第2話:コンセントのない世界
今日も今日とて、朝日が眩しい。なんなら、朝日以外も眩しい。
何回寝ても覚めても、わたしの記憶は消えなかった。服に染みついた血液くらい、しつこく残り続けている。薄まる気配もない。
こういうのってさ、自我が確立していくほど、前世の記憶を忘れていくもんじゃないの?
周囲に前世の記憶持ちだった人はいなかったから、テレビ番組で得た知識だし、間違いや誇張もあったと思うけど。
それにしても、覚えている期間、長くない? わたし、もう三歳だよ。
そもそも記憶って、古いものから忘れていくか、頭の奥底に仕舞われるものだと思っていたんだけどなあ。
でも、食事のためとはいえ、他人の乳房に吸いつかなきゃならないっていう、羞恥心でまた死んじゃいそうな時期を脱したのは良かった。
最初は、粉ミルク厳禁って人たちなのかな、って思ってたけど、違った。
粉ミルクが存在しないみたい。代わりに、母乳の出が悪い時は、お乳の出る女性を雇っているらしいのよね。乳母ってことかな。
このご時世で乳母とか、どれだけ時代錯誤なの?
そう思っていられたのも、少しの間だけだったなあ。首も座って、ハイハイができるようになってから、室内を歩き回った結果──コンセントが見当たらない。
マジでない、どこにもない。一部屋に一つ以上はあるはずのコンセント、どこにもないの、どういうこと?
電気ケトルみたいなやつ、コンセントなしでどうやって動いてるの? 充電式?
部屋の電気は、天井の裏側に線がある……はず。見た目控えめなデザインのシャンデリアだけど。いや、赤ちゃんの部屋にシャンデリアって、危なくない?
突っ込みどころ満載過ぎるんだけど、わたし以外、誰も不思議だと思ってなさそうなんだよね。当たり前に使っているし。
「ロザリア殿下、国王陛下と王配殿下がいらっしゃいます。ソファでお待ちください」
「あい、おでむかえ、します」
はいはい、ロザリアちゃんは良い子だからね、ちゃんとソファに座って待ってますよ。
三歳にもなると、わたしもだいぶ、この国の言葉を覚えることができた。時々イギリス英語とラテン語に引っ張られてしまうけど、三歳にしては、割と流暢に喋っている方じゃないかな。
そもそも、前世の記憶がある所為で、第一言語が日本語っていうのがキツイ。誰にも通じないし、この国の言語とは全く違うし。
あー、大学受験した時の、受験勉強地獄が蘇ってきた。
リスニングと記述問題は問題なかったんだけど、スピーキングがねえ。日本人の骨格と舌の長さじゃあ、ちょっと大変だったなあ。わたし、舌が短い方だったし。
英単語、発音しながらの方が覚えやすかったんだけど、その発音で躓くっていうね。
まあ、転生してからは、骨格も舌の長さも変わったみたいで、発音も楽になったけどさ。
にしてもなあ、まさか王族に生まれるとは、全く思わなかった。
最初に殿下って呼ばれた時は、聞き間違いか、こっちだと別な意味の言葉なのかなーって流しちゃったもん。
お姫様になりたーい、なんて願望は、変身ヒロインに出会った日にポイッとしたのに。
生まれ変わったら、どこかの国のお姫様でした、って、そういうのはフィクションの設定だから楽しめるものであって、マジでなりたいなんて思ってなかったのに!
