第5話:議事録の向こう側
常時睨み合いをしている隣国と、本格的な開戦をしたらしい。
わたしが生まれたアンナルデクス王国と国境を接する、リオングランデ王国とは、かの国が興った頃から何度か戦争をしている。
正確に言えば、リオングランデ王国の方が、腕試しくらいの気軽さで戦いを仕掛けてきていたようで、毎度返り討ちにしてきたというのが、文献から読み取れた。
ここ三十年くらいは、睨み合いと嫌味の応酬くらいで済んでいた──リオングランデ王国から、先制攻撃を受けるまでは。
前世では、戦争というのは生まれる前の出来事か、テレビの向こうの、遠い国での話だった。
けれど、今は違う。戦争が長引けば長引くほど、国も民も疲弊するし、わたしたち王族に対する不満や不信感も募っていくだろう。下手をすれば、英仏百年戦争のように、泥沼化する可能性もある。
アンナルデクス王国では、職業軍人制を採用しているため、兵士の質は高いらしい。
何度か訓練中の様子を視察したけど、前世は平和な日本で暮らしていた日本人であったわたしには、彼らがどれほど強いのかがよく分からなかった。
まだ十歳の子供でしかないわたしには、何かができるわけでもなくて──式典に参加するようにはなったけど、ただ黙って座っているだけだし。
前世の記憶があるとはいえ、今のわたしは生粋のアンナルデクス人であり、王族の一人だ。
もし、敗戦という結果になったら、王族全員が見せしめとして処刑されるという可能性も、決してゼロではない。
お母様たち──国王陛下および王配殿下、そして王太子殿下も、ただではすまないだろう。
不安や恐怖を顔に出さないようにはしているけど、多分、家族にはバレていると思う。いつもより、わたしと一緒にいる時間を増やしてくれているから。
ただ、王城内部にも、貴族たちの顔色にも、緊張はあまりないから、わたしが過剰に不安を感じているだけなのかもしれない。
それでも、一人になると、悪いことばかり考えてしまう──夜は特にそう。眠りが浅くなっている自覚は、あるから。
王族教育の中で、リオングランデ王国を含めた周辺諸国についても、自国ほどではないけど、詳しく学んでいた。
経済的にも軍事力的にも、アンナルデクス王国の方が、圧倒的に格上──それに、どうもリオングランデ王国側でも、この開戦は突発的なものであり、不本意だという空気があるらしい。
うん、敵国に密偵を放って情報を集めているってことは、一旦置いておこう。多分、どこの国もしているだろうし……分かんないけど。
向こうの国も、乗り気ではない戦争だから、早期に叩き潰すという方向で、軍は動くそう。それがお互いの国にとって、一番被害が少ないからという、政治的判断だそうだ。
わたしは、軍関係に詳しくはないし、将来的にそちらの役職を与えられる予定もない。
そもそも、戦いというものに、深く関わりたいとは思わない──戦争に対する生理的嫌悪と、日本で培った倫理観が、二重で働いているんだと思う。
お母様たちも、わたしを戦争に関わらせるつもりはないらしく、日常生活に大きな変化はない。
お兄様は、次期国王としての学びの一環で、軍議にも参加しているみたいだけどね。
アンナルデクス王国では、王位の生前譲位が基本。王太子が二十歳になったら、戴冠式を行い、上王となった先代王が、新しい国王の相談役に就任するんだそう。
なので、あと五年が経つと、お兄様は王としてこの国に君臨することとなり、お母様とお父様は、それを影から支える役目に移る。
その頃には、わたしも十五歳──準成人になるので、国政に携わるか、どこかの家に降嫁することになりそう。
今のところは婚約者候補の話さえもないけど、王太子と他の王族だと、そういうことの選定時期も違うってことかな?
