2-3 大帝賞③
〖――最後の直線、アウカタイデサーが来た! 11番アウカタイデサー、エルダーフェスに狙いをつける! マーファハーブとヴィーランティフはここまでか、6番ブルカモンガ、キャサーナ! 4番キャサーナ、翼は衰えを知りません! アウカタイデサーにキャサーナが迫る! その差は二竜身――一竜身! 並んできたぞキャサーナ! エルダーフェスは逃げ切れるか、キャサーナ迅い、イェスハマーは間に合わないか、キャサーナだ、キャサーナが来る、
〖翼を閃かせ――入線! 春の大帝賞、一着はキャサーナ、わずかに先んじました! ゲネズ家の悲願達成! 一つ目の楯は4番キャサーナが手にしました! 騎手はカッサ=テスト・ゲネズ様です!〗
競争場が湧く。
ゲネズ家の騎士様が、大帝賞で初めて、楯を手に入れられたのだ。カッサ=テスト・ゲネズ様。年齢的には、ベレー様と同じくらいだが、乗り始めが遅かったため、騎乗歴としてはベレー様の半分程度のはずだ。そんな彼が、家を背負って出場した大帝賞、そこで一族の悲願である初勝利を上げられた。なんとも劇的ではないか。人々の温かい拍手に包まれながら、カッサ=テスト様は、兜を外されると、大帝の御前に片膝をつき、胸に手を当て、頭を垂れられた。
しかしそんな喜劇の陰には、いつだって悲劇がある。
今の競争、着順はこうだ。
一着、キャサーナ号。
二着、アタマ差でエルダーフェス号。
三着、1と1/2竜差でアウカタイデサー号。
四着、クビ差でブルカモンガ号。
五着、半竜身差でマーファハーブ号。
六着以下はまだ発表されていないが、この大帝賞、春→秋と二戦続く規模感の裏に、無慈悲ともいえる規則がある。
最下位から数えて三頭。
つまり、十着、十一着、十二着の竜は、秋の大帝賞に出翔することができない。
たとえ、どんなによい血統の竜だったとしても、どんなに名家の騎士様が騎乗されていても、ここは曲げられない。
十二頭立ての、下位四分の一。三頭は秋には進めず、ここで引退となる。
そして今、電光掲示板に全着順が発表された。
上から4番。9番。11番。6番。1番。10番。2番。12番。3番。5番。8番。7番。
脱落するのは――5番、8番、7番。
マカアルトン号、ゲッサモンガ号、メガザッシュ号だ。
競争場にどよめきが広がる。
マカアルトン号は、ちょうど一年前、四歳竜最初の重賞、萌芽月はライル記念の勝利竜だった。
重賞勝利竜として、まっさきに出翔竜に選出された七頭のうちの一頭だったが、ここであえなく、脱落となってしまったのだ。
「グィーベくん、デサー、勝ってないですけど……」
「いやいや、キャサーナが勝つと予想できたヤツぁいなかっただろ、大穴も大穴だぜ」
「ちゃんと当ててもらわなきゃ困るんですけど……」
そんな事態なのに、賭けの話しかしていない二人。というかグィーベが予想したアウカタイデサー号は二着どころかエルダーフェス号にも負けて三着ではないか。シャーラが、グィーベを信用して竜券を買いまくり破滅する、という未来が来ないようには祈っておく。まあ、マーファハーブ号が勝てなかったというのは、彼のいう通りになった部分ではあるが。
「実際に賭けてなかったからいいだろ。帰ろう」
僕は二人に言う。
「え」
「独りで帰らせようぜシャーラ。こいつはベレーさんが負けて拗ねてんだ」
驚くシャーラに、グィーベが言う。全く、言わなくていいことを。
「とにかく僕は帰る。新竜戦は来週なんだ」
どんな競争を見たとしても、勉強として割り切り、深く引きずることはしない。僕が過度な不安を抱えていることは、テルビナにとってよくないし、ベレー様に対しても失礼に当たる。
とにかく、まずは新竜戦。これに勝たなければ、大帝賞も、タルギタオス記念も、夢のまた夢だ。未勝利戦があるなどと、悠長なことは言っていられない。ここで勝てないようでは、ベレー様に、今後、胸を張って夢を語れないだろう。
「というか、グィーベはいいとして、シャーラはいつなんだ。新竜戦」
僕は何とはなしに訊いた。彼の担当している竜は確か、ザールカーフ号といったか。
「ああ、昨日勝ったけど……」
シャーラは応じた。
ん?
