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55.動き出したコンペ対策

 コンペ対策は川浪先生のアドバイスに従って企画の軸を明確にした。すると滞っていた仕事は自律的に動き出した。

 こうなればもう、戸田嶋は見ているだけでいい。


 ただ、見ているというのも、それはそれで勇気が要ることだ。

 例えば飛島先輩のセンス。

 『シネコンみたいに大小のハコを組み合わせる感じで』とは言ったが、そのすべてに異なるテーマを当てはめて欲しい、とまではリクエストしていない。


 月面基地をイメージしたという無機質な部屋、昔のSFドラマのセット風、がらっと変わって縄文時代の住居風……。こういうのはいい。かなり奇抜でアーティスティックだが、遊び心満点だし、ユニークさも許容範囲だ。でも幼稚園の教室をモチーフってどうなんだ。この部屋に入って誰がうれしい?


 まいっか、ドリームキッチンだし。

 世のなかには変わった人も多いし。

 とりあえずは飛島先輩には気持ちよく仕事をしてもらおう。

 でもこんなにバリエーション増やして工費的に大丈夫だろうか。

 今のところは青木が飛島先輩と掛け合って現実との折り合いをつけている。でも決勝に進めば投資金額も審査対象だ。そのときにアーティスト、飛島達也がどういう顔をするか。……考えるだに恐ろしい。


 でも、もう進み出したのだ。後戻りはできない。

 会社として。

 そして戸田嶋早妃自身の問題として。

 それに、成功しなければ仁との暮らしが、仁の未来が、根底から崩れる。




 そういえば……。

 「玲夢、ワタナベエステートさんって感触どうだったの?」


 「ああ、悪くはない」


 「なにそれ、良くもないってこと?」


 「なんかね、最近、若い人をターゲットにした安い居酒屋の勢いがいいらしくって都心だと取り合いも発生してるみたい」


 「話違うくない?」


 「うーん、違うっていうかよく訊いてみたら高層階がガラガラなのは一等地を離れた郊外みたい。でもそっちはほんとに困ってるみたいで、社長も決勝まで進むんなら協賛してもいいって言ってくれた」


 「コンペのこと話したんだ」


 「話したよ、渡辺社長は守秘義務とか普通に守ってくれる人だから。ていうか、あんな企画パクろうっていう勇気のあるとこがあったら見てみたいもんよ」


 「あんな、だとぉ!」


 「それでさ、実際に今空いてる甲田坂四丁目の物件はけっこう典型的なやつだって言ってたから、詳細図もらってきたの。もう飛島さんたちには共有した」


 「詳細図って」

 普通は、契約を前提にした話し合いで示される図面だ。


 「契約の話は出てないよ。でも、最終選考に進んだら具体的な提案をしなきゃいけないって話はしたの。したら特別にって、詳細図出してくれて。つまりさ、社長もそのくらいには乗り気ってこと」


 うむ、確かに。

 やっぱり玲夢は手ぶらでは帰ってこなかった、ということか。




 玲夢が顔を寄せ、声を潜めて訊いてきた。

 「それよりそっちはどう、仁君には話したんでしょ」


 夕べは気持ちが高ぶっていて玲夢に電話できなかった。それに仁に話したとはいっても、明確に方針が固まったわけでもない。


 でもなんか。

 リアルに玲夢の顔を見ていたら猛烈に聞いて欲しくなった。


 「ねえ、ランチまだなんでしょ、シャルム行かない?」


 「ええ、あそこってなんか食べた気しないんだよね、量が少なくってさ」


 「最近始めた海老ピラフが意外においしいんだよ」

 何だか最近、海老がおいしくってどうしようもない。これはマタニティー偏食なんだろうか。


 「ま、いいけど。でもヘタ子、コーヒー飲んでいいの」


 「一日二杯までならいいって。だから飲むときはおいしいの飲みたいんだ」


 「はぁ、まあそういうことね……。じゃあ先行って席取っといて。メール一本打ったら行く」


 「了解」

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