第14話:地に足をつける
王侯貴族の一日って、優雅に自由に過ごせるってわけじゃないけど、丸一日ずっと仕事をしているってわけでもないんだよね。
夜明けくらいに起床して、執事さんから一日の予定を聞いて、朝ご飯を食べる。その後ヴェントルフ城の中庭に移動し、領民の話──訴えや困りごとなどを聞く。
それが終わったら、予定内の会談を済ませ、執務室で書類仕事を片づける。
お昼は自室でとって、食休みをしたら、午後からは手紙の返事を書き、領地や国内外で起こったことを詳しく確認し、色々な人と会合……日によって大きく違うから、一概には言えない。
夕方以降は、身内との晩餐会──夕食をとってから談笑したり、娯楽を皆で楽しんだりするんだけど、わたしにとってはこの時も完全に気を抜けるわけじゃないんだよね。
身内とはいっても、血縁者を指すわけじゃないし、譜代の家臣がいるわけでもない。だから、正しくは身内候補……味方になる人の見極めも兼ねなきゃいけなくて、地味に大変。
正真正銘一人でのんびりできるのは、寝る前の少しの時間だけ。娯楽小説はこの時間に読むようにしているから、王城で生活していた時よりも、読書時間は減っている。
領主になってすぐだから、まだ慌ただしくしているけど、ある程度わたしも周囲も落ち着けばもっと自由な時間も増えるはず。
まずは一つずつ、やるべきことをやっていこう。
治安維持と衛生管理は、まだ緊急措置法の適応期間内。でも、いつまでもこのままでやり続けることはできないから、もう少ししたら正規の手順で領地内法律の改定や制定をしないと。
この二種は時間的余裕があるから、それ以外の税制と法律関係について、先に議論をした方が良いかな。
現行のものは、リオングランデ王国の法律──今はアンナルデクス王国の領土となったからには、こちらの法に従って貰わなけばならない。
領民にとっては、良いことも悪いことも起こるはず。今までは許されていたことが、これからは許されなくなる。その逆もまた然り。
リオングランデ王国の法律と、マレディウム領の法律は、頭の中にある。だけど、それはあくまでも知識として。
実際に暮らしてきた、そして統治してきた人の経験というものは、わたしが今すぐ得られるものじゃあない。
わたしが分からないことは、同じくアンナルデクス王国から着いてきてくれた執務官さんたちにも、詳しく知ってはいないだろうね。
そうなると、長らくこの地で暮らしてきた人に話を聞くしかないんだけど、領民に直接聞き回ることはできない──ってことで、白羽の矢が立ったのは、ルシオ卿。
「ここで話したことが、全て草案に反映されるわけではありません。ですが、わたくしが強権を以て法を制定することもないと、記録に残します。ルシオ卿、貴方に求めるのは、わたくしや執務官たちと共に、マレディウムを守るための法整備をすることです」
「はい、殿下。……マレディウムの、そして民のためならば、この身は如何様にも」
「その心意気は買いますが、気負いすぎてもなりません。──では、まずは税についての話し合いから始めましょう」
個人面談から暫く経っているから、ルシオ卿と直接対面するのは久しぶりな気がする。
同じ執務室で仕事をしていても、わたしと彼の席は離れているし、わたしの視力は弱い方だから、人の顔もぼんやりとしか見えないんだよね。
うん、あの個人面談の時よりも随分顔色が良くなっているし、目の下の隈も薄くなっている気がする。何より、前より瞳が生き返っているように見える。
執務官さんたちと連れ立って食堂に行くようになったみたいだし、夜明け前から一人で仕事をし始めることもなくなったらしいのは、いい兆候。
さて、本題の税について。最初の会議でサラッと触れはしたけど、詳しい話はまだできていないんだよね。
他にもやることがあったし、特にマレディウムの有力者との会合や接待は、所詮は小娘となめられないように立ち回らなくちゃいけなくて、そちらにかかりきりになってしまっていた。
それもだいぶ落ち着いたから、領地にとって、そして国にとって重要な税制についての議論をする時間をとれる。
