表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大公ロザリアの領地運営録  作者: 白瀬 いお
第1部:接収領地の大公

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/20

第13話:有能という病

 仕事に集中する時間と同じくらい、ちゃんと休憩を取るっていうのも大事だよね。

 前世では、お父さんもお兄ちゃんも、社員さんたちの労働時間管理には結構きをつけていたし、わたしも「無駄な残業はするな」「我武者羅に働くことは、美徳じゃない」「体調管理も仕事のうち、休憩は義務」って口酸っぱく言われていたし。

 まあ、そう言っていた二人は、社長と副社長なのに、誰よりも働いていたんだけど。

 決裁に、接待に、視察に、打ち合わせに、労働環境の抜き打ちチェックに……そのお陰で、代々ホワイト企業だって評判だったみたい。


 ああ、前世の家族に会いたいなあ。せめて、自分の骨が入っているだろうお墓と、家族の元気な姿だけでも見たい。お兄ちゃんとお義姉ちゃんの子供も、もう大学生になっているのかな。

 ──いけない、今のわたしはロザリア。前世の記憶に浸るのも、程々にしなきゃ。

 そうそう、労働環境について考えていたんだった。前世みたいにパソコンもなければ、エクセルや会計ソフトもない今世では、書類仕事も全部人力でやらなきゃいけないんだよね。

 こればっかりは、文明格差があるから、どうにもできない。ただ、前世の日本に比べて、制作する書類も管理のやり方も、結構ガバガバ。


 帳簿は複式簿記で管理してはいるけど、前世のものより科目は少ないし、あれこれと細すぎる決まりもまだできていない。

 ただ、素人がすぐに理解できるものでもないから、専門技能ではある。

 わたしは前世でちょろっとだけ簿記の勉強したことがあるし、転生してから受けた教育でも習ったから、全く内容が分からないわけじゃあない。

 一つ困ったことがあるとすれば、たまに前世の簿記と今世の簿記がごちゃ混ぜになってしまうことくらいかな。

 教育係さんに、何度「殿下、そのような科目はありませんよ」って言われたことか。


「──ロザリア殿下、休憩のお時間です」

「あら、もう? じゃあ、いつも通りミルクティーを頂戴。皆もキリの良いところで手を止めて、休憩に入りなさい。午後からは、個別に面談をします。評価に関わるものではなく、雑談のようなものだから、気楽にして構わないわ」

「はい、殿下」


 皆、練習でもしたの? ってくらい、声を揃えて返事をしてくれるんだよね。

 基本的に、わたしの机に書類の山ができることはないし、執務官さんたちの机も同じ。

 山になるくらい書類を溜めてる方が可笑しいし、上司が部下へ仕事の割り振りができていないっていう証拠だから、アンナルデクス王国の感覚だと、その領主も執務官も無能って扱いになる。

 パソコンで時短できないなら、人手を増やすしかない。それも、優秀な人たちを。こういう時、人脈と人望の大切さが分かるね。それと、人を育てる重要性も。


 マレディウム大公領で働いてくれている執務官さんの七割は、わたしが二年間扱きまくって育てた人たち。

 最初は王族の一人とはいえ、十三歳の小娘に教育されるなんて……って態度だったけど、一年目を超えたくらいで、わたしのやり方に慣れてくれたみたい。

 今では頼りになる執務官さんたちは、それぞれの得意分野でその能力を発揮して、部下の教育にも力を入れてくれている。


 ただ、どうしても気になる人が一人いる──ルシオ卿。

 彼は、リオングランデ王国の貴族家の一員であり、元々マレディウムの実務を一手に担っていた人らしい。

 アンナルデクス王国にマレディウムが接収されることが決まった時、当時の領主であるルシオ卿の兄とその家族は、リオングランデ王国の王都へ行くことが決まったみたいなんだよね。

 マレディウムに残ったのは、ルシオ卿と、彼と共に執務をこなしてきた者たちだけで、その人たちももう帰国している。


 ルシオ卿は、領地運営に関わる実務の引き継ぎ要員であり、リオングランデ王国から差し出された人質──現状、ルシオ卿が母国に帰還することは難しいだろう。

 わたしの一存でリオングランデ王国へ追い出すこともできないし、追い出した場合彼がどう扱われるのかが分からないから、そんな無責任なことはできない。

 じゃあ軟禁しておけば良いかというと、中々それも難しいんだよね。


 先に到着していた執務官さんたちや、昨日の晩餐会後のパーティーで聞いた話では、前領主体制の時に、前領主の弟であるルシオ卿が、執務官への指示出しから現場に赴いての抜き打ちチェックまで、統括して管理していたらしい。

 前領主が無能だったわけじゃなくて、ルシオ卿が有能すぎた結果──業務の引き継ぎまで、彼が大半を担うことになったそう。

 う、うーん……なんていうか、周囲はルシオ卿に頼れば何とかなるって経験を積んでしまって、ルシオ卿も自分がやった方が早いからって仕事を引き受けちゃうタイプ?