ソファに座って待っている間、暇だなあ。わたしが年齢通りの子供だったら、お絵描きとかして時間潰すんだけど。
なんて思ってたら、お付きの侍女さんが絵本をそっと渡してくれた。めちゃくちゃ気が利く、ありがとう。
ちゃんとお礼を言いたいけど、彼女は仕事中だし、わたしは一国の王族の一人。簡単にありがとうっては言えないから、にこって笑っておく。
わたしが望めば、絵本から論文、果ては辞書みたいな本まで持ってきて貰えるんだけど、ゲーム機は渡されたことがない。多分、存在さえしてなさそう。
読書と室内探索に約一年半費やした結果、この国の名前と、簡単な成り立ちと、自分の名前、立場を知ることができた。
元海端さくらだったわたしは、現ロザリア・アルジェンティアという名前の幼女になっている。
アルジェンティアっていうのは、ミドルネームにあたるもので、ファミリーネームではない。
じゃあ、ファミリーネームは何かって話なんだけど、ないんだよね。
王族にファミリーネームはない、ってのが、この国──アンナルデクス王国の常識らしい。そりゃあそうか、前世の天皇家もそうだったらしいしね。
「ロザリア!」
「おかあさま、おまちしておりました。おとうさまも、おあいできて、うれしいです」
「あーん、うちの子本当に可愛い! 今日は何をしていたの? お母様に教えてくれる?」
「こらこら、ロザリアが潰れてしまうよ。絵本を読んでいたのかい? ああ、建国物語か。本当に好きだね」
「はい、おとうさま。おかあさま、きょうは、いつもより、ほんをよみました。まじゅつりろんの、きそです」
「三歳で魔術理論の基礎について、独学で学ぼうとしているのか……相変わらず、凄い成長の速さだ」
新しい両親は、式典や他貴族の前では、とても威厳のある王と王配らしいんだけど、自分の子供の前では、ちょっと子煩悩な人たちという感じなんだよね。
お母様の方が王、お父様の方が王配。
性別関係なし、長子継承が原則らしいアンナルデクス王国では、女性の王でも女王という呼び方はしないみたい。
後々、詳細に学ぶんだろうなあ。王族が自分の国の法律とか慣例を知らないの、かなり問題だろうし。
ところで、お母様は銀髪緑眼、お父様は金髪緑眼の美人なんだけど、わたしは白髪紫眼──所謂アルビノらしい。
まだ幼女なのに、おっそろしいほどに整った顔と、まつ毛の先まで真っ白な体毛を最初に見た時は、ひっくり返るかと思った。
女のわたしでも、いや、女のわたしだからこそ分かる。この顔は、ヤバい。可愛いより先に美しいって単語が浮かぶ幼女、将来はとんでもないことになっちゃうわ。
上手く立ち回らないと、男を誑かす悪女みたいなイメージがついちゃうかもしれない!
わたしは現在三歳だから、本格的なマナーレッスンとか、王族教育は受けていない。そういうのは、五歳くらいから始まるらしい。
だから、五歳までは王族の子だとしても、割とのびのび過ごせる。良いことだよね、小さい時は、遊ぶのが仕事みたいなものだし。
でも、わたしは外で走り回ったりできないんだよね。色素がめちゃくちゃ薄いから、紫外線に弱くって。
この国──アンナルデクス王国は、中世から近世くらいのイギリスっぽい文明レベルなんだけど、全く同じというわけでもなさそう。
主にトイレ事情とか、お風呂事情とか、食事関係とか。前世の並みってわけじゃないけど、ギリギリ耐えられるレベルだったから、本当に良かった。
糞尿を窓から捨てるとか、お風呂には入らないとか、そういう中世の暗黒面がないって最高!
アルビノ──先天性色素欠乏症の原因に、この国ではまだ辿り着いていないみたい。少なくとも、わたしが読んだ本の中には書いていなかった。
でも、太陽の光に弱いことと、光を眩しく感じやすいことについては、皆理解しているみたい。王族にも何人かアルビノの子供が生まれたらしいし、何より迫害や信仰の対象じゃなくて良かった!
アンナルデクス王国、記録魔かよってくらい、何でもかんでも記録に残すみたいなんだよね。
初代王の日記さえも当たり前に残っていて、しかも読んで良いらしいのは、流石にびっくりした。原本じゃなくて、写しの方ではあるんだけど。
わたしが読みたいなーって言ったら、「殿下には、まだお早いかと……」って苦笑されの思い出した。
初代王、日記に何書いたの? 幼児に見せられないもの?
「ロザリア、与えた本は全て読んでしまったと聞いたわ。他に欲しいものはある? 玩具でも、本でも、ドレスでも、何でも良いわよ」
「それとも観劇をするかい? 劇団を呼ぼうか?」
おおっと、気が逸れてしまってた。
お母様とお父様、わたしを撫でくり回す時、無言でにこにこしてるから、つい同じように黙っちゃうんだよね。
それで、えーっと、欲しいものかあ。今のところは本一択かな。
玩具を渡されても、正直本物の幼児みたいにキャッキャ遊べないし、ドレスなんてすぐ成長して着れなくなるんだから、今のところは間に合っている。
貴族や国民の前に出る時は、毎回新しいドレスを着るんだけど、普段着は着慣れたものが良いんだよね。
ドレスはある程度背が伸びてからで十分、外で走り回ることもしないし。
観劇は遠慮します、まだじっと座ってるのキツイ!
