71.なぜに……
出発を祝う会は、十時が近付いたころ、万福飯店の店主から「あの~、もうそろそろ」とお開きを促されてようやく終わった。
五人のうちひとりはノンアルだというのに、テーブルの上には紹興酒の空き瓶が五本転がっていて、六本目もほぼ空だった。
前半はビールだったから、正しい飲酒が標榜される昨今としては不適切な酒量である。
四人はそれでも騒ぎ足りないらしく『カラオケに行く』という話になったが、さすがにそれは辞退させていただいた。
そして一夜明け、戸田嶋は……。
どうせみんな二日酔いだろうから、こんなときくらい留守番役を引き受けてあげよう、と定時に出勤してパソコンを立ち上げた。
そして『あれ?』と思った。
メールが一件。
それはいいのだが発信者が小巻主査で発信時刻は午前2時46分。送信先はメンバー全員だ。
タイトルは〈緊急連絡〉
クリックしたら開封確認を要求された。
どういうこと?
本文は、
〈本日午後4時、オフィスにて緊急のミーティングを行います。御子柴社長が来られますので、必ず、全員出席のこと!〉
なんだこれ?
午後四時という開始時間は二日酔いの影響に配慮したからだろうけど、昨日だって全員集まっていたのに、なぜに……。
それに、会社はもうじき解散。
コンペは敗退。
夕べは、半ばやけくその出発を祝う会もやって、はて、これ以上突き落とされる闇なんてないはずだが、もしやまだ、誰にも知られていない奈落が存在する?
戸田嶋はリビングのソファーに横になり、天井を見ながら考えた。
……。
だってさ、いい話なら昨日出たっていいはずじゃん。
だとすると何?
それに飲み会で一緒に騒いでいた小巻主査が、わざわざ深夜にメールを送るという奇行。それはつまり、緊急とかいいながら実は計画的である、ということだ。
メールのチェックを終えると、もう特段することもないので、メインの仕事場であるリビングに掃除機をかけ、昼はシャルムに出かけて海老ピラフを食べて二時まで過ごした。
そしてオフィスに戻って三時を回ったころ、飛島先輩が出社してきた。
「うっす」
二日酔いのアルコール臭を予感して咄嗟に身構えたけど、意外に大丈夫だ。
ジムで鍛えているのが関係あるのかわからないが飛島先輩、アルコールの分解能力は高いらしい。というか、まあこの時間だからね。
「戸田嶋、聞いてる? 今日の何だあれ、緊急ミーティング?」
「いえ、さっぱり。昨日何時まで飲んだんですか?」
「ああ、うん。俺は終電前に帰ったけど」
ここで青木が出勤してきた。
「くっさ」
思わず言ってしまった。そして、
「青木、あんた何、何時まで飲んでたの」
と手のひらでアルコール臭を払う。
「や、ちゃんと帰りましたよ」
質問と答が噛み合っていない。と思ったら飛島先輩が口を挟んだ。
「あれからどっか行ったんか」
「ああ、飛島さん帰ったあと小巻主査に誘われて、なんかいい感じのバーに連れてかれて」
「ほぉ、口説かれたんか?」
「違いますよ。これからどうするんだとか、まあいろいろ心配してくれてるんだなって感じですかね。
最後はタクシーで送ってくれて、まあ電車は完全に終わっちゃってましたから。そのあと家でちょっと飲んじゃって」
青木は『てへっ』と顔をほころばせた。
ちょっとじゃないだろこの臭いは。
こいつは根がまじめな分、弾けるとハイになるタイプだな、たぶん。
「ま、しょうがないけど冷蔵庫にポカリ入ってるから、頭だけでもシャキッとしときなよ」
「あ、そういえば、また御子柴社長来るんですってね。何なんすか?」
「知らないよ、そんなの」
知らないけど、こういうときはたいてい早く来る玲夢がまだ姿を見せていない。
「ねえ、玲夢はそのバーには行ったの?」
「いや、梨田さん、カラオケ終わってすぐ帰ったと思いますけど」
定刻の五分前。
玲夢は、小巻主査と御子柴社長と一緒に現れた。
そしてリビングのソファーに歩み寄り、何事もなかったように戸田嶋の隣に座った。
「二次会盛り上がったの?」
と声を掛けるも、玲夢は「うん」と言ったきり何も言わない。
そうこうしているうちに、
「今日はみんなごくろうさん。じゃあ、こっちに集まって」
小巻主査が全員をダイニングキッチンに招き、今期二回目の緊急ミーティングは始まった。