 今まではそれで良かったのかもしれないけど、これからはそんな働き方は認めないし、一人に業務が偏った結果、その人が倒れでもしたら仕事が回らない、なんてことを起こす気はない。

 ただねえ、執務官さんたちもルシオ卿の社畜っぷりに、元敵国の人間云々よりも前に心配がきちゃっているみたいで、何度か相談されているんだよね。

 仕事をしない、じゃなくて、仕事をしすぎるって。「本来は自分たちの仕事なのに、それまで無意識で奪っていくから困る」っていう相談、前世と今世合わせても初めて受けた。


 彼には悪いけど、今までと同じ感覚で働かれるのは困る。

 わたしは必要なところに対応可能なだけ仕事を割り振っているし、それが経験として彼らの力となり、やがて次の代へと引き継がれ、改良されていくはずなのに。

 ルシオ卿のやり方は、短期的には仕事がすぐに片づいて良いかもしれないけど、長期的に見れば、周囲の成長の芽を摘み取っているに等しい。

 領主として、上役として、それは認められない。他の執務官さんたちのためにも、ルシオ卿のためにもね。


 休憩時間の様子を見る限り、執務官さんたちの仲も悪くはなさそう。

 上司であるわたしが同じ空間にいるから、そう見せているという可能性もあるけど……でも、ルシオ卿にも皆普通に話しかけているし、彼も時々笑っているから、見える範囲での人間関係は観察継続って感じかな。

 さーてと、休憩は終わり。手元の書類を片づけたら、昼食を取って、食休みをして、午後の個人面談に備えよう。


 わたしは昼食を自室でとっているけど、執務官さんたちや使用人さんたち、護衛さんたち他ヴェントルフ城で働く人たちは、専用の食堂に行けば格安でお昼ご飯を食べられるようにしている。

 社員食堂をイメージしているんだけど、育ちが良い人が多いからか、ちょっとした社交場みたいになっているらしいんだよね。堅苦しくないのかな?

 まあ、ちゃんとご飯食べて休憩してくれているなら、余計なことは言わないけどね。


 食休みも終わったら、午後の業務開始を知らせる鐘が鳴る。

 通常は午前中に終わらなかった急ぎ分の仕事を片づけたり、面会対応をしたり、領都内の抜き打ちチェックと銘打って散策したりする、比較的自由な時間。

 今日は個人面談があるから、会議室の一室で執務官さんたちを待ち構えているわけだけど。

 これから約七日間かけて、午前は書類仕事、午後は個人面談をやっていくからね。勿論、休息日は除いて。


「人間関係で悩みは?」

「いいえ、特にはありません。……ただ、ヴァントフォール様のやつれたお姿は、心配ではあります」

「ルシオ卿についてですね。彼は、貴方が引き継ぎに来た時から、あのようなお顔を?」

「はい。今の方が、まだ顔色が良くなっているようですが。三ヶ月前は、本当に、生気のない目をされておりました」


 個人面談なのに、結構な割合でルシオ卿のことを心配しているっていう相談があるの、割とヤバいんじゃない?

 わたしも個人間の感情的な好き嫌いなら、深く首を突っ込まずに配置転換を考えたりするけど、皆が言うのは「不健康そう」「倒れないか心配」「寿命を削って仕事をしている」「仕事しかしていないのではないか」ってことばかり。

 他にも、マレディウムの地の気候や食材、料理の味つけに関することだったり、業務改善提案だったり、色々な話を聞くことはできた。


 で、次がある意味話題のルシオ卿──うーん、やっぱりちょっとやつれているし、目も死にかけているなあ。目の下の隈は、執務官さんたち曰く薄くなっているらしいけど……本当に?

 部屋の中には、わたしとセレナを含む侍女さんが三人、護衛が二人。対面する椅子に腰を下ろしたルシオ卿の顔、強ばっているよね。

 そりゃあそっか、元とはいえ敵国の大貴族とその護衛までいる中で、一人丸腰で入室したんだから、身を固くするのも仕方がない。


「ルシオ卿、そう肩に力が入っては疲れるでしょう。わたくしも、わたくしの侍女と護衛も、有事でなければ貴方に何かをすることはありません。雑談の延長線上のものだと捉えてください」

「……かしこまりました、大公殿下」


 本当に分かっているのかな? 分かっていなさそうだけど、ここで何度も突っ込んでも仕方ないから、話を進めよう。

 無難なところ──食生活についてとか、何か困っていることはないかとか、他の執務官との交流は上手くいっているかとか、そういうところからいこうかな。

 その方が、ルシオ卿も答えやすいだろう……って思ってのことだったんだけど、この人、食生活がとんでもないことになってる。


 食事は前領主の元では朝晩のみ、それも貴族なのにちゃんとしたご飯じゃなくて、体を動かすエネルギーと脳を動かす糖分が摂取できれば良いみたいなメニュー!

