第11話:見えない民
うう、カーテンの隙間から射し込む太陽の光が、地味に眩しい。
昨日の会議、思っていた以上に気を張って、疲れてたみたい。ベッドに入ったあと、即爆睡したっぽくて、目が覚めたら朝。
小鳥の囀りで目が覚める──なんてことはなく、普通に侍女さんたちに起こされて、身支度をして貰っているうちに、完全に起きた。
「ロザリア殿下、お体に不調はございませんか?」
「ええ、問題ありません。今日は休めないもの、昨晩はしっかりと休みました」
「それはようございました。本日は、領民たちが殿下のお姿を拝見することが叶う日。彼らにとって、喜びの日となるでしょう」
「……そうだと、わたくしも嬉しいわ」
いやー、新領主の顔見せで喜ぶかは、人それぞれだと思うけど。
見た目が良い自覚はあるし、それを武器にすることは厭わないけど、だからといって顔で新領主を受け入れてくれるわけではない。
領都入りした時の反応は、悪感情は薄めだったけど、歓迎ムードってわけでもなかった。
今日行われる、領主着任演説の出来次第では、領主としてのスタートにケチがついてしまうかもしれない。
領都マレディアに入ってから、三日目──領民に対しての新領主お披露目が昼間に、着任記念晩餐会が夜に行われる予定となっている。
晩餐会には、昨日会議に参加者した者たちだけでなく、マレディウム大公領に古くから住む有力者も参加するんだよね。
貴族ではないけれど、これまでのマレディウムを支えてきた人たち。
リオングランデ王国の民ではなく、マレディウムの民であるという意識が強いらしい。
上手く取り込めれば、心強い味方になるはず。取り込めなくても、利害関係で繋がる価値があると思われれば、それはそれで良い。
元々悪感情を持たれているのなら、それは追々対処するしかないけど。
わたしの望みは、生き残ること。ただ生きるだけではなく、この生活を維持することも必要だ。
お兄様の下で臣下として働けたら良かったんだけど、大公の爵位と一緒に領地まで渡されちゃったからね……統治を諦めて逃げ帰った場合、貴族たちからの嘲笑と侮蔑は免れない。
それを回避するには、領主としてしっかり結果を出し、安定した統治を行い、反乱を起こすのは損だと思わせるしかない!
はあ、今日も胃が痛い。それに、領主着任演説は、ヴェントルフ城のバルコニーで行われる。
当然、バルコニーだから屋根はなく、今日も晴天だから太陽の光が容赦なく降り注いでくるんだよね。
わたしの体は、色素が欠乏しているから、太陽の光──紫外線にめちゃくちゃ弱い。長く日光に当たっていると、肌が日焼けを通り越して軽度の火傷を受けてしまうくらいに。
だから、領主着任演説では、大きな日傘を差して貰って日陰を作り、そこで挨拶をすることになる。
できるだけ領民から顔が見えるように、作る日陰を薄めのものにすることで、「新しい領主は、自分たちに顔を見せるつもりがない」なんて誤解が生まれないようにしないと。
緊急措置法を二種発令したばかりだから、それに対する不満が出ていても可笑しくはない。
人は、自分たちのトップの顔が良いと、それを理由の一つに支持してくれる場合がある。
まあ、顔の良し悪しで不満が解消できる、なんてことは思ってないけどね。それでも、生き残るための武器になるのなら、遠慮なく使ってやる。
「殿下、朝食を終えられましたら、着任演説のご準備をお願い致します。既に領民の一部は、殿下のお姿を一目でも拝見しようと、バルコニー下へ集まっているようです」
「そう。今日もよく晴れていますから、その者たちの様子には気をつけてあげて。具合の悪そうな者がいたら、救護班へ引き渡しをなさい。頃合いを見て、飲み物を配るように」
「かしこまりました。慈悲深き我らが白薔薇、ロザリア殿下のお心のままに」
「ふふ、貴方までそんなことを言って。ケイルム様の真似かしら?」
「恐れながら、白薔薇とお呼びしているのは、フィデフォノール子爵だけではございません。時折、国王陛下や上王陛下、ならびに王配殿下方も口にされておりますよ」
「まあ……わたくしの知らないところで、そう呼ばれていたのね。セレナも知っていたのなら、教えてくれたら良かったのに」
わたしの乳姉妹であり、専属侍女──セレナ・アクアリア・テラフィクス。
同じく十五歳である彼女は、おっとりとした見た目に反して、何でも素早く的確にこなしてしまう、凄く頼りになる人。
セレナがいるから、わたしは安心して身の回りのことを任せることができている、と言っても過言ではない。
こうしてお喋りをしている間にも、ヘアセットが終わった。いや早い、そして頭皮が引っ張られる感覚もなかった。前世でお世話になった美容師さんレベルの仕事じゃない?
