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大公ロザリアの領地運営録  作者: 白瀬 いお
第1部:接収領地の大公

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12/20

第12話:分かたれる祝杯

 領主着任演説で緊張したからか、すっごく疲れた。終わって部屋に戻ったあと、侍女さんたちにお世話して貰っている間に爆睡。

 そのお陰で頭の中もすっきりしたし、疲労感も少しは抜けたから、お昼ご飯を食べたら書類仕事をしよう。

 料理人さんが用意してくれた昼食をとったら、執務室に移動。服も仕事着に着替えたし、お化粧もしたから人前に出ても大丈夫。


 今日は書類仕事にあまり時間を割けないから、内容の最終チェックとサインをすれば良いものかつ、急ぎのものを優先して片づけよう。

 領地全体の運営をするのがわたしの仕事だけど、専門的なことや地域ごとの細かな事柄に、全て対処できるわけじゃない。そんなことしようとしたら、キャパオーバーになるのが目に見えている。

 だから、現場責任者に一定の裁量を与えるための、委任状を用意しておこう。

 最終決定権はわたしが持ったままだけれど、ある程度は現場で回せる状態を作っておかないと、対応が後手後手になるのは困る。


 あ、もう晩餐会の支度をしなきゃ。やっぱり事務仕事に使える時間、少なかったなあ。

 執務官さんたちにあとを任せて、自室に戻って、晩餐会用のドレスに着替えてお化粧して……うーん、めちゃくちゃ忙しい!

 晩餐会の準備は、使用人さんたちの仕事。わたしは主催者として、参加者の接待をしなければならない。

 マレディウムは、他のリオングランデ王国領土と海で隔てられていた所為か、式典における作法も異なるところがあるんだよね。

 アンナルデクス王国のものに近いから、馴染みやすくはあるんだけど、頭の中でごっちゃになってしまわないように気をつけなきゃ。


 順調に準備が進んで、参加者が晩餐会の会場となるボール・ルームへ入場する時間になった。わたしは主催者であり、最も身分が高いから、最後の入場。

 ヴェントルフ城のボール・ルームは、百合の意匠がところどころに施されていて、美しく品が良い。ただ、これも今日で見納めなんだよね。

 豪奢ではあるものの、上品な飾りつけは、使用人さんたちのセンスが光ったからかな。彼らの美へのこだわり、凄いからなあ……わたしよりわたしの容姿に妥協しないもん。


 さあ、入場の時間だ。胃は痛いけど、王城で行った晩餐会よりはマシなはず。あの時だって、海千山千の老獪な貴族たち相手に、ちゃんと立ち回れたんだから。

 お抱えの専属楽団の音楽が、扉の向こうから聞こえてくる。これを潜ったら、笑顔の裏の探り合いと、言葉の中に込められた皮肉の読み合い、そして値踏みをされる時間が始まる。

 少しずつ、長く息を吐いて──行こう。背筋を伸ばして、顔は真っ直ぐ上げて。太陽光ほどではないけど、室内を照らす光が眩しい。

 でも、目を細めるなんてことはできないから、立つ場所を考えながら動かないと。少しでも光に対して背を向けて、目にかかる負担を減らす努力もしよう。


 楽団が奏でる音と、拍手の音がする。少しぼやけた視界でも、会場中の視線がわたしに向かっていることが、嫌でも分かった。

 上座にある席に向けてゆっくり進んで、到着したらまず全員を見回す。ちゃんと貴方たちを知るつもりがある、というアピールを兼ねて、見える範囲の参加者の顔を覚えてしまおう。

 わたしに近い席にいるほど、位が高い人物とその配偶者になる。この先政策でぶつかるにしろ、味方になってくれる人にしろ、記憶しておいて損はないよね。


「よく集まってくれました。わたくしは、ロザリア・アルジェンティア。国王陛下より大公の爵位を授かると共に、このマレディウム大公領の統治を委任されています」


 わたしが上座に着いたところで、音楽は止まった──だから、このボール・ルームには、参加者たちの小さな呼吸音と、この声だけが響いている。

 まだ様子見段階なんだろうな、わたしに向けられる視線の中には明確な敵意を持ったものはないと思う。

 あくまでも、見える範囲と肌感覚からの推測だから、実際のところどうなのかは分からないけど。


「──この場には、わたくしと共にアンナルデクス王国からやって来た者と、長らくマレディウム大公領を支えていた者がいます。互いの文化や習慣を理解するには、まだ時間が足りないでしょう。しかし、だからといって、その者たちが築いてきたものを頭ごなしに否定してはなりません。わたくしたちは、このマレディウムの民のため、共に進んでいかねばならないのです」


 この言葉が綺麗事だってことは、分かっている。でも、今のわたしに必要なのは、彼らに阿った言葉を告げることではない。

 理想を語り、表面上の反発を抑え、裏で清濁併せ呑む──人の上に立つということは、そういうことなのだと、前世の家族と今世の家族から学んだから。

 今できることをやって、少しでも良き領主として認められ、円満に次代へ繋ぐ。それがわたしの生存術……って格好良く言っても、要はできるだけ領民に嫌われず、投獄されたり処刑されたりせず、早めに隠居したいってことなんだけどね。


「時には議論が白熱することもあるでしょう。わたくしたちアンナルデクス王国で生まれ育った者では、気づかない視点もあるでしょう。反対に、マレディウムで育った皆からは見えないことも、あるはずです。補い合い、理解し合い、我らはやがて一つとなるのです!」


 グラスを持ち、胸の高さまで上げると、周りの人たちも同じように持ってくれた。

 うん、皆持ったかな。よし、顔の高さまでグラスを上げて、顔には微笑みを浮かべて。


「──マレディウムに栄光あれ! 乾杯!」

「マレディウムに、我らが白薔薇に栄光あれ! 乾杯!」

「マレディウムに、我らが白百合に栄光あれ! 乾杯!」


 おーい、白薔薇と白百合で分かれてるじゃん! 白薔薇はアンナルデクス王国の人、白百合は元々マレディウムにいた人でしょ!?