 栄養学の発達していない今世で、脳には糖分が必要ってことに、経験だけで気づいてるし! 色々問題があるけど、生活習慣病でぶっ倒れそうなんだけど!?

 確か、ルシオ卿は十九歳。わたしの四歳上だとしても、何年その食生活とブラック企業の社畜レベルの業務量こなしていたの!?

 エッ、五年間!? ま、待って、五年……? 五年前って、ルシオ卿は十四歳じゃん!

 育ち盛りの子供が、そんな……周りの大人たちは一体何をしていたわけ!?


「……、……ルシオ卿。一刻も早くその食生活は止めなさい。朝昼晩、きちんとした食事をとって夜は眠り、業務時間外では何か趣味を見つけることを勧めます」

「いえ、しかし……」

「しかしではありません。良いですか、そんな生活をしていれば、貴方の身は持ちません。これまでも、体を騙しながらやり繰りしていたにすぎないのですよ。何より、わたくしの執務官たちは、無能ではないのです。彼らの仕事を、貴方が奪うことは、上役として認めるわけにはいきません」

「仕事を、奪う……」

「ええ。わたくしは、皆の能力に合わせて仕事を割り振っています。なのに、貴方が良かれと思ってだとしても、他人の仕事に手を出すということは、彼らの成長を阻害することに繋がりかねません」


 金色の目を大きく開くくらい、びっくりされるとは思わなかったんだけど。

 ええ、この人、もしかして自覚なしで仕事を抱え込んでいたの? ……これはあれだ、ブラック企業から普通の企業に転職して、そのギャップに目を白黒させている人だ。

 リオングランデ王国には、労働に関わる法律はあまりないみたいだけれど、アンナルデクス王国は違う。

 日本の労働基準法並ではないけど、ある程度の決まりごとがあって、それを破れば貴族でも罰せられるんだよね。


 領地運営がある程度軌道に乗って落ち着いてから、マレディウム大公領法で労働環境について定めようと思っていたけど……先にいくつか施行しておいた方が良いかも。

 労働時間について、休憩時間についての取り決めと、時間外労働の賃金についてくらいは、試行だけでもした方が、働き蜂並に働いているらしいルシオ卿の抑制にもなりそう。

 執務官さんたちも、なあなあの時間で動くより、決められた時間で動く方が予定を立てやすいだろうしね。


 有給休暇とか、傷病手当金とか、休業補償とか、労働災害についてとか、決めたいことは山ほどあるけど、一気にやっても混乱するだけだろう。

 それなら、何回かに分けて決めていった方が、混乱も少ないはず。

 領民への適用は、まだ先になるだろうけどね。制度が増えると手続きも増えるし、今までと生活をガラッと変えるようになることに対しては、民からの不満や不安が大きいと思う。

 だから、まずは城で働く者たちを対象にして、段階的な普及を目指していけば良い。


「これまで、ルシオ卿が実務のほとんどを指揮してきたという話は聞いています。それほど有能な人材だということは、わたくしの目でも働きぶりから確認しました。だからこそ、貴方を大切にしたいのです。リオングランデ王国の貴族でも、今はわたくしを支え、領民のために働いてくださる方ですから」

「──大切に、ですか? そのようなこと、とても……、……私にそれほどの価値があるとでも仰るのですか」

「ええ。それだけの価値が、貴方にはあります。わたくしが食生活や生活習慣の改善を指示し、業務量について話したのは、ルシオ卿の能力を最大限発揮して貰うため──わたくしの、そしてマレディウムのためです」


 やっぱり驚かれちゃったかあ。そりゃあそうだよね、前領主……ルシオ卿のお兄さんとは全く違うことを言っているんだろうなってことは、何となく分かる。

 でも、わたしも譲れない。有能な人材は何人いても足りないし、万が一マレディウムの領民に、わたしがルシオ卿を使い潰そうとしている、なんて誤解されるのはごめん!

 ちょっとぎくしゃくはしたけど、ルシオ卿との個人面談も無事終了。人質の監視っていう名目で、彼の生活状況が変化するか、確認するようにしておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