軽食は、基本的に自室でとる。アンナルデクス王国の王侯貴族家では、これが一般的で、朝から家族揃って食卓を囲むということはあまりない。
女性は朝食後にお化粧をするから、家族で朝ご飯ってなると、すっぴんで人前に出ることになる。それははしたないこと、という価値観が、まだ根強く残っているらしい。
わたしの場合、マレディウム大公領にいる家族はゼロだから、朝から食堂へ移動して食事をとるっていう行動は、完全に時間の無駄。
移動する時間分、着任演説の台本を読み込んでおく方が、有意義な時間の使い方だよ。
前世で演説なんてやったことなかったし、王城で暮らしていた間も、城のバルコニーから微笑んで手を振るくらいしかしてなかった。
日本や海外で行われた講演会に参加したことはあったけど、その時の記憶が役に立つかといえば……著名人とはいえ一般人の講演と、貴族としての演説って別物だからなあ。
こういう時、前世の記憶があっても、役に立たないなって実感する。役立つ時が限定的って、言い方もできるけど。
愚痴を言っていても仕方ない。領主着任演説の流れを確認したあとに、台本の確認をして、緊張を少しでも和らげておこう。
あー、ミルクティー美味しい。ホットミルクで紅茶を煮出したものが好きだから、そのことを知っているセレナと他侍女さんたちは、毎朝手間をかけて淹れてくれるんだよね。
蜂蜜を少しだけ入れて貰っているから、程良く甘くて飲みやすい。うん、緊張も解れてきた気がする!
アンナルデクス王国の朝食は、基本的に白いパン、野菜がたっぷり入ったスープ、目玉焼きと焼いたベーコン。そこに、季節ごとの旬の果物がデザートとしてついてくる。
ただ、王都とマレディウム大公領では、入手可能な食材が異なるはず。今まで通りの朝食にこだわるつもりはないから、この領地で無理なく使える食材で作って貰えれば良い。
農業だけじゃなくて、畜産や漁業についても、色々考えていかなきゃ。あ、林業もか。一次産業全般、ここが崩れると領民の生活も立ち行かなくなるからね。
──さて。台本も再読した、着替えとお化粧、ヘアセットも終わっている。あとは、バルコニーへ移動して、領民の前に立つだけ。
見慣れない廊下、見慣れた侍女さんたちと護衛さんたち。着慣れた重さのドレス──でも、いつもより一歩が重く感じる。
手は握らない。眉は寄せない。背筋は真っ直ぐ、歩幅は一定に。
わたしは王族、そして大公。ここは、わたしが治める領地──これから見る群衆を守り、育てるのが、果たすべき役目。
領民たちから見えない位置に立って、やるべきことをやるために、待つ。
心臓の音が、うるさいくらいに頭の中で響いている。鼓動する度に、胸に痛みを感じる。
大丈夫、大丈夫……ちゃんと台本を覚えている、……はず。ちょっと忘れちゃっても、その場でカバーすれば、問題はない。
息をゆっくり吸って、吐いて──よし、行こう。
「──我が、親愛なる民たち」
日陰でも、影が薄いから、周囲が眩しく感じる。目を細めるな、言葉を詰まらせるな。
眼下の領民たちにとって、わたしは領主。十五歳? アルビノ? 彼らにとって、そんなことは関係ない。
視界がぼやけていても、多くの人がわたしの姿を見上げているのを感じる。でも、どんな表情をしているのかまでは、この視力では見えない。
息を吸って──大丈夫、わたしなら、やれる。
「わたくしは、アンナルデクス王国が大公、ロザリア・アルジェンティア。王命により、マレディウム大公領を統治する者です。貴方たちにとって、アンナルデクス王国は元敵対国──先の戦争による蟠りもあるでしょう。すぐに、わたくしを信じろというのも、土台無理な話。ですが、いえ、だからこそ。今ここで、宣言します!」
あ、目が痛い。丁度区切りが良いから、休憩もパフォーマンスに使おう。目を閉じて、両手は胸に置いて──一拍待ってから、ゆっくり瞼を上げる。
