第9話:白薔薇の入城
公共事業として、絶対、ぜーったい、道路整備やってやるからなー!
ああ、腰が痛い。お尻も痛い。めちゃくちゃ揺れる。アンナルデクス王国の道路はかなり整えられていた方なんだって、こんなところで実感するとはね。
直接路面状況を見てはいないけれど、馬車の揺れ具合から、道が凸凹しているんだろうなってことが分かる。
同乗している侍女さんも、たまに大きく揺れるからか、体が傾いたり座面からお尻が浮いてしまいそうになっているし。
ポルトマリス港から領都まで、馬の休憩時間を含めて二日かかった。
自動車ならもっと速かったんだろうけど、馬は生き物だからどうしても疲労が溜まる。
それでも、前世の馬に比べれば、魔力を持っているからなのか、かなり体力があるし足も速いみたい。
わたしも街道の様子とか見てみたいんだけど、連日そりゃあもういい天気──雲一つない晴天だから、アルビノの体では景色を楽しむより先に目が痛くなるし、肌も直射日光で日焼けするというより、軽い火傷みたいになってしまう。
でも、短時間だけさっと周囲を見ることはできた。
港町のポルトマリスは、早朝でも活気があって、わたしが見た限りでの話だけど、属する国が変わったことによる混乱は少ないように感じる。
昨日一泊した街も同じ、大きな犯罪が起こったという話は聞いていないし、馬車に対して物理的にも言葉でも何かを投げつけられることはなかった。
ただ、視線は感じたかな。嫌なものじゃなくて、純粋な好奇心からのもの──子供たちの「おっきいおうま! すごーい!」っていう、元気な声には、頬が緩みそうになった。
元敵国の民ではあるけど、今はわたしの民。彼らの生活を守り、より良くすることが、生存への道!
「殿下、領都マレディアに入ります──本日は晴天ですから、お体に障りますので、このまま……」
「いいえ、予定通りバルーシュへ移ります。わたくしが治める土地、わたくしが守るべき民たちから隠れて入るなど、みっともないことよ」
「かしこまりました。差し出口を申しましたこと、お詫び申し上げます」
「よろしくてよ。わたくしの体を案じてくれたのでしょう、その忠義を嬉しく思います。さあ、支度をして頂戴。幌は畳んで、日傘を差したいわ」
「お心のままに」
バルーシュは、屋根がない幌つきの馬車で、大公に相応しく華やかながら上品なものに仕上げられている。
お兄様が折角贈ってくれたんだから、使わないとね。それに、何事も初めが肝心。
新しい領主が、顔も見せずにさっさと城に向かうなんて、印象悪くなりそう。
怖くないよー、ちゃんと皆さんのこと見てますよーってアピールはしておきたい。
晴れた空は、わたしの体にとっては都合が悪いけど、アピール面を考えるとこの顔が周囲からちゃんと見えるから、プラスではある。
主観入りではあるけど、この体の容姿はすこぶる良いと思う。
正統派美少女ではなくて、ちょっとダウナー系っぽい……どちらかというと、美人系になるかな。まつ毛は長いし、唇はぷるぷる。顔のパーツの配置も完璧。
体つきも、十五歳なのにかなりグラマラスで、これは完全にお母様からの遺伝。身長も高くて、こっちはお父様に似た感じかな。
前世では、美人は三日で飽きるなんて言葉があったけど、十五年間鏡で見続けても飽きない。
さて、馬車の乗り換えだ。ボンネットが引っかからないように気をつけて降りて、バルーシュに乗り込む。
これはわたし専用だから、一人乗り──にしては、かなりゆったりとした作りなんだよね。まあ狭苦しいよりは良いか。
うーん、周囲がまぶしい! ボンネットと日傘があるから、まだマシではあるんだけど、空を見上げるなんてことはできない。
でも、ちゃんと領都が見えた。うわー、兵士さんたちが整列してる。そりゃあそうだよね、これはある種の式典みたいなものなんだから。
うう、馬の毛が白いから、光が反射して地味に眩しい。頑張れ、わたしの目!
心臓がめちゃくちゃうるさいし、胃も痛い。頬も引き攣りそう。
それを表に出さない教育をずっと受けてきたんだから、大丈夫。微笑んで、真っ直ぐ前を見よう。
馬車が門を潜って──うわ、人がいっぱいいる。兵士さんと、領民……あれ、意外と歓迎されている?
