第7話:日光から隠れた旅路
馬車移動って、腰もお尻も痛いし、結構揺れるし、気軽にトイレにも行けないし、本当にキツイ。
自動車が恋しいけど、仕組みなんて知らないから、研究も開発もできない。ああ、文明の利器の有難みが、転生してから身に染みるなんて。
車体を引いてくれるのが生きた馬だから、彼らのために休憩を何度も挟むし、駆け足で進むなんてことはない。そんなことしたら、馬がすぐに疲労困憊になっちゃう。
この国、いや、この世界かな? 魔術も魔力もある上に、それを扱えるのは人間だけじゃないんだよね。
動植物どころか、鉱石だって魔力を持っている。当然、生き物は手足を使うように魔力を扱う──人間のように魔術という技術で扱いはしないけど、火を吐いたり水と同化したり、前世の記憶にある動物より厄介らしい。
ファンタジー小説だと、そういう生き物を魔物とか呼んでたけど、アンナルデクス王国では、獣と呼称しているんだよね。
魔力を持っているのが当たり前なら、わざわざ「魔」ってつける必要がないんだから、当たり前ではあるんだけどさ。
「大公殿下、間もなく終点の駅に到着するようです。この先は船旅になりますので、お読み物はお控えください」
「ええ、そうします。わたくしも、船旅で酔うのはごめんだもの」
生まれてこの方、船に乗ったことはないんだけどね。前世では、めちゃくちゃ船酔いするタイプだったから、船は苦手なんだよ。
でも、海を渡る手段は船しかない──この体の三半規管が強いことを願って、ああ、酔い止めも侍女さんに持っていて貰おう。すぐに飲めるようにね。
本も仕舞って、うん、いっそ船の中では寝ちゃおうかな。どうせ船室から出られやしないんだから。
この移動で何が辛いかって、一切日光を浴びれないことなんだよね。
この体は色素が欠乏しているから、紫外線に弱いし、光もかなり眩しく感じる。
必然的に、馬車の窓は閉め切って、日光が入らないようにしてあるから、灯りがあってもずっと夜にいるみたいな気分。
ずっと座っていると、エコノミー症候群になっちゃうから、適度に体を動かしたいんだけど……太陽が昇っている間はそれも難しい。
馬車の旅と船旅、どっちの方がマシなのかな? いや、どっちもキツイってなりそうな気がする。
はー、ようやく馬車から降りられた! ここでぐぐっと背伸びをしたいけど、それははしたない行為だから、我慢。できる範囲で体を伸ばしておこう。
にしても、周囲が眩しい。日傘をさしていても、周りに日光が当たっているのは変わらないからね。海の水面とか見れないもん、光の反射で目が痛くなるから。
馬車から船へ、荷物の積み替えは侍女さんたちの仕事。あと、護衛さんの一部が重いものを運んでくれている。
わたしは、それを眺めつつ休憩。手伝いたい気持ちはあるけど、そうすると彼女たちの仕事を奪うことになるし、大公の振る舞いとしては相応しいものじゃあないから。
そんなわけで、わたしはお砂糖と塩を少量溶かした水をぐびっと。
紅茶を飲みたい気分ではあるんだけど、船の中にあるトイレの衛生状態が分からないから、水分補給は必要な分だけにしておこう。
対岸にわたしが治める領地が見えるらしいんだけど、見ようとすると水面の眩しさに目が眩むから、代わりに侍女さんに見て貰うことにする。
「ここから、わたくしの治める領地は見えるのかしら」
「はい、殿下。緑の美しい島のように見えます──ですが、ここから望める場所に、建造物は見当たりません」
「そう。港町は、ここからでは望めないのね。着いてからの楽しみとします」
「よろしいかと存じます。お飲み物のおかわりは、如何致しますか?」
「不要よ。皆も、順番に休憩をとって水分補給をして頂戴」
「かしこまりました」
そっかー、建物が見えないなら、仕方ないね。
港町があるのは、うちの国側ではなかったはずだから、当たり前ではあるんだろうけど。
あんまり飲むと、後々トイレに行きたくなるだろうから、このくらいにしておこう。侍女さんと護衛さんも、交代で休憩に入って貰ったら、丁度出発時刻になるはず。
わたしの体感的には初夏くらいなんだけど、この国では夏真っ盛り。熱中症にならないように、適度な休憩は必須だ。
外出着だからまだマシだけど、ドレスを着ていると、このくらいの気温でも暑く感じるんだよね。
日本より湿度が低いから、かなりマシではあるんだけど。思い返すと、日本の夏ってとんでもなかったなあ。
なにせ気温も湿度も高いから、汗も中々蒸発しないし……屋外は強制サウナ状態って思ってたもん。思い出しただけでげんなりする。
さて、出発までの間に、領地について最後の復習をしておこう。
元々はリオングランデ王国の領地だけど、戦場にはなっていなかった。本国とは海で隔たれているため、文化的にも言語的にもリオングランデ王国色より、先住民族の色が強いらしい。
領地の名称は、マレディウム──わたしが着任したから、アンナルデクス王国マレディウム大公領になる。領都はマレディアね。
ああ、わたしは領民たちからどう思われているんだろう。馬車に石を投げられたりするのかな、うう、行きたくない……!
行きたくなくても、行くしかないんだけどさ!
言語的には、一応リオングランデ語が第一言語。でも、先行している執務官からの報告だと、アンナルデクス語の方が領民たちの使う言語に近いらしい。
これなら、公用語がアンナルデクス語に変わっても、大きな混乱はなさそうかな?
