第3話:羽虫の声
大人しく本を読んでいれば、早々問題なんて起こらないでしょ、って露骨なフラグを建てた過去のわたし、反省してくれ。
いや、わたし自身に問題が降りかかったわけじゃないんだけど、ついうっかり、自分の陰口を聞いてしまったから、めちゃくちゃ気まずいんだよなあ。
お兄様主催、お茶会兼婚約者候補顔合わせ会、当日。
両親と主役であるお兄様は、朝から着替えや参加者名簿の再確認をしたりと、いつもより忙しそうだった。
わたしは、特にすることもないから、いつもの通り読書に励んでいたんだよね。三歳児だと、ペンも上手く握れないから、書いて覚える、なんてこともできないし。
朝ご飯を食べて、室内でできる運動をして、今日も晴天だから日光が眩しすぎるなんて思いながら、日陰になっているところで本を開いた。うん、ここまではいつも通り。
お茶会は庭園で行われるらしいから、外に出るにも一苦労なわたしが、うっかり会場に入ってしまうなんてことはない。
お兄様、今頃女の子たちに囲まれてるのかな。わたしのためにも、やばいタイプの女の子には引っかからないで欲しいよ、本当に。
専属侍女さんたちにお世話をされながら、ずっと同じ体勢で本を読むのは体に悪いし、廊下を歩いて散歩代わりにしようかな、なんて思ったのが悪かった。
いや、それ自体は悪いことではないし、今までもやってたんだけどさ。侍女さんと護衛さん引き連れて、廊下を練り歩く幼女っていう名物になってしまっているらしいけど。
わたしが散歩に使う廊下は、お茶会が行われている庭園からも入ることができる。
その所為で、お茶会参加者──お兄様の婚約者候補たちの、わたしに対する陰口をうっかり聞いてしまうという、事故が起きた。
庭園にはトイレがない。しかし、アンナルデクス王国では、そこら辺で排泄物を垂れ流すなんて不衛生なことは許されない。
そうなると、当然の流れで庭園から一番近い城内のトイレを、お茶会参加者たちは利用することになる。
で、まあ、トイレに女の子たちが複数人で集まった場合、何が起こるか──雑談ならまだ良い。しかしあろうことか、彼女らはわたしの陰口を言い始めたのだ。
危機管理能力低すぎない? ここ、端っことはいえ城内なんだけど。わたし、この城で生活しているんだけど。
仮にわたしに聞かれなかったとしても、城内には働いている人がそりゃあもう沢山いる。
その人たちが聞いてしまい、「あそこの家の令嬢が、王族の陰口を喧伝していた」なんて噂が広まる可能性もある。
八歳の子供に、そこまで思考を巡らせろというのは酷だから、親が事前に言い含めるべき事柄だろうに。
「──よね。やはり、貴方もそう思う?」
「ええ。第二殿下のお色、国王陛下とも王配殿下とも違って、まるで老婆のよう」
「王太子殿下は陛下と同じ、銀色の髪だというのに……第二殿下は、薄気味悪いわ」
「あら、そんなにはっきりと言ってよろしいの? 誰かに聞かれてしまうかもしれませんわ」
「まさか、立ち聞きするような不埒な者は、きっといませんわよ」
「それもそうね。ところで、貴方は──」
立ち聞きする不埒な者、いますけど。陰口叩かれた本人ですけど。
言葉遣いは大人顔負けだけど、声はまだ子供特有の高さがあるんだよね。だから、とてもよく聞こえちゃった。
まあねえ、言わんとすることは分かるよ。銀髪と金髪の多いこの国だと、白い髪が特異に見えてしまうよね。過去にもアルビノの子供が生まれたっていっても、総数はかなり少ないみたいだし。
でも、トイレとはいえ城内で、王族の一人であるわたしの陰口を堂々と楽しむのは不味いって。せめて声を抑えて、めちゃくちゃ聞こえてるから。子供の声って結構通っちゃうんだよ。
わたしはこの髪の色も瞳の色も気に入ってるし、紫外線と光に弱くて、視力も低いってこと以外不自由を感じていないから、何言われても「ふーん」で済むんだけど。
そのわたしの立場が、王族の一人ってことが不味かったね。子供だからっていう免罪符、今回に限っては使ってあげられないなあ。
「……殿下、この先には羽虫がいるようです。お引き返しを」
「あい。おかあさまたちに、おつたえ、します」
「かしこまりました。羽虫の名は控えておりますので、後ほどお持ち致します」
「うん。わたくしは、おへやで、ほんをよみます」
「新しい本を手配致します。殿下、こちらへ」
侍女さん、他家のご令嬢を羽虫呼ばわりですか。
わたしに仕えてくれている侍女さんや護衛さんたちは、古い伯爵家か公爵家を生家に持つ人たち。まあ、爵位を継いだ人以外は、貴族家生まれでも法律上は平民なんだけど。
それを言ったら、あのご令嬢たちも法律上は平民。わたしは王族なので、本来あのような場所で陰口を叩くことなど許されない。
とはいえ、慣例上は貴族に近い紳士、淑女扱いではあるらしいんだけど。
あのご令嬢たち、仲の良い女子グループみたいな感じなのかな?