「まず、今のマレディウムは、リオングランデ王国の税制に則り動いていますが、早急にアンナルデクス王国の税制に切り替える必要があります。移行期間は一年、来年度で主要なものを入れ替え、再来年度からの減免された税額を納める準備をします」
「……恐れながら、私もアンナルデクス王国の税制について、ある程度は学んでおります。しかし、一年での変更は、領民たちに大きな混乱を齎すことになるかと」
「ええ、ルシオ卿の言う通りでしょう。ですが、免税は来年度のみ、再来年度以降は減税、そして五年目からは通常納付をしなければなりません。──アンナルデクス王国は、易々と例外を作る国ではありませんから」
そう、一年間の免税、三年間の減税は、特例措置ではなく、新しく接収した領地全てに適用される法律でしかない。
わたしが前国王の娘であり、現国王の妹であったとしても、それを理由にマレディウム大公領に対して特別な便宜を図ってくれることはないんだよね。
それに対して、わたしは不満を持ったりしていないし、お兄様に泣きつくつもりもない。領民からの不満が出るのは百も承知だけれど、こればかりはどうにもできない。
やれることを、粛々とやるのみ。領民の混乱を最低限にする努力は、惜しまないけどね。
例えば、リオングランデ王国は、住民一人一人にかかる人頭税を採用しているけれど、アンナルデクス王国では、準成人である十五歳未満に税をかけることは認められていない。
その代わり、十五歳に達する年からは、例え働き口がなく収入が全くないとしても、必ず税を支払わなくてはならない──徴税漏れがないように、戸籍のような役目を持つ、個人情報台帳に纏められ、滞納や脱税をすると厳しく罰せられる。
ルシオ卿も、そのことを知っているみたいだから、目を少しだけ伏せて……考えごとをしているのかな?
「……税制の変更は、どういった流れで行うおつもりでしょうか。全てを一度に変更するというのは、領民のみならず有力者たちからも反感は出るかと愚考致します」
「わたくしも同じ意見です。ですから、急ぎはしますけれど、一度に何もかも変えるつもりはありません。まずは、人頭税を廃止して、領民税を制定します。年齢に関係なく徴税していた人頭税とは異なり、十五歳以上の者が対象となりますので、子供のいる家庭では負担が減ることになります」
「領民税への変更は、民からも大きな不満が出ることはないかと思います。ただ、税収はその分減ることになりますが、他で補填することをお考えでしょうか」
「そうね、今のところは考えていません。税収が減るのなら、重税を課すのではなく、その元となるものを増やせば良い──農地の土壌改良と、作付けする作物の見直しを行います。漁業や林業については、一先ず現行のままで」
「それは……、恐れながら、殿下。マレディウムの地は、穀倉地帯と呼べるほど豊かな土壌ではなく、かといって酷く痩せ細っているわけでもありません。領民たちが食べられる程度には、収穫がございます」
そうなんだよね。マレディウムって、広い土地ではあるんだけど、全部が平地ではない。
山があちこちにあるから、必然的に居住地区と農業地区に使用できる面積は、領地の広さに対して少なめ。
農作地を広げて生産量を増やすには、まずは開拓から始めなければならないから、かなりの年月を要することになる。
五年もあれば、ある程度形にはなって収穫もできるかもしれないけれど、残念ながらそれで増える収穫量は微々たるものだろう。
それなら、開拓にも着手しつつ、現行の農地の土壌改良に乗り出した方が、収穫量を上げることができるんじゃないかな。
わたしは前世も今世も農作業について詳しくはないし、専門的な話ができるわけでもない。小麦の作り方なんて、前世じゃあ調べようと思ったこともなかったし。
なので、素直に専門家に頼るのが吉! 素人が適当に土を捏ねくり回すより、きちんと専門知識を持ち、柔軟に対応できる専門家を派遣して、土壌のチェックとそこに合った堆肥選びと作物選びを任せてしまおう。
