第6話:値踏みの晩餐会
成長したら天才扱いもなくなるでしょっていう、フラグを雑に立てた過去のわたし、あまりにもバカ!
二十すぎればただの人っていうのも、要は本人が早熟で、周囲がそれに追いついただけの話であって、それまでは頭が良い子供扱いは変わらないじゃん!
いや、頭の良い子供扱いなだけなら良かった。それなら問題はないし、ちょっと勉強ができる、物覚えが良い子で済んでいたはず。
やっぱりあれかな? 会議の議事録を読んだり、文献を漁りまくったりしたのが良くなかったのかな?
「我が妹にして、前国王が第二子、ロザリア・アルジェンティア。第七十代アンナルデクス王国、アルベリウス・ルクレアの名において命ずる。リオングランデ王国より接収した領地の、管理および運営を担い、これより記録を行うべし。また、ロザリア・アルジェンティアには、大公の爵位を与えるものとする」
「──拝命致します」
十年間みっちりと叩き込まれたカーテシーには、内心の震えは出ていないはず。体が覚えてしまえば、気持ちなんて置き去りにできるからね。
お兄様も、そして左右から感じる貴族たちの視線や雰囲気も、満足そう。
ハハ、そりゃあ自分に降りかかるはずだった負担が、別な人のところに行ったら、嬉しく思うよね。特に貴族たち!
わたしだって、本当は拝命したくないんだけど!
接収領地って、元敵国の領地じゃん! エッ、わたし、下手したら即反乱からの処刑台送りじゃないのかなあ!?
うう、悲しいかな、王命は絶対。こんな嘆きも、表情にすら出せない。前世で培ったアルカイックスマイルが、こんなところで役立つなんてね。トホホ。
現在二十歳になったお兄様は、二ヶ月前に戴冠式を終えて、第七十代国王に就任した。
そりゃあもう、国を挙げて盛大に祝ったからね、わたしもよく覚えている。
法律上、戴冠式は二十歳から行える。ただ、実際には四十歳前後で譲位されることが多いらしい。そこら辺、つい読み飛ばしてしまっていたんだよなあ。不覚。
お兄様は、正真正銘天然物の天才だからか、二十歳で即位することになった。
お母様は上王となり、国王の相談役として、半隠居の悠々自適な生活を送るそうだ。前世の制度に置き換えると、定年後ってことかな?
わたしはというと、王の娘から、王の妹になった。あと、今大公の爵位を授かって、領地も与えられた。
うーん、全く嬉しくない! てっきり降嫁するものだと思っていたんだけど、お兄様のシスコンっぷりと、政治的判断の利害が一致した結果、領主になることが決定したらしい。
最初に聞いた時は、マジで? って思ったし、今もマジかよ……って思っているけど、王命に逆らうことはできない。
事前告知を受けた時に、お兄様から言われた言葉が、頭の中でまだぐるぐるしている。
「ロザリアに、大公位とリオングランデ王国から接収した領地を預けることにしたよ」
「あそこは元々敵国の領地だから、好きに遊ぶと良い。領地運営に失敗しても、成功しても、記録は残るからね」
「あの領地の民は、我が国の民ではない──飽きたら、捨てても構わない。その時は、王家直轄領に戻すだけだ」
「愛しい僕の妹。お前を与えるに足る貴族家はないし、他国に送り出すにも我が国が得られる利益は少ない。ロザリアを失うことにより起こる損失の方が、余程大きいからね」
「大丈夫、『影』も表立っての護衛も沢山つける。お前の思うまま、やりたいことをやりなさい」
いや無理だけど!?
敵国から接収した領地ってことは、領民が新しい領主に対して、強い反発心抱いてそうじゃん!
ていうか、わたしってそんなに政略結婚の駒として扱い難いの!? それはそれで、こちらとしては有難いけど!
そもそも、元敵国の民とはいえ、他人の命や生活を遊びの道具にするなんて無理!
わたし、知っているんだからね! ちゃんと管理して、運営して、良い領主にならないと、民衆が反乱起こした末に、下手したら処刑されるってこと!
日本で学んだ世界史でいっぱいあった! 日本でも一揆があったし、ていうか近代以前の日本は内ゲバの殺し合いしすぎ!
いやそうじゃなくて! 割と近いところにある国でも、重税に耐えかねた国民が反乱起こして、あわや国家転覆寸前ってことが、十三年前に起こってるじゃん!
あとサラッと言ったけど、『影』ってあれでしょ? 暗部みたいなやつ!
護衛増やすって言われても、接収領地って海に囲まれている島じゃん! 土地は結構広いみたいだけど!