陰口叩きたいなら、ご実家でやるべきだったね。城内でやるのは、勇気じゃなくて蛮勇。もっと言えば危機管理能力が低い。
前世だったら、まだ子供なんだから、で許されていたことも、この国だとそうはいかない。次期王であるお兄様の配偶者となるのならば、なおのこと。
国のトップの隣に立つのだから、生半可な覚悟では潰れてしまうだろう──約千八百年の歴史を持つ、アンナルデクス王国の王配という立場は、決して軽くはない。
第一、うっかり機密情報を漏洩してしまいました、ってことが起こりそうで怖い!
王族も貴族も、ちょっとした雑談や陰口も、時と場所と相手を吟味しなきゃいけないからね。こんなところできゃあきゃあ盛り上がっちゃうのはアウト。
それに、内容はともかく、陰口叩かれること自体は不愉快だし。
聞いていて気持ちの良いものじゃないし、さっさと引き返すことにしよう。
誰が言っていたのかは、侍女さんが控えてくれているらしいし……いや待って、どうやって控えたの? わたしの傍から離れてなくない? 透視能力ですか?
気になったからそれとなーく聞いてみたら、「他の者が、顔を確認しましたので」と返された。
他の者って、トイレの前には誰もいなかったんだけど……あー、これはあれか? ファンタジーあるあるの、身体能力お化けな暗部とかそういう感じの人たち?
なんか、そんな人たちが女子トイレの悪口大会に聞き耳を立てて、顔の確認までしたのかもって思うと、何とも言えない感覚になるなあ。
いや、お仕事に貴賤はない……ないけど、女子トイレの中にいるご令嬢たちの顔を確認したのが、女性であることを願っておこう。男性は絵面的にアウトだ。
その後は特に何かが起こることはなく、平和に読書を楽しめた。
侍女さんが用意してくれた本は、絵本の比率が多くはあるけれど、言語学習には最適だから、文句はない。
アンナルデクス王国、歴史が長いだけあって、言語も少しずつ変化してきたみたいなんだよね。日本語でいう、古文と現代文みたいに。
だから、絵本も原文と現代語訳の両方を持ってきて貰って、読み比べながら同時習得に励んでいる。
それにしても、この国では当たり前のように植物紙が使われているから驚いた。
古い書類や本は羊皮紙だったり、更に遡るとパ……パルピス? いや、パピルスだっけ? あれっぽいやつも使われていたみたい。
わたしに渡される本は、全部写本だけど。そりゃあ、三歳児に大切な原本を預けたりしないよね。
読めればそれで良いから、別に良いけどさ。大きくなったら、一回は原本を見てみたいな。美術館見学みたいな感じでさ。
「殿下、お茶会が終了したそうです。陛下方がいらっしゃいますので、ご支度を」
「あい。ほんは、こっちがよみおわってて、こっちはまだ。おかたづけ、おねがい」
「かしこまりました」
本当は自分でやりたいけど、三歳児が本棚に近づくのは危ないし、侍女さんたちの仕事を取ることになるから、我慢。こういうのも、早めに慣れないとなあ。
そういえば、侍女さんたち、わたしに対しての言葉遣いが大人に対するのとほぼ同じなんだよね。王族に対してだと、幼児相手でもこれが当たり前なのかな?
