち震える。勝ったのだ。これまでの一年半、初めてテルビナに会った日からは二年になるか、その過程を一気に思い出し、歓喜は一入になる。
そしてテルビナに乗って下さったベレー様には感謝しかない。この勝利は、間違いなくベレー様の功が大きい。彼女の騎乗でなければ、ガラン号に勝つことは難しかった。
テルビナの最終直線での仕掛け。ガラン号はすぐさま内側を詰めて綻びを補強したが、その行動の弱点をベレー様は突かれたのだ。
ガラン号は、抜けようとするテルビナを押さえ込む動きをした。つまり行動の終着点は、その時、入線から離れて、テルビナの前になっていた。入線すれば身体の力が抜けるのと同じく、ガラン号は詰めてテルビナに迫った時に、力を緩めて――ガラン号の名誉のために言い換えれば、一度溜めて――しまったのだ。
対するテルビナは、常に入線を見据えていた。だから速度を落とさず、あまつさえ羽ばたいて、力を緩めたガラン号に、風圧によって更なる溜めを強制させたのである。
それが、僕が観ていた限りで理解できた、ベレー様の戦略だった。
本当によかった。テルビナと出会うことができて。ベレー様に乗って頂くことができて。
そして、これから本格的に始まる十二の重賞、それらに向けての決意も新たにしていく。
「ありがとう。エムリスくん」
競争後、ベレー様と合流すると、彼女はそんなことを言われた。
「いえ――それはむしろ、僕が言うべきことです」
「いやいや。テルビナは君が担当してくれただろう。ならばこの勝利は、君のお蔭だ」
ベレー様はその立場を崩されない。
「でも今回は、結構ベレー様の、作戦勝ちというか」
「昨年は師匠に負けたよ。私の作戦などその程度さ」ベレー様は言われる。
「師匠?」
「サリー――サルダット卿のこと。個人的に、騎手の手解きを受けていてね。彼は昨年も、新竜戦で、自分の竜以外にも騎乗して、そして私はそれに負けてしまったんだ」
そういう話らしかった。
「だから君の働きに依るところは大きいよ。――そして確かに。君と、テルビナとなら、目指せるかもね」ベレー様は続けて言われる。
「――それって」
「うん。目指そうじゃないか。タルギタオス記念。そして――全冠だってね」
ベレー様は。そんな夢を笑顔で口にされた。
僕たちの競竜の物語は、そうして始まった。
*
ライル記念。
春の大帝賞、新竜戦を経たのち、萌芽月の最終週に開催される、四歳竜最初の重賞だ。
当然、僕はボンヴァルノン号を応援しに来たのだが、
「俺なら3番絡みで買っていくね。同じ距離10フェレンの剣賞、あれより巧い10フェレンの飛び方は見たことがねえ。あとはやっぱりアクセル記念勝利竜の4番だな」
「なるほど……」
グィーベとシャーラが、隣で新聞を広げ、ずっと竜券の話をしているのが大変気になる。
「6番も悪くはないがな。それとロドゥステッブ記念勝った8番とか」
「じゃあ、これで買ってくる……」
シャーラは言って、席を立つと、畳んだ新聞を携え走っていった。話を聞いていた感じ、単勝(一着を当てる形式)と三連複(三着までの三頭の組み合わせを当てる形式)を買うらしい。
ちなみに競争の管理団体と賭博関係の元締は別である。金銭の行き交いは元締の責任で執り行われており、人気の変動などは逐次、周知してくれる。
「なんで教えてあげてんだよ」僕は言う。「公平な視点はどうした」
「いやー、分かんねーかな」対するグィーベは、へらと笑う。「当日のゲートが何番かは、事前に全体に通告されてる。その番号によって、どんな作戦を取るか計画できるようになってんだ。騎手も観客も、与えられてる情報は基本的に一緒。俺は、それぞれの騎手がどんな作戦で来るのか、そしてその結果どんな競争展開になるのかを、頭の中で想像してるだけだ。その結果を、あいつが知りてえなら、教えるだけだろ」
「まだ新竜戦も勝ってないくせに」
僕は言う。プサーは結局今月中には間に合わず、来月=華麗月に初舞台となるそうだ。ザラエグ様は大して気にされていないようで、グィーベの、意見というほどでもない意見が支持されているらしい。やはりあのエルダーカイサー号の仔ということで、ある程度の実力は信じられているのか。
「なんで苛ついてんだよ。テルビナは勝ったんだろ」
彼は返した。
「買ってきた……」
そこへ、シャーラが戻ってくる。手には新聞と、それほど多くはない竜券。よかった、あまり信じ切ってはいないらしい。グィーベはその妙に自信ありげな態度から、周囲の人間に悪影響を与えがちだから、ここは見事に予想を外してもらって、シャーラが道を踏み外さなければいい。
〖――入線! 一着は3番アフカード! 剣賞に続き二冠目を手に入れました!〗
と、僕が思い描いたふうにはことは転ばず。
予想を外して、シャーラを外さないつもりが、
予想を外さないで、シャーラを外してしまった。
彼が買った券は、単勝3番、三連複3-4-6/3-4-8/3-6-8。
結果は3→8→6。
払戻は65.5倍であった。
万竜券とはいかなかったものの、それなりの払い戻しを受けてしまったシャーラは、
「つ、つ、次もよろしく……」
言って、足早に金を抱えて帰っていった。
2番人気だった4番のアクセル記念勝利竜が五着で、5番人気だった3番の剣賞勝利竜が一着という結果で、高めの配当が出たわけだが、この間のアクセルテグ記念でアウカタイデサー号を外した割には、高い的中率である。それはグィーベがすごい、わけではなく、それだけ3番の、剣賞での飛翔が、勝利を確信させるに足る飛翔だったということだ。
勿論僕もその競争は観ていて、かなり感動したのだが、今回の競争もまた、見事なものだった。先月ボンヴァルノン号が勝った、同じく距離10フェレンのダノワ記念は出翔しておらず、今回十二頭立てで5番人気と聞いてそんなものかと思ったが、今日の競争でその思考は一変した。10フェレンにこの竜ありと、国じゅうに示してみせたのだ。こうなってくれば、残る10フェレンの重賞・ロラン記念、そして、
来年の秋の大帝賞も、俄然、楽しみになってくる。
5番人気という評価を聞いても、3番軸で買うべきだとしたグィーベは、褒めるわけではないが、正しく、それこそ公平に竜たちを見ていたのだろう。
何はともあれ、今はただ勝利竜に喝采を送り。
そして竜たちと騎手たちの更なる活躍を願う。
(第二章 了)




