第17話:神殿という窓口
太陽も昇りきらない夜明け頃……なんだけど、もう既に分かる。今日はとても天気が良い。
雲が一切ないし、風読み──前世だと気候予報士が近いかな。その人たちもよく晴れた一日になるって言っていたから、雲が流れてこない限り、晴天はほぼ確実。
アンナルデクス王国の王都では、どんなに晴れても薄ら雲がかかっている日が多かったけど、マレディウム大公領の晴天は本当に雲一つない青空なんだよね。
うん、それ自体は良いこと。良いことなんだけど……わたしにとっては、天敵の紫外線と光を少しでも遮ってくれるものがないってことだから、素直に喜べない!
でも、「晴れたから予定を変えます!」なんてことはできないから、予定通り孤児院の視察に行かなきゃ。
基本的には屋内にいる予定だから、窓から差し込む陽の光に注意さえすれば、特に問題はないはず……なんか、吸血鬼みたいな注意事項だなあ。
そういえば、転生してから吸血鬼モノの娯楽小説だけじゃなくて、そういった伝承を聞いたことも読んだこともないな。
吸血鬼っていう概念が存在しないってことか、アンナルデクス王国には伝わっていないだけか……それとも、実際にそういった種族がいる? 魔力とか魔術があるなら、人間以外の種族がいても不思議じゃないし。
なんて現実逃避は程々にして、朝ご飯を食べたらいつも通り中庭に出なきゃ。
領民の声を聞くのは領主の仕事──罵声を浴びせられたのも、あの一回だけだったし、あの時の女性については、取り調べが終わって調書が上がってくるまではわたしが動く必要はない。
そういえば、被疑者の食事とか牢屋の環境って、どうなっているんだろう。アンナルデクス王国だと、被疑者の段階では心身共に被害の出る扱いをすることは、法律で禁じられているんだよね。
リオングランデ王国の法律でも、大体同じだったはずだけど、それが守られているかは領地によるらしいし。
税収関係の書類仕事が終わってから、そっちの確認もしておこう。わたしの体は一つしかないから、何でもかんでもやれるわけじゃないし、今はもう執務官さんたちも手一杯みたいだしね。
なんて頭の片隅で考えていたら、もうお昼ご飯の時間になっちゃった。
時間が経つのは早いなあ。ちゃんと領民の話も聞いたし、会談も恙なく終えたし、書類仕事も予定の時間内で終わったから、問題なし。
大公領の執務官さんたちは、若手も多いけど、皆優秀だから助かってる。わたしが内容のチェックをする前に、彼らが書類の不備があった時は差し戻してくれるから、その分の手間が減るんだよね。
よーし、お昼ご飯食べて、食休みをしたら、予定通りに孤児院へ訪問だ。
「殿下、お食事を終えられましたら、食休み後、お召し物を変えさせていただきます。お色は如何致しましょうか」
「色は、派手なものでないものが良いわ。白と黒も避けて頂戴、濃い青のものはあったかしら。あればそれを、なければ任せます」
「濃い青でしたら、深みの強い外出着がございます。では、そちらに合わせてお化粧も整えさせて致します」
「ええ、頼みました。わたくしに似合うお化粧は、わたくしよりも皆の方が詳しいもの」
「勿体なきお言葉でございます」
いや、本当に。わたしよりわたしの顔のパーツを把握しているし、似合う色味と似合わない色味を一瞬で見分けている疑惑もあるレベルのプロだよ。
今日の食休みのお供は、ストレートティーに蜂蜜を少し入れたもの。外に出る前は、これを飲む習慣をつけているから、自然と外に出て仕事をするっていうスイッチが入るようになってきた。
孤児院訪問に同行するのは、侍女さんと護衛さん、あとはルシオ卿。彼を領民と接触させるのは、まだ双方の心情的に早いかなと思っていたけど──本人の希望だし、同行させて困ることもないし、彼だからこそ気づくこともあるかもしれないから、悪手ではないはず。