「え?」
「おーそうなのか。おめでとう」
「ありがとう……」
二人はそう軽く会話を続けるが、
僕の心には一気に重しが圧しかかる。同期の勝利報告。当然喜ぶべきだし、同じ競争に出なかったことも感謝すべきだろうが、何よりもまず、先を越された、という気持ちが強く起こった。
これまで、グィーベしか見えていなかったが、言うまでもなく、今年の二歳竜はテルビナとプサーだけではない。数十頭、あるいは百頭を超える竜が、新竜戦に向けて準備をしている真っ只中なのだ。騎士様の最大数を竜が下回ることはないため、それだけの竜がいることには間違いない。新竜戦の相手はその竜たちのうちの何頭かであり、
シャーラは、そしてザールカーフ号は、それを乗り越えた。
勝利したのだ。同世代の、数頭の竜たちを下し。
それは間違いなく、心の安定に繋がる。重賞に間に合わず、競竜場を去っていく竜も数多居る中で、差し当たっての、十二の重賞への参加権を手にしたのだ。勿論、権利があるだけで、それが出翔の確約という話には結びつかない。そもそも、競争の出翔可能数はごく少なく、一番少ないのは、アクセルテグ記念などの八頭立てだ。その中に選ばれなければ、どうしようもないことはどうしようもないが、確率は決して零ではない。
一方で、新竜戦で勝利できず、その後の未勝利戦でも勝てないとなると、重賞には、出翔させられないということになる。それは規則としてもだし、その竜の素質としてもだ。そういった展開にならないために、まず新竜戦で確実に勝つ、というのは必須に近い条件である。
といったところで、次に起こるのは、新竜戦勝利竜どうしの確執である。
僕が今、ザールカーフ号の勝利を知ったように、先んじて勝利を収めたことを知ってしまえば、途端、それが胸の支えになる。実際的には、勝利の時期は、その後の評価に影響がないわけだが、先に勝利した竜に、限りのある席を取られてしまったような、そんな気にすらなる。
僕は最初から、そうならないようにできるだけ早い新竜戦、大帝賞の翌週に狙いを定めたわけだが、シャーラは更にその前、大帝賞の前日を狙ったのだ。開催が、萌芽月の最初の皆休日と定められている春の大帝賞は、世代の切り替え、その口火を切る競争として位置づけられがちだが、近年は、大帝賞が一日に重ならない限りは、その前日の休日にも新竜戦を始めとした競争は行われるようになった。帝立競竜場では行われないため、テルビナは、竜主様との兼ね合い上、来週以降になるのは仕方ないことではあるが、依然、焦燥感は拭うことができない。
「大帝賞の前日ってことはリポクサイス競竜場。騎手はサルダットさんか」
プサーの新竜戦は来月とすら思っている癖に、そんなことにだけやけに詳しいグィーベが言い、
「よく分かったね」
シャーラが返す。サルダットさん。サルダット様?
〖――春の大帝賞、一着はキャサーナ、騎手はカッサ=テスト・ゲネズ様! 二着はエルダーフェス、騎手はザラエグ・ロラン様! 三着はアウカタイデサー、騎手はサルダット・タルギサガス様でした!〗
サルダット・タルギサガス。
アウカタイデサー号の、主戦騎手である。
「帰る」
「あっ……」
「ほっとけほっとけ」
僕は脇目も振らずテルビナの元へ帰る。慣れ合っていても、彼らの竜とは敵同士だ。その考えを堅持していなければ、新竜戦に真剣に望むことは到底できまい。