 なんか、幸先不安になってきたな……。あ、わたしと同じ目をしていそうな人見つけた!

 ケイルム様と、ルシオ卿。それと、その近くにいる二十代半ばくらいの女性。顔に見覚えがないから、マレディウムの人かな。


 椅子に座って、グラスをテーブルに置いたら、暫くは全員で食事タイム。

 隣の席に座った人や、配偶者とお喋りをしている人が多いみたいだけど、話が弾んでいるというよりは、腹の探り合いをしていそうな声が聞こえる。

 まあ、そうなるよね。わたしも食べながら、耳を澄ませて情報収集しているし。


 晩餐会で供される料理は、わたしお抱えの専属料理人と補佐役が腕を奮ってくれた。

 テーブルに並ぶアンナルデクス王国料理は、可能な限りマレディウムで採れた食材を使い、風味もそちらに近づけて貰っている。

 まずは、前菜とスープ──うん、美味しい! 胡椒が少し強いけど、全体がまろやかなスープだから、むしろ味が引き締まっている気がする。

 前菜のスモークサーモンとチーズも、何個でも食べられそう。


 あーあ、晩餐会じゃなければ、おかわりするのになあ。また作って貰おう、今は我慢。

 さて、次はパンの番だね。アンナルデクス王国だと、パンはそのまま食べるのがマナー。

 でも、マレディウムだと、小皿に入っている蜂蜜バターを乗せて食べるのがマナーらしい。

 これはまだ、食べたことがなかったんだよね。……ん、バターのコクと塩味が、蜂蜜の甘さと混ざり合って美味しー!


 次はメイン。あ、このソース、甘酸っぱくてお肉に合っていて美味しい。肉質も柔らかいし、魔力をたっぷり含んだ牛のお肉かな? 魔力が多い食材は、味が良いものが多いみたいなんだよね。

 付け合せの野菜もしっかり火が通っているし、口直しになるように味つけは控えめかな。わたしはもう少し味が濃くても良いかも。


 残りはプディングとチーズ。チーズは、折角だから、アンナルデクス王国でよく食べられているものと、マレディウムでよく食べられているものを、半分ずつ出して貰っている。

 本当はじっくり味わって食べたいところだけど、あまりお腹がいっぱいになるのも良くない。

 だって、この後は胃が更に痛くなるだろうからね。

 アンナルデクス王国では、十五歳から飲酒が解禁されているけれど、わたしは口をつけたフリをして、こっそりノンアルコールのものへと取り替えて貰っている。

 この体は、お酒に弱いみたいだし、味覚も前世とは違う。美味しくもなく、体に負担をかけるものを無理に摂取する気はないし。


 さあ、晩餐会が終わったら、会場を移動して社交ダンスの時間だ。

 当然ながら、わたしは最初に踊らなくてはいけない。相手はリードの上手いケイルム様にお願いしているから、わたしがしくじらなければ大丈夫なはず。

 王族の一員として、ダンスは嫌って言うほど叩き込まれたからねえ。目を瞑っていても踊れるくらいには、自信があるよ。

 で、ケイルム様のあとは──ルシオ卿。彼を冷遇していないこと、元敵国のリオングランデ王国の貴族であるルシオ卿を受け入れる度量があることを、ここで示そう。


「お手をどうぞ、我らが美しき白薔薇の君」

「ふふ、相変わらずね。行きましょう、フィデホノール子爵」


 ダンスルームには、先んじて到着していた楽団が構えていて、皆の視線がわたしとケイルム様に注がれている。

 でも──不思議と、怖くはない。胃は痛いけど、王城で行われる舞踏会に比べたら、品定めをするような視線も、好奇心旺盛な目も、この容姿について「不気味だ」とこぼし眉を顰める人の言葉も、大したものじゃあない。

 それに、ダンスは一人でするものではないから、ケイルム様が上手くリードしてくれるお陰で、わたしは周囲に意識を向ける余裕も持てた。


 一曲目が終わると、次の曲で踊るらしいペアが何人か中央に出てきた。

 わたしは一旦離れて、マレディウム側の人たちや、新しくアンナルデクス王国から連れてきた人たちと、顔見せ兼腹の探り合いをしますか。

 顔には常にアルカイックスマイル。前世では社会人として働く時の必須スキルだったけど、こうして社交界でも良い防御に使えるから、習得していて良かった。

 ──それじゃあ、胃の痛みを我慢して、お話し合いをしてこよう。

 明日は、執務官さんたちとの個人面談があるから、早めに切り上げたくはあるけど……主催者だから、無理だろうなあ。

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