訪問先の孤児院がある神殿は、領都マレディアの中にあるから、寄付も集まりやすくて比較的安定した運営ができているらしい。
領都外の孤児院を訪問する方が、孤児に対する扱いのより全体的な雰囲気を掴みやすいんだろうけれど、わたしの気分で突然数日領都から離れる、なんてことはできないからなあ。
魔力があっても、一瞬であちこちを行き来できるわけじゃない。基本的に移動は徒歩か馬車だから、自動車や列車なんて望むべくもないしなあ。
ああでも、列車に関しては、魔力を動力として動く魔導列車の研究と開発がされているんだっけ。二年前に読んだ論文では、実用化にはまだ暫くかかりそうな感じだったけど。
さーて、着替えも終わったし、お化粧もヘアメイクもして貰った。
あとは馬車に乗り込んで、神殿まで移動。着いたら寄進をして、神殿長と孤児院長と面談。それが終わったら、孤児たちの姿を眺めて帰る感じだね。
前世では、児童養護施設に寄付はしても訪問をしたことはなかったし、王都にいた時は準成人の十五歳に達していなかったから、今世を含めても初の孤児院訪問。
礼儀作法って、いつも通りで大丈夫だよね? なんか神官特有の作法とかないよね? 調べた限りではなかったけど、暗黙の了解に関しては明文化されていないと分からないから、もうどうしようもない。
大丈夫ってことにしよう。そもそもわたしは大公であって神官ではないんだし、神様にも仕えている人にも失礼なことしなければ問題ないよね。
「本日は、お忙しい中御足労頂けましたこと、心より御礼申し上げます。麗しき白百合の大公殿下、どうぞ中へお進みください」
「出迎えご苦労さま、神殿長。面談の前に、神像へ案内して頂戴。わたくしも、祈りを捧げます」
「……! かしこまりました。我らが三柱の神像は、神殿の奥にございます。こちらへ」
領都内とはいっても、案外広いから馬車で移動しても少し時間はかかる。街中では、馬を歩き以上の速度で走らせてはならないし。
で、着いた神殿は、リオングランデ王国らしい優美さを兼ね備えながらも、荘厳な建物──わぁお、写真映えしそう。
外で出迎えてくれた神殿長、思ったより若いなあ。神殿では、男女問わず信仰心が厚く能力の高い者が、神殿長に選ばれるんだっけ。
アンナルデクス王国には、神殿っぽいものはあっても、神像はないんだよね。神に祈る場所じゃあなくて、記録を保管して置く倉庫って感じの使い方しているし。
神とは、記録である──それがアンナルデクス王国における信仰だから、当たり前といえば当たり前なんだけど。
馬車を降りてから、神殿内までの距離だとしても、絶対に日傘の影から出ないように気をつけなきゃ。
それにしても、見れば見るほど真っ白で立派な建物。あっ、太陽光が反射して眩しい。眺めるのも程々にしておこう。
今のところ、子供たちの声は聞こえない。孤児院は神殿の本殿から離れた場所にあるらしいから、聞こえるほど大声を出していないだけかな。
子供たちの無邪気な遊び声を聞くの、結構好きなんだけど……大公が来るからってことで、静かにさせている可能性もあるか。
扉の蝶番から音がしなかったから、よく手入れをされているのかも──ああ、凄い。壁画から天井画まで、一枚の美しい絵が彩っている。
神像の奥にあるのは、ステンドグラスかな。マレディウムは、海に囲まれた島だから、ガラスの製作技術が発達しているのかも。
あ、神殿長は着いてこないのね。わたし一人で先に進んで良いなら、そうしよう。何があっても対応できる位置に、侍女さんと護衛さんたちにいて貰うけど。
リオングランデ王国で信仰されているのは、三柱の神。
天に座す秩序と戦いの神──中央にある、王冠を被り切っ先を下に向けた剣を持つ中性的な神像。
海に眠る破壊と生命の神──向かって右側にある、胸の前で手をクロスさせ目を閉じた女性の神像。
地に満ちる記憶と死の神──向かって左側にある、本を手にして視線をそこに向けている男性の神像。