現場には一定の裁量権を渡して、決定権は変わらずわたしが持つ。専門家だけではなく、実際にその土地で作物を作ってきた人たちの経験も記録に残して、役立てるつもり。
「農作物の収穫量を増やすことは、領地内で災害が起こった際の備蓄を持つことにも繋がります。場合によっては、領外へ作物の輸出も考えることができるでしょう。勿論、全てが上手くいくとは考えていませんが、やれるべきことはやる──それがわたくしの仕事です」
「……かしこまりました。作物の収穫量に関しても、昨年まで私が確認し、処理をしてきましたので、お役に立てることがあるかと存じます。農民や、その取り纏めをしている者たちと、顔見知りでもありますので」
「分かりました、貴方の経験と人脈も頼りにしましょう。しかし、ルシオ卿が一人で全てを行ってはなりません。周囲の者たちと連携することを、貴方も覚えねばなりませんよ」
「はい、殿下」
真っ直ぐに見返してくれる目には、ちゃんと生気が宿っている。
良かったー、初めて会った時は目が死にかけていたからちょっと怖かったんだけど、今は真正面から見ても生きてる人の目だ。
目だけ見れば人生に疲れきった人だったけど、今は十九歳らしい青年から大人になる狭間で、たまに子供っぽい笑い声を上げる時もあるみたい。
「わたくしも、執務官たちも、無能ではありません。貴方が一人で抱え込む必要はないのです──この頃は、顔色が良さそうですね。食事もきちんとバランス良く食べているようだと聞きますから、わたくしも安心しておりますよ。ルシオ卿の舌には、アンナルデクス王国料理は合いました?」
「──ええ、とても。どの料理も美味しく頂いております。お恥ずかしながら、マレディウムの郷土料理を食べたことがなかったので、食堂での食事を、楽しみの一つに感じておりまして」
「それは……そう、良かったわ。アンナルデクス王国料理と、マレディウムの郷土料理が混ざり合い、新しい郷土料理が生まれるかもしれませんわね。そのためには、マレディウムの土地に適した作物が増えることが好ましいもの。大々的に農民へ作らせる前に、試験場を作り、その畑で試験栽培してみましょうか」
「試験栽培、ですか? ……では、それに関わる法律があるかの確認と、新法案制定に必要な草案会議を行うことになりますね」
わたしとしては、ちょっと試験場で試験栽培してみたいだけなんだけど、領主が主導してやることだから、当然領営事業になるんだよね。
家庭菜園って言い張ろうにも、そもそも家庭菜園という概念がないみたいだから、それを一から説明するのは骨が折れる。
何より、「それは農民が畑を耕すのと、何が違うんだい?」って聞かれるし、理解されないから。お兄様もお義姉様も、お母様たちも皆首傾げてたからね!
元々税収が安定するまでは、わたしの個人資産を使って研究施設を建てたり、研究費用として出資したりするつもりだったけど、ルシオ卿の提案通り法整備は先にしておいた方が良いかな。
私財をただ注ぎ込むだけのつもりはないし、少しずつでもちゃんと回収していくつもりだけどね。
領主の資産は領の資産とイコールじゃない、っていうのがアンナルデクス王国の常識であり、法で定められていること。
でも、領主が自分の意思で領に投資することは禁止されていない。マレディウムのような新しい接収領地だと、先行投資を行えるのなら行っておいた方が良いっていうのは、過去の文献を読んで知っている。
さっさと投資して運営を安定させたら、早めに回収する。ヤバい! ってなってからあれこれやっても遅い、というのは、これまで積み重ねられてきたアンナルデクス王国の記録から嫌でも知っているからね。
前世でも、投資や研究費用はケチるなって、家族から何度も聞いたし。やる時はガッとやるのが大切、勿論事前に計画を立てて、ではあるけれど。
ルシオ卿の体調がもう少し安定したら、他の執務官さんたちも連れて、領都とその周囲の視察に出かけようかな。
農地の視察は、もう少ししてから。本国から土壌に関する専門家が来てから、一緒に回ることにしよう。