何にせよ、たかだか十歳の子供が、軍議に口出しをすることはできないし、したくない。
わたしの発した一言で、誰かが死んでしまう。その可能性があるだけでも、恐ろしいから。
戦争なんて、ない方が良い。でも、戦争特需という言葉があるように、それがあるから儲ける人もいるし、飛躍的な発展を遂げる技術もある。
前世なら、機械工学関係や、医療関係、そして武器類がそうだった。この国でも、この戦争で莫大なお金が動くんだろうね。機械工学については、分からないけど。
「ロザリア、やっぱりここにいた。もう少しで、会議の議事録が上がってくるよ。読むだろう?」
「お兄様。お手間をおかけ致しました、探してくださりありがとう存じます。今日の議題は、豊作だった穀物類の価格調整について、でしたよね?」
「そうだよ、よく覚えていたね。今日は僕が取りまとめを行ったんだけど、折衷案が決まるまで、大変だったよ。皆、自分の領地の利益を優先しようとするからね」
「領民の生活を思えば、仕方のないことではありますけれど……お疲れ様でございました」
「ありがとう。ふふ、ロザリアと言葉を交わしたら、疲れなんて吹き飛んだよ」
うん、十五歳になっても、お兄様のシスコンっぷりは変わってないな。
未来の王配であるお嫁さんとの会話も、八割がわたしのことらしいから、それはちょっと改めて欲しくはある。やめて! 義姉から疎まれるのは嫌!
ただねえ、お義姉様の話も、六割がわたしについてらしいから、今のところは疎まれ回避しているはず。
いや、何で二人揃ってわたしの話をしているの? 自分たちの話をしろ?
先月、国を挙げて盛大に挙式を執り行ったばっかりなのに、その八日後に開戦するなんて、二人も不運すぎる。リオングランデ王国、空気読んでよ。
空気読んだ結果が、王太子の結婚で浮かれている時に攻め込んじゃえ、だったのだとしたら、凄く性格が悪い。
アンナルデクス王国において、神とは記録である。
ゆえに、挙式でするのは神への誓いではなく、神への報告──婚姻記録の提出だ。
わたしからすると、婚姻届を役所に提出するようなものに思えるんだけど、この国ではこれが普通。前世でいうと、人前式が近いのかな?
特に王族の挙式では、国を守り、記録し、次代へ繋ぐという宣誓も行われる。これを行わないと、王位に就くことはできないらしい。
お兄様が結婚してからは、当然ながら共に過ごす時間は減った。
元々少なくはあったけどね。でも、やっぱり自分のお嫁さんを大切にして貰いたいし、前世の記憶があるからか、精神的にも安定していて、一人の時間が苦ではない。
今だって、王城にある文献保管室に入り浸っているし。
相変わらず外には出られないけど、前世でもインドア派だったから、外出しにくいことに対してストレスが溜まることはない。
色素の欠乏っていう、割と大きなハンデを抱えてはいるけど、他に体の不調はないし、むしろすっごい健康体。
ちゃんとご飯を食べて、ダンスレッスンや体力育成、筋力育成をして、湯船はないけど、体は毎日温かなお湯で洗ってから、夜はぐっすり眠る。
すぐに熱が出てしまう乳幼児の頃はともかく、今は風邪ひとつひかないから、体調不良で動けない、なんてこともない。
お母様たちも同じく、めちゃくちゃ健康。もしかして、遺伝もあるのかな? 病気に強い遺伝、もしそうなら、最高だね。
読み終わった本の片づけは、全部侍女さんに任せて、お兄様が参加した会議の議事録を読みに行こうっと。
わたしが直接会議に参加することは、法律で禁止されている。
正しくは、十五歳未満は一律参加できない、だけどね。これについては良い法律だと思うよ。だって、子供が海千山千の貴族たち相手に、上手く立ち回れって方が無茶振りだし。
でも、議事録を読むことは禁止されていない。
なので、お兄様が議事録チェックするようになった頃から、わたしも便乗して読ませて貰っていた。
今では、息抜きを兼ねてだろうけど、お兄様がわざわざ探しに文献保管室かわたしの私室まで来てくれるから、有難く好意に甘えるようにしている。
