70.残念会
いきなりパァ~ん、と大きな音がして紙吹雪が舞った。クラッカーが鳴らされたらしい。
「びっくりするじゃないですか飛島さん」
そう言って、青木は身をすくめた。
「まあしゃあねえな。ベストは尽くしたんだし、いいじゃんか。どうせなら全部鳴らすか、ほい」
飛島先輩がみんなにクラッカーを投げ渡し始めたところで、小巻主査が
「やめなさい飛島。もう、あとで掃除するの虚しいでしょ」
と慌てて止めた。
たしかに……、虚しい。
「わかりました、じゃあこれでもうほんとに、全部終わりだ。皆で飲みにでもいきますか! な、戸田嶋先生、お前の企画でここまできたんだ、立派なもんだよ。ぱあっと飲んでさ、明るく終わろうぜ」
「あぁ、あの、わたしは飲めないんで」
「ウソこけ! 梨田と飲み歩いてんの知ってんだぞ」
どうしようか、と考えていたら小巻主査が、
「戸田嶋、言っちゃえば」
とニヤついた顔を向けてきた。
うーむ確かに、このままみんなと別れちゃうのもなんか寂しいし。
戸田嶋は、すぅーっと息を吸い込んで、そして
「わたし妊娠してるんで。もうじき三か月目に入ります」
一気に言った。
全員の視線が戸田嶋のお腹に集まった。
妊娠十三週なので、見た目にはほとんどわからない。
……それはいいとして、なぜか、飛島先輩の視線が青木に移動した。
すると青木が、
「違います! 僕じゃないです、僕じゃないですよ」
両手を振る本気の慌てっぷりが可笑しい。
おもしろいからこのまま放置しようかな、と思ったが可哀そうなので、
「父親は、社外の人です」
と正直に言った。
もちろん現役の高校生、というのは秘密だ。妊娠だけでこの騒ぎだもの。
「なのでその、できちゃった何とかになる可能性が、高いです」
おぉ~、という声のあとで拍手をいただいた。状況は複雑なんだが、やっぱりちょっと、嬉しい。
「お酒は飲みませんけど、残念会やるんでしたらノンアルで参加させてください」
「おぉしわかった。じゃあグルーヴ系列んとこ荒らしに行こうぜ!」
この提案には小巻主査が間髪を入れず、
「やめなさいよ飛島、せっかく円満にミーティング終わったんだから、別んとこにしなさい。わたし出すから」
と小巻主査が親指で丸の形を作ると、「おぉぉぉぉ!」と歓声が上がった。
祝勝会ならぬ残念会は、小巻主査のお気に入りだという中国料理 万福飯店の個室を借りて行われた。
突然、会社の廃業を宣告され、沈んだ気持ちを奮い立たせてなんとか応募したコンペは最終で落選……。そんな状況での会食にも拘わらず、誰ひとり愚痴を言ったり荒れたり、誰かを罵ったりすることもなかった。
ブラックな会社だったのに、いつの間にか、いい会社になったもんだ。
でもな、次の仕事に困らなそうなのは青木と、飛島先輩も常識がついてきたからまあ大丈夫か。小巻主査はもともとやり手だし。
玲夢は何か考えてるんだろう、大丈夫かな。
でも。
とにかくこれで、生殺し状態は終わった!
これでもう、どう頑張っても仁を大学に行かせることはできなくなった。
覚悟を決めよう。
あとは仁に働いてもらって、そのなかでやり繰りして子育てして、地に足の着いた地道な生活をがんばるだけだ。
うん、頑張った末だもの、外れクジなんかであるわけがない。
でも、……だったら。
「ねえみんな、残念会じゃなくってさ、あのさぁ……、例えばだけど、出発を祝う会、とかは?」
「お、いいね、さすが先生、最後まで冴えてんな」
誰からも異論は出なかった。
「じゃあそれでいきましょう、出発を祝う会!」
みんなから歓声が上がった。