あんまり愛想を振りまくのはよろしくないけど、主に子供に対しては微笑みかけても大丈夫。怖くないよー、良い領主になるからねー。
「新しい領主様、美しい……」
「白い髪だ、白の大公」
「若いな……」
「きれー! おひめさまみたい!」
「ばかっ、ほんとうのおひめさまだって、じいちゃんいってただろ?」
「本当に綺麗ねえ。あんな人が領主様なんて、自慢できちゃうわ」
「誰に自慢するんだよ、ここにゃ他の領から来るやつなんざ、ほとんどいねえだろ」
あ、本当に歓迎されてる。顔が良くてよかったあ、お母様、お父様、ありがとう。
リオングランデ王国──いや、マレディウム大公領では、アルビノに対して負の感情を抱いたり、変な信仰みたいなものがあったりはしないらしい。
本当に良かった、アルビノは先天的な疾患でしかないから、不思議な力なんてないからね。
馬車がゆっくり進んで、ああ、城門が見えてきた。
ヴェントルフ城──これから、わたしが暮らす城であり、逃げ場のない仕事場所。
王都にある王城よりは小さいけど、外観はこっちの方がちょっと派手。
成金趣味みたいな感じのゴテゴテさではなくて、華やかさがあるっていうのかな。
王城はどっしりとした佇まいの、正に古城って感じだったから、こういういかにもお姫様がいます! みたいな様式のお城は新鮮。
なんていう建築様式なんだろう。前世では建物に対しては強い関心を持っていなかったから、一般常識以上のことはあまり知らないんだよね。
正門から入って、おお、庭園も綺麗に整えられている。
丁度開花時期だからか、百合の花が沢山咲いていて、ぼんやり眺めていたくなるなあ。
リオングランデ王国の国花だもんね、百合。うーん、アンナルデクス王国の国花は薔薇だけど、全部植え替えるのは勿体ないな。
どちらも丁度良い感じで植えて貰おう、文化破壊するつもりはありませんよーっていう意思表示にもなるはず。
「──おかえりなさいませ、大公殿下。我らが主、我らが貴き白薔薇。この地も、民も、須らく殿下のお望みのまま、お遊びください」
ゲッ、それ言っちゃうの!? ていうか貴方、お兄様の側近の弟じゃん! 何でここに!?
あ、ああー……、分かった、お兄様の差し金ね。わたしの補佐と身辺警護の統括を言い渡されたんでしょ、何となく想像できる。
彼──ケイルム・プルウィウス・フィデホノールは、その忠誠心の高さと際立った有能さから、フィデホノール伯爵家の次子でありながら、子爵の位を授かった人。
てっきり王家直轄領で、代官として腕を奮うと思っていたんだけど……そっかー、マレディウム大公領で代官するのかー。
まあそうだよね、アンナルデクス王国で余っている子爵と男爵ってほぼいないし、有能な人ならなおのこと。
マレディウム大公領の代官は、当面爵位を持っていなくても、王家に忠実で有能な公爵家か伯爵家の次子以降に任せる予定だった。
折を見て叙爵したり、名誉爵から陞爵する形にしようって、お兄様たちと相談していたのに。
でもまあ、今回はわたしに不利益があるわけじゃないから、手紙でちょっと文句言うだけにしておこう。お兄様なりの気遣いなんだろうしね。
「出迎えご苦労様、フィデホノール子爵。そして──貴方が、ルシオ卿かしら。直答を許します」
「……お初にお目にかかります、大公殿下。ルシオ・アルヴォ・ド・ヴァントフォールと申します。リオングランデ王国および前領主ヴァントフォール家当主より、領地に関わる一切の引き継ぎの任を承っておりますので、どうぞ、この身をお使いください」
「わたくしと領民の橋渡し役となること、期待しておりますよ、ルシオ卿」
「かしこまりました。ご期待に沿えるよう、一層の努力を致します」
うっわ、お兄様に負けず劣らずの美人! 黒髪に金色の瞳ってことは、マレディウムの先住民族の血が強く出たのかな?