わたしはアンナルデクス王国の大公。故に、祈る時でも国王陛下以外に膝をついてはならない──我らが神は、記録。記録に膝をつくことはないのだから、神にもつかない。
リオングランデ王国の三柱の神に対しても、わたしがすべきことは変わらない。
両手を組み、瞼を閉じて、心の中で祈る──マレディウムの地に、永らくの安寧が齎されんことを。
……よし、これで終わり。あとは粛々とした様子で神殿長の元へと戻ったら、予定通り会談をしよう。
場所は貴賓室かあ、これまでも貴族を相手にすることがあったのかな? 調度品は質素すぎず華美すぎず、丁度良い塩梅に見える。
あ、上座に座るのね、はいはい。他の皆は背後に控えて貰って、部屋の入口にも護衛さん二人に立っていて貰おう。
ずっと無言なルシオ卿は、神殿に来たことがあるのかな。うーん、少なくとも神殿長とは交流がなさそう? お互いに無言だし、アイコンタクトをしている様子もなかったし。
まあ、個人的な交友関係にわたしが嘴を突っ込む必要もないから、会談の方に集中するとしよう。
「神殿長、忙しくしているでしょうに、時間を用意してくれたこと、嬉しくてよ。この神殿には、よくわたくしの民たちも訪れているのかしら」
「勿体なきお言葉でございます。ええ、神の元へ祈りにいらっしゃる方は、日毎に顔ぶれが変わりますが、いらっしゃいます。私共が彼らの悩みごとを聞くこともありますが、多くの方は、祈りを終えられたあと、暫く神像や壁画を眺めてからお帰りになっておりますよ」
「そう。確かに、天井まで届く絵画は見事でした。神像も、とても美しいと感じたわ。祈りを終えたあと、静かな時間を過ごすことで、心の整理をしているのかもしれませんね」
「心の整理……確かに、殿下の仰る通りかと存じます。私共は神に奉仕することが役目ですから、訪れた方々より望まれた時のみ、お話を窺うに留めておりますので」
「貴方たちに話すことで、整理をしている者もいるでしょう。その行いは、善いものです。悩みごとの内容によっては、領主に話すという道もあるのだと伝えてもよろしくてよ」
「まあ……! かしこまりました。では、悩みごとによっては、そういった道もあると伝えさせていただきます」
うん、是非ともそうして欲しい。神殿で溜まった不安や不満を吐き出して、心を落ち着かせるにも限界があるだろうからね。
行政として支援できることがあるかもしれないし、そういったものを必要としている人の存在を知るということが、今のわたしたちには必要不可欠だから。
困っている人がいて、困りごとがあることをこっちが把握できない限り、支援策を考えることもできないもん。
雑談を交えながら話した感じ、神殿長は本当に良い人みたい。
神に仕えることを喜びに感じていて、一方で時折受ける相談事には真剣に考えて応えている──事前に確認した帳簿も不自然なところはなかったし、領都の神殿は健全に運営されていると、今のところは判断しても良さそう。
わたしの横に控えているルシオ卿の顔にも変化はないし、神殿長がルシオ卿に対して声をかけることもない……のは、領主がいるのに、その部下に声をかけるのは憚られるからってのもあるのかな?
前領主が神殿とどんな風に付き合っていたか、事前に聞いておけば良かった。すっかり忘れてたけど、まあ、後で聞けば良いか。
同席している孤児院長は黙ったままだけど、焦りから沈黙しているというよりは、単純にわたしと神殿長が話しているから、横入りしないようにしているだけっぽい。
神殿の運営資金についてや、この頃の周辺地域の治安について、他にも色々話はしたけど、マレディウムがアンナルデクス王国に接収されたことによる影響はさほど大きくないそうだし、本命は孤児院の方だから、そろそろそっちに話を移そう。
戦争孤児が生まれたことによる、財政面での問題がないか──孤児たちの扱いがどうなっているのか、しっかり確認しないとね。




