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大公ロザリアの領地運営録  作者: 白瀬 いお
第1部:接収領地の大公

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第18話:腹を満たす正しさ

 孤児院も神殿と同じ敷地内にあるとはいえ、直通の通路があるわけじゃないのか。

 せめて渡り廊下みたいなものがあれば、一度外に出て日傘を差して移動っていう手間が減ったのに。

 まあ、ないものは仕方がない。神官さんたちも特に不便を感じている様子はないし、祈りに来た人と孤児たちが不用意に接触しないようにっていう配慮もあるのかもしれないから、わたしがどうこう口出すものじゃないか。

 移動中、神殿にあるものをちょいちょい解説してくれるのは、神殿長の親切心かな? 無言で歩くっていうのは、何となくちょっと気まずいから助かる。


 あー、良い天気。太陽の光が当たっている建物が、一層眩しく感じる。神殿が白を基調としているから、余計反射するんだろうなあ。

 瞬きをゆっくりして、少しでも目にかかる負担を減らしておこう。子供たちの様子をちゃんと見たいから、今目を痛めるのは良くないし。

 それにしても、神殿の裏手までちゃんと手入れされているんだなあ。じっくりは見れていないけど、雑草が生い茂っている様子はないし、目立つほどの汚れも見つけられない。

 白って汚れが目立つもんね。壁の汚れ落としは、魔術を使っているのかな? ホースはないけど、魔術を工夫して使えば高圧洗浄機っぽいことも出来るからね。


 で、ここが孤児院の建物か。神殿と同じ敷地にあるから、ある程度の装飾が施されてはいるけど、思ったよりシンプルな作りっぽい。

 二階に子供たちの部屋があるのかな、眩しくてあまり見えないけど、大人よりも小さな人影っぽいものが動いている気がする。

 今のところは子供たちの姿はないけど、微かなざわめきは聞こえる……扉の向こうに集まっているのか。あ、扉を開くのは孤児院長の仕事なのね。


「この先が、孤児院です。……孤児たちは、まだ子供で、礼儀作法にも明るくはありません。大公殿下に無礼な振る舞いをしないようにと言いつけてはありますが、その……」

「子供ゆえの好奇心を抑えられず、わたくしを凝視する可能性があるのでしょう? そのことについては、事前に言い伝えた通り不問とします。軽口も、ある程度ならば大目に見ましょう」

「ありがとう存じます。大公殿下の寛大なお心は、我らが海の神の如きものと、皆に語り聞かせます」


 別にそんなことはして貰わなくても良いんだけど……いや、イメージ戦略的にはありかな。大袈裟に広められなければ、っていう前提で。

 この先に子供たちが──孤児がいる。前世も今世も家族に恵まれたわたしには、孤児の悲しみや辛さは分からない。でも、彼らを守るための制度を用意することはできる。

 そのためには、孤児がどんな生活をしているのか、不足しているのは何か、知らなきゃいけないからね。

 目でルシオ卿に合図して、それを受けたルシオ卿がまた孤児院長に合図っていう手間をかけてから、扉が開いた。


「大公殿下がいらっしゃいました」

「──神殿の子らよ、わたくしは、この地を治める大公。ゆえに、子らはわたくしの子でもあります。さあ、顔を上げなさい」


 扉の向こうで、全員が頭を下げているとは思わなかったんですけど!

 えっ、わたし、そんな指示出してないよ? ルシオ卿もちょっと困惑しているっぽいし、絶対神殿側が好意でやらせたよね?

 とりあえず、顔を上げて貰おう。栄養状態とか、顔色とか、表情とかを見に来たっていうのに、頭を下げられていたら旋毛しか見えないし。

 ──ああ、頭を上げる動作がぎこちない子たちが、戦争孤児かな。父を失い、母を失い、庇護する者が戦争によりいなくなってしまった子。


 今のところ、子供たちから敵意は感じない。視力が弱い所為でよくは見えないから、肌で感じる空気感から判断した結果だけど。

 ただ──わたしじゃなくて、ルシオ卿を睨んでいる子がいるのは、気になる。子供たちの中では年高に見えるけど、前領主が子供を雇っていたという話は聞いていないし、何より彼が子供と触れ合う時間があったとは思えない。

 考えられるのは、前領主の命令で親が戦争に向かって亡くなったから、その恨みを前領主の弟であるルシオ卿に向けざるを得なくなっている、とか?