気にはなるけど、お母様たちに「侍女たちの言葉遣いが、幼児向けではないと思います」なんて言えるわけないし。
まあ良いか。別に問題があるわけじゃないし、言語習得効率面から見ても、幼児言葉をすっ飛ばしたとして、それによる損失は少ないはず。
この部屋にあるソファ、デザインは良いんだけど、わたしの背丈だと座面が高い位置にあって、乗りにくいんだよね。
よじ登ることもできるけど、それは流石にお行儀が悪すぎる。今は侍女さんに抱えて貰って座るようにしているけど、、早く一人で色々とできるようになりたい。
「ロザリア、入るよ」
「あい、どうぞ。おとうさま、ひとりですか?」
「ああ、二人はちょっとお話中でね。もう少ししたら来ると思う。今日は、何をして過ごしたんだい?」
「きょうは、ほんをよんで、おさんぽしました。おにわのちかくで、おにいさまの、こんやくしゃこーほの、おはなしも、きいてます」
「ほう……。どんなお話だったのかな」
あっ、これもう知ってるやつだ。
お父様、目が笑ってないんだよなあ。侍女さんか護衛さんから、わたしが自分に対しての陰口を聞いてしまったってこと、聞いてるでしょ。
元々庇い立てするつもりはなかったし、構わないけどさ。わたしは起こったことを、誇張も矮小化もなしで、ありのまま伝えれば良い。
「なるほどね。教えてくれてありがとう、ロザリア。そんな心ない言葉は気にしなくて良い、きっと君の美しい髪に嫉妬したんだよ。ここがどこかということも、頭から抜けてしまうくらいにね」
うっわあ、お父様ってば辛辣。
あの子たちはわたしに嫉妬したわけじゃないと思うけど、自分がどこで発言しているのか、ということを忘れていたんだろうってところには、賛成。
多分、お兄様と直に会えて、気分が舞い上がったんじゃない?
そのテンションのまま、仲の良いグループでトイレに行って、いつもの通りにお喋りに興じてしまった──っていうのが、わたしの推理。
前世でもいたもんなあ、態々トイレで悪口大会していた女子グループ。
ああいうことされると、こっちは用は済んだのに、個室から出にくいんだよね。早くいなくなってくれーって、何回思ったことか。
悪口言うのは勝手だけど、せめて他人の迷惑にならないところでして欲しいよ。今回のわたしのような、聞きたくもないことを偶然聞く羽目になる人もいるんだからさ。
ああ、また思考が変な方に行きそうになっちゃった。前世のことをはっきりと覚えている弊害かな。
それにしても、トイレで悪口大会開いていたご令嬢たち、お兄様の婚約者候補から脱落してそうなんだよね。
娘、妹の悪口を言われたからっていう私情もゼロではないだろうけれど、それよりも──一度口が軽いと判断されてしまったら、挽回は難しい。
仮にわたしがあの時陰口を聞いていなかったとしても、両親とお兄様の元へその情報は齎されたと思う。わたしが知るか知らないかだけの差だろうね。
城内だからこそ、ご令嬢だけを好きにうろつかせるなんてこと、この国の人たちはしない。護衛兼見張り役として、見えないところから動向チェックをしていた人がいたんだろう。
顔も知らないご令嬢たち、ご愁傷様です。王配への道はほぼ絶たれただろうけど、挫けずに頑張って欲しい。
「ロザリア!」
「おにいさま! おかあさまも、おはなし、おわりましたか?」
「勿論よ、待たせちゃってごめんね!」
「ごめんね、ロザリア。父上と待っていてくれて、ありがとう」
「あい。おつかれさま、でした」
お兄様、相変わらず顔が良いんだよなあ。ちょっとつり目がちな目尻も、ぱっちりおめめだから、猫っぽく見えて可愛い。
あっ、お父様、お母様に押し退けられて、ソファの端っこに……うん、よくあることだし、お父様はお母様に弱いから、仕方ないね。
わたしの陰口についての話は、後から合流した二人からは出なかった。きっと、お父様が聞き出す係だったのだろう。
好き好んで思い出したいものでもないから、少し有難い。
お茶とおやつを頂きながら、お茶会の様子を聞いたり、お兄様が気になった子はいないのか、なんてお話をする方が百倍楽しいからね。
この日以降も、不定期でお兄様主催のお茶会が開かれた。
その度に呼ばれるご令嬢の数が減っていることを、何となくだけどわたしも把握している。どんどん振い落しをしているんだろう。
わたしも、お兄様くらいの年齢になったら、婚約者候補選びをしなきゃいけないのかな。
うーん、まあ、今考えても仕方ないよね。その時が来たら、ちゃんと考えよう。