万が一「どんな領主でも、所詮は敵国の貴族! 引っ捕えて処刑じゃー!」ってなった場合、逃げ道が海で塞がれているし!
逃亡するのに船に乗り込めるか、乗り込んだあとに追いかけて来ないかが問題なんだよー!
元寇の時の鎌倉武士みたいに、夜間に鎧着たまま静かに泳いで船に接近してきて、討ち入りされたり火をつけられたりするかもしれないでしょ!
ああー、すっごいやだー! でも、王族として生まれた限り、嫌ですなんて言えないー!
わたしの人生、十五歳で終わる? そんなのあんまりだ……何とか処刑、そして投獄は回避しないと!
接収された領地の民の気持ちなんて分からないから、せめて暴動を起こされないように、良い領主にならなきゃ。
生活が今までと変わらなければ、ううん、少しでも良くなれば、敵国の大公が領主でも認めてくれる可能性がある、はず。
アルビノ特有の色素が乏しい体は、そりゃあもう目立つ。人相知らなくても、髪色と瞳の色だけでロザリア・アルジェンティアって特定されるくらいには、すっごく目立つ。
だから、もし接収領地でお尋ね者扱いになった場合、影武者を立てるなんてことはできない。わたしとしても、したくはない。
……よし、勉強しよう。兎にも角にも、知識はあって困らない。
まずはより詳しいリオングランデ王国の法律についてと、ああ、領地独自の法律があるかも確認しないと。
税制について、福祉について──あとは何だ、領民の気質も知っておきたい。地理も確認して、万が一の時の逃走経路についても頭に叩き込んで。
ああ、言語についてもより詳しく調べておかなきゃ。リオングランデ語は扱えるけど、訛りが強いところだと、同じ言葉でも違う意味に取られかねない。
お兄様から今回の件についての事前告知をされた日のうちに、接収領地に関わる文献と資料を集めるようにって指示を出したけど、やっぱり他国の一領地に関してのものは、記録魔国家のアンナルデクス王国とはいえ、それほど多く所蔵してはいなかったんだよね。
わたし付きの執務官の一部は、業務の円滑な引き継ぎのため、もうかの領地で仕事を始めている頃のはず。
定期的に報告が届いているから、一先ず彼らの身の安全は保証されているみたい。
リオングランデ王国との戦争は、一年前に終結。
それから講和条約を結び、戦後処理をして、ある程度落ち着きを取り戻し──今日の式典が執り行われている。
わたしの番は終わったから、あとは新大公としてひたすら微笑んでいれば良いよね。
戦勝会も兼ねているから、むしろわたしは前座。この後は軍事行動において功績を出した人に名誉爵を授けたり、褒美を与えたりと、お兄様の仕事はまだまだ終わらない。
このあとは晩餐会があるし、それにわたしも参加しなきゃいけないんだよねえ。
あー、やだやだ。老獪な貴族相手に、少しの失言も許されないんだもん。まだ前世の株主総会の方が、緊張度的にはマシだったかも。
内心ではげんなりでも、表情にも態度にも出せないのが辛いところ。優雅な姿勢をキープし続けなきゃ。
王侯貴族には、教養と同じくらい体力と筋力が必要っていうことを、転生してから身を以て知ることになるとは思わなかった。
褒賞の下賜も終わったから、次は晩餐会。
一度解散して、一息ついてから晩餐会用のドレスに着替えて、化粧も直して。
忙しなく動いているのは侍女さんたちだけど、わたしも着せ替え人形になりつつ、晩餐会に参加する人たちの名簿チェックをしなきゃいけない。
大公の爵位を与えられてから、最初の晩餐会。ここで立ち振る舞いでミスをすると、この先ずっと引き摺ることになってしまう。
正式な社交界デビュー自体はしているけど、それは王族の一人としてだったから、大公としてはまた別な見られ方をするんだろうな。
ああ、物凄く憂鬱。でも、参加しないなんてことが許されるわけがないし、覚悟を決めなきゃ。
わたし、肉体的にはまだ十五歳なんだけど。精神的にはもっと上ではあるけど、それは横に置いておいて。
十五歳に求めるものとしては、割とハードだと思うよ。これも前世の記憶があるから、そう思ってしまうだけなんだろうけどね。
「大公殿下、お時間でございます」
はいはい、晩餐会の会場へ移動するのね。
これまでは「第二殿下」や「ロザリア殿下」って呼ばれていたから、大公殿下呼びされると、反応が遅れそうになっちゃう。