うーん、ちょっと頭が痛いけど、まだ大丈夫。あと少し、頑張ろう。
「わたくしは、アンナルデクス王国の民と同じように、貴方たちを守り、そして育てましょう! より良き明日を迎えるために、このマレディウムの地の繁栄をなすために! ここに、ロザリア・アルジェンティアの名において、約束致します。マレディウム大公領は、アンナルデクス王国の記録に深く刻まれることを!」
よし、噛まなかった! 掌を上にして、両腕を斜め前へ広げるポーズも忘れずにできた。
——あ、歓声が聞こえる。手を打つ音と、老若男女入り交じった声が。相変わらず領民たちの姿はぼやけているけれど、この声が、音が、彼らを鮮明に教えてくれた。
「領主様ー!」
「ロザリア・アルジェンティア大公殿下、ばんざーい!」
「あたしたちの生活を、良くして頂戴ー!」
「生活を壊すようなことは、しないでくれ!」
「おひめさまだー!」
「アンナルデクスのやつに、おれたちの何が分かるってんだ!」
「なんだあの目、不気味な色だな」
「税を上げないでくれ! 今でもギリギリなんだ!」
「美しい領主様、白百合の領主様ー!」
好意的な声、願い、批判的な声、不安、子供の素直な感嘆──わたしは弱視を補うためか、耳が良い。だから、彼らの声がよく聞こえる。
あれ、白百合? ……ああ、リオングランデ王国の国花が百合だからかな。今までは薔薇に喩えられていたから、白百合は新鮮。
それはともかく。すぐに領民全てに受け入れられるだろうなんて、甘いことは考えていなかったし、わたし個人ではなく、アンナルデクス王国の者を憎む人もいるだろうということも予測していた。
でも、うん。覚悟していても、批判的な言葉には、ちょっと傷ついてしまう。
個人へのものではないと分かっていても、直接聞くと、やっぱり嫌な気持ちにはなる。
でも、それをここで言うべきではない。微笑んで、手を振って、友好アピールをしなきゃ。
悪感情が、好意的な感情に押し潰されるように。わたしを好意的に見てくれる人が多いほど、この地での生活も領地運営も、やりやすくなるはず。
あ、そろそろきつい。肌が露出している部分が、薄ら赤くなってきたし、目の痛みも増してきた。日陰とはいえ、晴天下はきついなあ。
「殿下、お戻りを」
「ええ。──愛しき民たちに、マレディウム大公領に栄光あれ!」
あとはケイルム様と式典執務官さんたちに任せて、部屋に戻ろう。
体を拭いてから、肌のケアをして、目を休めなきゃ。今日はこれで終わりじゃない、夜になったら晩餐会があるんだから、ここでダウンすることはできない。
はー、それにしても緊張したあ。初めての演説、成功にカウントしていいかな? いいよね?
部屋に戻ったら、自分のことを心の中でいっぱい褒めよう。わたしは、ちゃんとできたんだから。
自室に着いたら、あとはセレナたちの仕事を邪魔しないように、されるがままでいれば良い。
ドレスを脱いで、念のため専属医の診察を受けてから、肌のケアをして貰わなきゃ。目は、時間経過で良くなるから、ひたすら閉じておけばオーケー。
今日の昼食の時間は、いつもより遅めにしよう。それまで一眠りして英気を養ったら、晩餐会のための身支度。
書類を片づける時間はないかなあ、晩餐会とはいっても、開始時間は結構早めだからね。
夜は夜で、さっきまでとは違った緊張感がある。
アンナルデクス王国の貴族たち相手の社交はこなしてきたけど、その経験値がマレディウム大公領の有力者たちに、どこまで通じるか。
初手でやらかしをしないように、リオングランデ王国の礼儀作法と、マレディウム特有の言い回しなんかも確認してきてはいる。
我が国の貴族たちみたいに、遠回しに皮肉ってくるタイプじゃないと良いんだけど。