今日の議題、豊作だった穀物類の扱いについては、前々から王城へ報告が上がっていたと聞いているけど、ようやく根回しが終わって、最終決定の段階になったってことかな。
魔術っていう、わたしからするとファンタジーなものがある国だけど、万能というわけでもないみたいで、収穫物の時を止めて半永久的に保存! なんてことはできない。
でも、保存に適した温度維持や、湿度管理に使える魔術はあるから、それを利用した魔化製品で、割と長期保存ができる。
前世でいえば、魔化製品は電化製品に近いのかな。
「今年はどこの領地も豊作……良いことですが、保管庫は足りているのですか?」
「何とかね。戦争で消費量も増えるから、保管庫から溢れてしまうということはないよ。過去の記録と比べて見ても、来年は不作になる可能性は低い──むしろ、豊作が続くかも」
「わたくしも、お兄様と同じように思いました。気象条件と土壌条件も、二十四年前のものと酷似していますから、少なくとも来年の収穫量が大きく減少するとは、今の時点では考えにくいかと。ただ、戦争が長引けば、翌年以降の収穫量によっては、備蓄分を放出しなければならなくなりそうです」
「うん、僕もそう思う。軍議の方にも顔を出しているけど、戦況は常に我が国が優位を取れているようだから、このまま行けば十年単位で長引くことはないという見込みだね」
そっか、早期決着が可能なら、それに越したことはないよね。
ただ、現場が耳障りの良い報告だけをしているわけではないのなら、っていう条件がつくけど。
ううん、アンナルデクス王国は、記録の正確性についてめちゃくちゃ厳しいから、大丈夫だと信じよう。
それにしても、相変わらず議事録が分厚い。
毎度毎度、発言全部記録してあるのは凄いと思うよ。書記官が五人体制で作っているって聞いた時は、ちょっと引いたけど。五人って……まあ、ボイスレコーダーがないから、仕方ないのかな。
議事録をお兄様と並んで読むのは、一人で読み込む時と違った発見や、楽しさがある。
わたしとは異なる視点からの見方をしているから、目から鱗が落ちるって感じる時が結構あるんだよね。
勿論、意見が対立することもあるけれど、そういう時はどうしてそう考えたのかを、お互いに話すようにしている。
お母様とお父様は、基本的には聞き役に徹しているけど、たまに混ざってくれるんだよね。それもまた、楽しい。
議事録は、わたしが読んでも良いものが大半だけど、読ませて貰えないものもある。
軍関係のことは、ほぼ閲覧できないし、わたしも積極的に読み込みたいわけじゃない。
でも、治安維持系の議事録については、ちゃんと読むようにしている。どこかに降嫁するにしろ、そういう面の知識はあって困るものじゃないから。
客観的に見ると、十歳が国政に関わる議事録を好んで読むって、相当変だよね。
でも、奇特な人を見る目を向けられたことは、覚えている限りではなかった。むしろ、わたしを暗に指して、「白の子だから、そういうもの」って言っていた人もいた。
アンナルデクス王国では、アルビノの子は天才である確率が高いって認識があるみたい。それも、感覚的なものじゃなくて、ちゃんと統計が取られている。
アルビノでも平均的な人もいるし、魔術を使って強引に太陽光を遮断し、単騎で敵陣に突っ込み敵大将を引っ捕え、無傷で自軍に帰還したっていう、とんでもない人もいる。
後者に関しては、流石に話を盛ったのでは? って疑ったけど、多数の文献に同じ内容の記述があったから、本当のことらしい。
普通に引いた。敵陣に単騎特攻、手柄を上げて無傷で生還って、やべーやつすぎる。
まあ、ともかく、先人たちのお陰で、前世の記憶がある所為で普通の子供に擬態するのが難しいわたしでも、「白の子だから」で大抵のことは流して貰えるから有難い。
わたしは天才じゃなくて、ただ前世での積み重ねがあるだけなんだけどね。ま、天才も二十超えたらただの人って言うし、変な期待もされてないでしょ。
いや、されていたら困るから、ちょっと賢いのは子供のうちだけって思っていて欲しい!