アンナルデクス王国で、現在大公の爵位を持つのは、わたしだけ。大公殿下という呼びかけは、当然ながらわたしだけを指すもの。
こういう、ちょっとした変化も、ちゃんと読み取って慣れていかなきゃいけない。
晩餐会では、位の低い者から入場するというのが、この国での仕来り。
ただ、位が低いイコール男爵や子爵ではないんだよね。男爵でも、古くからある家は、並の伯爵よりも位が高いという扱いになる。
覚えるのに苦労したなあ……おおっと、次はわたしが入場する番だ。危ない、ぼーっとしていた。
白を基調としていて、金の装飾が上品に映える晩餐会の会場──ボール・ルーム。
広い室内だから、人が密集している感じはないけど、わたしの入場に合わせて拍手と共に沢山の視線が突き刺さってくる。
爵位持ちと、その配偶者が一堂に会するこの場所は、何度来ても慣れるものじゃない。
本当は部屋に逃げ帰りたいけど、我慢。
わたしは大公、わたしは大公……ここで彼らになめられたら、終わり。
本来、ボール・ルームには配偶者のエスコートと共に入場するけど、わたしにはそういった相手がいない。
だからといって、適当な相手を見繕うこともできない──必然的に、一人で貴族たちの間を歩かなきゃいけない。
緊張でゲロ吐きそうだけど、顔色も表情も、姿勢や足運びも一定にしなきゃ。幼い頃から叩き込まれた作法が、この場において一番の鎧だ。
予め指定されている席に座ってしまえば、貴族たちの意識も次の入場者の方へ向かうはず。
わたしのあと、つまり最後に入場するのは、お兄様とお義姉様──現国王陛下と王配殿下となる。うーん、相変わらず目の保養になるなあ。
今回は席順の決まっている晩餐会だから、貴族としては最高位であるわたしが話をする相手も、上位の公爵か伯爵くらいっていうのが有難い。
基本的には、下位の者から上位の者に声をかけるのはマナー違反。だから、上位の者が会話の相手を選ぶことができる。この点は、わたしにとってめちゃくちゃ助かるんだよね。
正直、ただでさえド緊張しているのに、色々な人から話しかけられるとか、より神経使うからやめて欲しいもん。
まあ、上位貴族は上位貴族で、老獪なタイプや頭の回転が異様に早いタイプ、遠回しの皮肉を山盛りにするタイプと、曲者率も高いんだけどさ。
お兄様が乾杯の挨拶をするまでは、全員無言。
でも、それが終われば、晩餐会という名の社交場──あー、分かる。これ、隣の公爵から声かけられるパターンだ。
わたしの方が上位ではあるけど、爵位を授与されてから最初の社交場では、下位でも近しい位の者から声をかけることが許されているんだよね。
内向的なタイプや、自分から話題提供が苦手なタイプに対する配慮なのか、それとも値踏みなのか……まあ、後者だろう。
「大公殿下、この度は爵位の授与、お慶び申し上げます。お若くも素晴らしい頭脳をお持ちの殿下が、領地の運営に携わるとのこと、民は喜びますなあ」
「ありがとう存じます。若輩の身ではございますが、陛下より頂いた信頼を裏切ることのないよう、努めてまいります」
「ははは、またまたご謙遜を。しかし、何かと不慣れなこともございましょう。何かありましたら、私めも助力致しますよ。微力ではありますがね」
「まあ、頼もしいお言葉ですこと」
ほーら、来た。でも、この人は言葉の通り受け取っても大丈夫なタイプだから、まだマシ。
実際に助力を願うことはないだろうけど、ある程度の交流を持っていて損はない。
古くからある公爵家の当主だし、わたしが治めることになる領地と、王都の間に位置する領地を治めているからね。
逃走する時、最短距離を選ぶなら、公爵領を必ず通ることになる。それに、派閥も同じだから、後ろから刺されるようなことはないと思う──わたしが相当なヘマをしなければ。
晩餐会さえ乗り切れば、王都での公務は暫くなし!
まあ、すぐに大公領へ移動しなきゃいけないんだけど。それでも、数日は休みがあるし、家族との別れを済ませなきゃ。
事前に組んでいる貴族たちとの面会もさっさと終わらせて、読むべきものは読んで、あとはひたすら移動。
新幹線も飛行機も、車すらないから、移動時間がすっごい長いんだよね。
陸は馬車で、港町に着いたら船に乗り換えて、また領都までは馬車で移動。ちまちま時間を見つけて、馬車用クッションを作っておいて良かった。
さーて、今日もあと少しで終わる! 頑張れ、わたしの体と表情筋!
明日は、絶対に休んでやるー!