言語については、元々十年単位でゆっくり教育をしていく予定だったけど、報告が事実なら、それに伴う反発も少ないかもしれない。
既に執務官の一部が、前領主──リオングランデ王国側の管理担当から、業務の引き継ぎを行っているし、わたしが領都に到着したあともスムーズに業務が始められたらいいなあ。
そういえば、前領主の弟さんが、人質兼引き継ぎ責任者として残留するんだよね。どんな人なんだろう。
本当はリオングランデ王国に帰って欲しいんだけど、二国が結んだ講和条約の内容に、接収領地の実務担当者を引き継ぎ責任者として引き渡すようにっていう文言があったから、わたしの一存で「お返しします」なんてできない。
お兄様は、仮にわたしが統治に失敗しても、その責任者に領地の一時運営をさせて、次の領主選定までの時間を作るつもりなんだろう。
前領主の弟さん、戦争の引き金を引いた人でもないし、戦地になった場所の生まれでもないのに、他国へ人質として引き渡されるなんて、流石に同情せざるを得ない。
ただ、自分の境遇を呪って、裏から領民を扇動されたら嫌だなあ。申し訳ないけど、監視役はつけさせて貰おう。身の安全が第一!
現在、マレディウム大公領は、まだリオングランデ王国の法律と既存の領内法律に則って運営しているはず。
将来的にはアンナルデクス王国の法律に準じて運営していくけど、一気に変えるんじゃなくて、段階的に移行していく方向でお兄様から了解を得ている。
税収に関しても、一年間は国への納税義務を免除されているから、即座に財政難へ陥ることはないはず。
問題は、マレディウム大公領に、これといった特産品がないことなんだよね。
穀倉地帯でもない、目立った鉱山もない。海産類は採れるけど、加工して領外へ輸出するにも輸送費が嵩む──そりゃあ、リオングランデ王国側もこの領地を差し出すわけだ。
税収は減るけど、重要な領地ではないし、海で隔てられているから失っても大きな痛手にはならない。
アンナルデクス王国としては、国土と税収は増えるし、戦地ではないから統治にかかる労力も比較的マシっていう見込み。
でも、接収領地を誰が治めるんだっていう問題が発生したし、貴族たちは税収が増えることより、統治を請け負うことによるデメリットが大きいと判断して、押しつけ合いが行われたらしいのよね。
で、結局わたしを大公に据えて、接収領地を統治させるってことで纏まったと。
かんっぜんに貧乏くじ引かされてるじゃん! しかも、わたしの意思が関わらないところで!
ああ、領地について復習しようと思っていたのに、思考がズレる。
はあ……嘆いてたって、どうにもならないんだよね。
船の出航までもうすぐだし、領地については粗方頭に入っているし、報告書の再読はここまでにしておこう。休憩!
「大公殿下、乗船のお時間になりました。酔い止め薬はお飲みになりますか?」
「そうね……飲んでおくわ。貴方たちも、不安なら飲んでおきなさい。酔ってからでは、効果が薄いそうよ」
「かしこまりました。私共へのお心遣い、ありがとう存じます」
休憩しようとしたら、船に乗る時間になってたじゃん。
ああ、遂に逃げ場のない島に向かうんだ……目立たない馬車で、こっそり領都入りできないかな?
できないよね。新領主、それも大公がこそこそするなんて許されないし、民衆からなめられる可能性も出ちゃう。
本来は、領都へ着いたら領民へ姿を見せながら入城するんだけど、わたしの体では不可能。日傘も万能じゃないし、体調優先でいこう。
まあ、まずは船旅を乗り切るところからだよね。
どうせ窓を閉め切った船室にこもることになるんだから、体力を温存するために寝ていようかな。
酔い止め薬も飲んだし、さっさと乗り込もう。船の中で一泊せずに済む距離らしいから、トイレ問題も大丈夫なはず。
先頭から護衛さんが二人、侍女さんが一人、わたしの順で乗り込み、そのあとに続いて残りの侍女さんと護衛さんが船に乗った。うん、貸切だね、分かってた。
先行している人たち以外の執務官たちは、一本前の船で先に行ったんだっけ。彼らもちゃんと酔い止め薬飲んでいると良いんだけど……事前に福利厚生の一環として渡していたし、飲んでいると思おう。
わたし用の船室、広めにとられてるみたい。良かったー、狭苦しいのはあんまり好きじゃないからさ。
すぐにでもベッドで横になりたいけど、まだ我慢。一旦お化粧を落として、寝間着に着替えてからじゃないと。
数時間しか乗らない予定だけど、外出用の衣服でベッドへ寝転ぶなんてことは、わたしの立場ではできない。
まあ、やってくれるのは侍女さんたちなんだけどさ。
「長時間馬車へお乗りになっておいでですから、お体に疲労が蓄積していらっしゃるかと存じます。御身に触れ、体の張りを解す許可を頂けないでしょうか」
「許します。わたくしは暫し休みますから、貴方たちも静かにしているように。不具合が悪ければ、別室で休んで構いません」
「ありがとう存じます。それでは、失礼致します」
マッサージだー、やったー! ずっと同じ体勢だったから、体は痛いし脚は浮腫んでいるんだよね。
あー、極楽。マッサージ専門の侍女さんを召し抱える判断をした過去のわたし、偉い!
エステみたいに肌に直接触れられるわけじゃなくて、整体院で体を解して貰う方が近いけど、わたしはこっちの方が好き。
体が解れてくると、より一層眠くなってくる。うーん、めちゃくちゃマッサージ上手なんだよね、この侍女さん。
船から降りたあとは、また馬車移動。それまで、疲労回復に努めようっと。