それにしても、なんか……やつれてない? 目が死にかけているっていうか──あ。どこかで見たことあるなって思ったら、これ、ブラック企業で酷使されてた前世の友だちと同じ目だ!
えっ、執務官の数足りない? やつれて目が死にそうになるほど忙しいの?
いや、まずは城内に入ろう。少し休んで、着替えが終わったら昼食。そのあと顔合わせも兼ねた会議をして、明日の打ち合わせも終わらせないと。
その時に業務内容や負担割合の確認をしよう、今やれることじゃない。
本当ならエスコートを受けて入城するんだけど、この場でわたしをエスコートできる人はいない。
フィデホノール子爵──ケイルム様でも、まだ位が足りないんだよね。古い家柄の伯爵以上じゃなきゃダメだから、実質この領地でエスコートを受けることはできない。
おお、城内も綺麗で上品。めちゃくちゃわたし好みだ。
壁の装飾や絵画、花瓶類はリオングランデ王国様式だけど、絨毯や魔化製品はアンナルデクス王国のものに入れ替えられている……のは良いんだけど、わたしのでっかい肖像画が、入ってすぐの正面にかけられているのは、ケイルム様の仕業だな?
そして、肖像画の提供主はお兄様かお母様でしょ! いつの間に作ったんだろう、これ外しちゃダメ? ダメだよね……。
よし、見なかったことにしよう。極力視界に入れずに、さっさと自分の部屋に移動!
わたしや侍女さんたちの住居スペースは、城内の奥まった場所にあるはず。
警備兵さんたちの宿舎はまた別にあって、更に執務スペースと住居も分けられている。
執務官たちの仕事場から、住居スペースまでは一直線に向かうことはできないらしい。防犯面を考えたら、当たり前なんだけどさ。
さーて、荷解きは侍女さんがやってくれるから、わたしは休憩しようっと。
軽く体を拭いて貰って、念のためボディローションも塗って、ソファで一休み。
領都まで移動する間も、城までの道でも、領民たちから強い負の感情のこもった視線を感じたり、罵詈雑言を投げつけられたりはしなかった。
勿論、警備兵さんがいたからっていうのもあるとは思うけど、今すぐに反乱が起こることはなさそうで、安心した。
だからこそ、この先の領地運営次第で、わたしの運命も決まることになるんだろう。
武術に秀でているわけでもないわたしが、この島という逃走に不利な場所で生き残るには、ひたすら反乱の芽を潰して行くしかない。
悪法なんて以ての外、文化の侵食や破壊をするつもりもないし、土着信仰を弾圧したりもしない。
領民の生活水準を下げることなく、少しずつ上げて行くこと──多分それが、わたしにできる生存戦略。
ケイルム様がいてくれるのも、有難い。あの人の人柄の良さと有能さは、幼い頃から知っているし、信用できる人でもある。
目下の不安の種は、ルシオ卿かな。執務官たちが、ルシオ卿に不当な負担をかけているのなら、すぐにでもやめさせなければならない。
そうではないのなら、ああなっている原因を探って、対処をしなくちゃ。職場環境を整えるのは、上司の役目だからね。
マレディウム大公領──わたし直属の執務官たちは、一定の執務能力を持っていて、魔術による秘密保持契約を結ぶのなら、同派閥以外からも人員の受け入れをしている。
能力主義、実力主義が売りっても言えるのかな。既存領地で働いている人を引き抜けないから、必然的にごった煮になっただけでもあるけど。
マレディウム大公領に不利益を齎さず、真面目に働いてくれるのなら、派閥なんて気にしない! 有能な人材を泳がせておく方が、国にとっても損失だからね!
「殿下、昼食の用意ができたようです」
おっと、もうそんな時間? 休憩時間って、どうしてこう短く感じるんだろう。
さーて、お昼、お昼。今日は何かな、リオングランデ王国料理も良いけど、やっぱり慣れ親しんだ故郷の味が食べたくなるんだよね。
移動中は、できるだけマレディウム大公領の郷土料理を食べるようにしていたけど、今の気分はアンナルデクス王国料理が食べたい。
それとなーく侍女さんに希望を伝えたから、料理人さんまで伝達されているはず。
お昼ご飯を食べて英気を養ったら、胃痛がしそうな会議に備えて、資料の最終確認をしておこうっと。