 でも、ルシオ卿は仕事に忙殺されていたようだから、子供の目に入る場所に立つこともなかったらしいし、そもそもわたしが着任するまでヴェントルフ城からほぼ出なかったという彼の存在を、子供が知っているものかな。

 うーん、考えても分からない。今のところは睨んではいるみたいだけど、何か行動を起こす様子はなさそうだから、保留にしておこう。

 あとでルシオ卿と孤児院長に心当たりはないか、聞けそうなら聞くって感じで良いかな。


 子供たちは──やせ細っているわけではなさそうだけど、線の細い子が多い。

 顔色は、緊張している子もいるみたいだから、あまり参考にはならないかもしれないけど、とても悪い子は見える範囲にはいなさそう。

 服も質素なものではあるけど、特別汚れているわけでもないし、悪臭がするわけでもない。

 事前に孤児院長から、貧困に喘ぐほどではないって聞いてはいたけど、この様子だとお腹いっぱいに食べられているというわけでもなさそうかな。

 ただ、それは孤児じゃなくても──平民の中でも、お腹いっぱい食べられる子と食べられない子がいる。

 ここで孤児だけ支援すると、孤児院に対して不平不満を抱く人がいるかもしれないから、安易な施しは良くないな。


 孤児院の中で最も年高という女の子と、雑談混じりに話をしたけど、やっぱり一日の食事量は前よりも減っているらしい。

 衛生管理緊急措置法に従い、可能な限り体を洗ってはいるし、衣服も洗濯しているようだけど、以前より──戦争前より、生活環境は悪くなっているのか。

 やっぱり、去年組まれた孤児院に対する予算では不足しているみたい。戦争孤児の数が、想定よりも多かったのかな。

 親が戦地で死ななくても、戦争の煽りを受けて亡くなった場合、遺された子供も戦争孤児だからね。


「あ、……あの、領主様。その、ぶれいだと分かっています。でも、お話を、聞いてもらえませんか!」

「……っ、も、申し訳ございません、大公殿下! この子は──」

「許しましょう。神殿の子、この場での発言を許可します。しかし、これは一度きり。次からは、順序に従うように。そして、今貴方の代わりに頭を下げた孤児院長に、きちんとお礼を言いなさい」

「あっ、ありがとうございます! 孤児院長、ごめんなさい。ありがとう!」


 本当はいくらでも聞いてあげたいんだけど、公務として来ている以上、取れる時間は限られている。

 元々この女の子からの質問は、予定になかったこと。その分時間が押してしまうだろうけど、少しならあとでどうとでも調整ができるからね。

 こういう例外が当たり前になったら困るから、釘は刺しておくけど。孤児院長の顔色は青くなっちゃったし、神殿長も叱ろうと口を開きかけていたから、わたしが帰ったあとに怒られるかもしれないけど……そこまでは面倒を見れない。


「領主様、あたしのお父さんは、戦争で死にました。お母さんは、体が弱いのに、あたしのご飯のためにたくさんはたらいて、死にました。あたしたち、戦争こじがここに来たから、元々いた子たちのご飯が減りました。あたしは、まだはたらける年齢じゃないです。皆のご飯を奪ったのに、なにも返せていません。あたし、あたしは……ご飯は、どうやったら増えますか?」