「わたくしは、あたらしいほんが、ほしいです。あと、おかあさまと、おはなをみたいです」
「あーん、可愛い〜! 勿論よ、ロザリア! お母様とお花を見ましょうね。本は何が良いかしら、貴方は賢いから、どんなものでも読んでしまいそうよね」
「ロ、ロザリア……お父様とは? 一緒に何か、したいことはないのかい!?」
「おとうさまとは、んと、おにいさまと、おうまではしるところを、みたいです」
やべ、忘れてた。お父様、のほほんとしていて優しいから、わたしもついパワフルなお母様に気を取られちゃうんだよね。
でも、お父様としたいことってあんまりないし。強いて言うなら、馬で駆ける姿が格好良いから、見たいなーってくらい。
王太子であるお兄様と並んで馬で走るとこ、何回見ても飽きない。
そういえば、お兄様はどうしたんだろう。
いつもはお母様たちと一緒に会いに来てくれているんだけど、今日は姿が見えない。
お母様に似た顔立ちのお兄様、見目麗しくて眼福なんだけどな。
「おかあさま、おとうさま。おにいさまは、おべんきょう?」
「アルベリウスは、お茶会の準備中よ。三日後は、あの子の婚約者候補たちと最初の顔合わせですもの」
「こんやくしゃ、こうほ。おかあさまとおとうさまは、じゅんび、しなくて、いいんですか?」
「勿論、私たちもするよ。でも、まずはアルベリウスが、どういう指示を出して場を整えるのか、やらせてみるんだ。間違っていたり、もっとよく出来るところは、明日私たちが教える。王になるための、勉強の一つだよ」
「ロザリアも、大きくなったら、お茶会の主催をしなければならないのよ」
「あい、わかりました」
お茶会かあ。アフタヌーンティーで女子会、みたいな雰囲気じゃないよね。
お兄様の婚約者候補が一堂に会するって、絶対女の子たちの間で火花飛び散るやつじゃん。こっわ。
話の流れから察するに、お茶会にはお母様とお父様のチェックも入るんでしょ? わたしなら、絶対に参加したくない。
男性一対女性多数の非対称お見合いパーティー、想像しただけで恐ろしいもん。裏で蹴落とし合いとかありそう。
でも、わたしも将来的にはお茶会の主催をしなきゃいけないのかあ。
最初はお茶会から始まって、最終的には晩餐会の主催もするんだよね?
前世でさえ、主催者の娘としてパーティーに参加したことはあるけど、主催したことはない。
万が一失敗したら、貴族たちの間でどんな噂が広がるか、分かったもんじゃないな。
中世辺りのパーティー事情なんて、全然知らない。お茶会もアフタヌーンティーくらいしか分かんないし、それだって日本人が自分たちに合うように魔改造したやつだし。
そもそも貴族社会についての知識が、まだまだ少ないんだよね。
こればっかりは、何年もかけて覚えていくしかなさそうなんだけど……無意識のうちに、前世でやってた癖とか出そうで怖い!
お兄様──アルベリウス・ルクレアは、わたしの五つ上の八歳。
ルックス良し、頭も良し、運動神経も良し、性格も良し、家柄も良しっていう、超優良物件。ただし、かなりのシスコン。
女を見る目があるのかは分からないけど、やばそうな女の子には一目惚れをしないでくれ。わたしの死亡率が上がってしまう!
古今東西、男も女もやべーやつに惚れ込んだ末、国を傾けてしまい、本人たちだけでなく親族も処刑されたっていう実話、知ってるんだからね! その所為で怖さ倍増!
齢三歳の幼児には、祈ることしかできないので、お兄様と両親の女を見る目に期待しておこう。
今のわたしにできることといえば、こうして雑談しながら言語を学び、本から知識を得ることくらい。
幸いにも、家族は三歳の子供が魔術理論基礎や、文献、論文などを読み漁っていることに対して、不信感を抱いてはいないみたい。これはラッキーだと思って良いよね?
魔術について書かれた絵本を最初に読んだ時、「子供向けの童話によくいる、魔法使いね」って流したんだけど、この国にはマジで魔術師がいるって後から知って、凄くびっくりしたなあ。
本によると、魔術は何でもできる魔法っていうよりは、技術系統っぽい。
魔力っていう、めちゃくちゃファンタジーな力を使う癖にね。
魔術については、本を読む以上のことをしてはならないって、何度も言い含められている。
過去に、好奇心の赴くまま、幼い子供が魔術を使おうとして──家と家族を巻き込み、大爆発を起こして一家全員死亡、周囲にも甚大な被害を与えたっていう実例があるから。
そりゃあ、子供には実践禁止にするよね。同じことが起こったら、とんでもない。
そんなわけで、魔術については知識を蓄えるだけ蓄えて、実践はもっと大きくなってから、という取り決めを家族としている。これは、お兄様も同じ。
ああ、また思考が脱線していた。えーっと、お兄様のお茶会ね。
お茶会には、わたしは参加しないで良いみたい。
まあ、三歳だし、お兄様の婚約者候補決めるためのお茶会なんだから、妹がいても、ねえ。
紫外線にめちゃくちゃ弱い体だから、外を散歩するのも難しい。かといって、幼児用玩具で楽しく遊べる精神年齢でもない。
もう数年、大人しく読書三昧していよう。
読み物には困らないくらい、本も文献もあるみたいだし。変なことしていなければ、早々問題が起こったりもしないでしょ!