「──……」


 いや重い。わたしも、転生してからまだ十五年しか経ってないんだけど。前世の記憶があるから色々耐えられているけど、普通の十五歳が受ける相談にしては、かなり重いよ。

 でもなあ、小さい子供にとって、数年先に生まれているだけだとしても、凄く見えちゃうものなんだよね。

 そこに領主っていう肩書きが乗れば、なお凄い人って思われてしまうのも、分からなくはない。

 で、ご飯が足りない問題ね。ううん……手っ取り早いのは食材を寄進することだけど、それだと孤児院だけ贔屓していると思われかねない。


 かといって、このまま来年度の予算が決まるまで放置すると、栄養失調になってしまう子が出てくるかもしれないよね。

 他の戦争孤児と思われる子たちも、年齢が上になるほど気まずそうな顔をしているし、これは日頃から自分たちのご飯を減らしているな? 他の子よりも細い子が多い。

 基本的に予算は予算、足りなくなることも往々にしてあるから、臨時予算を組むことはできる。

 ……あ、ルシオ卿の顔色が悪くなっている! 戦争孤児の姿を見たのって、やっぱり今日が初っぽい。

 この子たちの親を戦争に送り出したのは、前領主──でも、実務を一手に担っていたのは、ルシオ卿。これは多分、自責の念に駆られているな。あとでフォローしなきゃ。


「今年孤児院に渡すお金の額は、もう決まっているの。それを今から変えることはできません。──ですが、健康に支障が出ている、つまり食事が足りていないのは、良いことではない。これは分かりますね?」

「うん、あ、っはい!」

「なので、足りない分のお金を追加で孤児院に渡します。そうすると、孤児院長が食材を買えるようになるの。お金を渡すには、ここにいない人たちともお話をする必要があります。だから、今日すぐに渡すことはできません」

「……はい、そう、ですよね」

「今日、すぐにというのは、難しいです。ですが、できるだけ早く、皆がきちんとご飯を食べられるようにすると約束しましょう。──今日からその日までは、別な方法で支援をします。どうするのかは、神殿長と孤児院長と話しますから、どうしても知りたいのなら、二人へ聞きなさい。ただし、無理に聞き出そうとしてはいけません。言えない、と言われたら、それ以上は聞かないこと。できるわね?」

「っはい! ありがとうございます、領主様!」


 ルシオ卿に目配せをしたら、まだ顔色は悪いけど頷いてくれたから、わたしの意図を汲み取ってくれたはず。

 臨時予算を可決するまでは、神殿で炊き出しをする。

 この視察の日時が決まる前には、炊き出しを行うことは決まっていたんだけどね。こういうのは、事前に手を打っておく方が良いし。

 根本的な解決にはならないけど、できることからやっていかないと。制度を整えるから待っていてくれと言って待っていられるのは、余裕のある人だけだから。

 一時凌ぎではあっても、あるのとないのとでは大きく違う。凌いでいる間に、本格的な支援体制を整えなきゃね。


 炊き出しの費用は、わたしのポケットマネーから出しておく。臨時予算も無限にあるわけじゃないし、他にも必要になる時があるかもしれない。

 万が一に備えて、予算には余裕を持たせておこう。既に領内にいる治安維持兵さんを動かして、各神殿と協力して炊き出しの対応をして貰えるように根回しは終わっているしね。

 この費用は、名目上寄進だから、回収はしない。

 飢えた人たちが暴動を起こすかもしれないなんて、考えたくもないし。それで反乱まで繋がったら、目も当てられない!

 それなら、今のうちに多少の出費には目を瞑って、慈善活動をする領主っていうイメージを持って貰った方が良い。


 こちらをキラキラした目で見てくる子供たちを騙しているような気がして……いやいや、騙してない。余計なことを言わないだけ、嘘は言っていない。

 あの子以外は子供たち側から声をかけてくることはなく、予定の時刻通りに視察は終了。

 神殿長と孤児院長に見送られて馬車に乗り、ヴェントルフ城へ帰城──はー、緊張した。罵詈雑言浴びせられなくて良かったけど、別な馬車で戻ってきたルシオ卿のメンタルケアもしないと。

 でもなあ、こういう時ってどう言えば良いんだろう? 恨みを買った人への励まし方なんて、わたしには分からないし。

 とりあえず、ルシオ卿も甘いミルクティーが好きみたいだから、お気に入りのミルクティーに蜂蜜を多めに入れたものを飲ませよう。

 本人が話したいなら聞くし、話したくなさそうなら聞かない。でも溜め込んで悪い方に向かいそうなら、個別に面談かな。

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